第25話 終わりの笛はまだ鳴らない。

 恨み言を言っていても始まらない。

 この理不尽な試練を続けているのはゆうの意思だ。


 気を取り直し現在の状況について目の前の老人(名前は三左衛門さんざえもん)に聞いてみると、先ほど名前の出た山下やましたという隣国の武将に攻められているという事だった。


 悠の治めている白石しらいしという土地は山に囲まれた盆地で、昔から東を山下、西を佐竹さたけという二つの武家の支配する領地に挟まれていたそうだ。

 彼らは白石を治めている島田しまだ家を取り込もうと、水面下での争いを続けてきた。


 今回はどちらにも靡かない島田家に山下が痺れを切らし攻めて来たという事らしい。


「よく今まで無事だったねぇ」

「殿、そんな他人事の様に……」


 三左衛門は諦めと呆れがない交ぜになった顔で悠を見た。


「ごめんごめん。で、どうして無事だったんだっけ?」

「うぅ、殿……おいたわしや……此度の事で心がお乱れられになられたのじゃな……」

「……うん、まぁそうだね」

「それ程までに……分かり申した。この三左に何でもお聞き下され」


 三左衛門は涙ぐみながら悠の手を握った。


「あっ、ありがとう……じゃあ、何で無事だったか教えてもらえる?」


 三左衛門の圧に若干引きながら悠が答えると、彼は手を放し後ろに下がり腰を下ろすとおもむろに口を開いた。


「……島田が今まで無事だったのは、かつての強さ。そして島田が山下、佐竹、双方におもねっていたからに御座います」


 かつての強さ……昔は強かったって事?

 それに双方に……どちらにもいい顔をしていたから、二つとも穏便に事を済ませようとしていたという事かな。


「じゃあ何で今は攻められてるの?」

「山下が代替わりをしたのです。家督を継いだ源九郎げんくろうは武に通じ苛烈な性格と聞き及んでおります。力で押し潰せばよいと考えたのでしょう」


「そうなんだ……話し合いって大事だと思うんだけねぇ……まぁいいや、それで今回はその源九郎さんは敵陣にいるの?」

「源九郎は戦上手でも知られており申す。恐らく今回も本陣で指揮を執っておるとは思いますが……」

「そう、じゃあ敵の配置を教えてもらえる?」


 三左衛門は困惑しながらも悠の言葉に従い白石の地図を板の間の床に広げた。


「山下は城から見て東、秋名山あきなやまの山中、中程に本陣を構えております。敵の総数は我が方の五倍、約二万。現在は城と対峙する形で山中にて野営しております」


 三左衛門は地図を指差しながら悠に説明した。


「攻めて来てはいないんだ?」

「野営の炎だけでおおよその数の差は知れますからな……こちらが折れるのを期待しておるのでしょう」


 成程、圧をかけて降伏を誘っているのか……。

 という事は多少の時間的猶予は有りそうだ。


「……一つ聞きたいんだけど」

「何でしょうか?」

「その源九郎さんを倒せれば戦いは終わるかな?」

「大将首を取れば山下も引くでしょうが……?」


 三左衛門は訝し気に頷きを返した。

 そんな三左衛門を見ながら悠は満足気に笑みを浮かべた。


 今回のクリア条件も分からないが、この国、白石という土地を守る事では無いだろうか。

 悠が現在入っている島田の殿様の子孫、もしくは領民の誰かが未来に何か為すのだろう。

 敵の数は二万、三左は五倍と言っていたからこちらは四千ぐらいか……。


「城にこもれば多少は耐えれるよね?」

「勿論でございますが……現在、領民も城で保護しておりますので兵糧が……」

「ああ、それは大丈夫。何日もかけるつもりは無いから」

「殿……一体何を為さるおつもりですか?」


 三左衛門は居住まいを正しゴクリと喉を鳴らした。


「敵の陣地に潜入して源九郎さんの首を取る」

「無茶で御座います!? 我が陣営にその様な手練れはおりませぬ!!」

「ん? 僕が潜入するんだよ?」

「なっ!? たっ、大将自ら動く等、その様な事聞いた事が御座いませぬ!?」


 悠の言葉に三左衛門は膝立ちになってワタワタと両手を上下させた。


「三左……何にでも初めてはある」

「何かよい事を言った風に申しておりますが、爺は騙されませぬぞ!!」

「まぁまぁ、いいから任せてよ。悪い様にはしないからさ」

「殿……なんと無謀な策を……そこまで追い詰められておったのじゃな……うぅ……」


 笑みを浮かべ軽く言った悠を見て、三左衛門は力が抜けた様に腰を落とした。

 そのまま泣き始めた三左衛門に歩みよりその肩に手を置いた。


「泣かないでよ三左、きっとこの国を救ってみせるから……」

「殿……ですが……」

「昔、ある人が言ってたんだ。諦めたらそこで試合終了だって……」


「試合終了……で御座いますか?」

「そう、まだホイッスルは鳴っていない。選べる未来はきっとある!」

「はぁ、ほいっする……?」


 完全に困惑している様子の三左衛門だったが、その表情は先程までの張りつめた物から幾分柔らかくなっていた。


「お心を乱されたと思うておりましたが……」

「協力して貰えるかい?」

「……殿は諦めてはおられぬのじゃな」


「勿論」

「……分かり申した。この三左、地獄の果てまでお供仕りまする」

「三左、行くのは地獄じゃなくて未来だよ。僕等は勝つんだから」

「御意」


 頭を下げた三左衛門に悠は優しい苦笑を浮かべた。

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