第26話 山寺の鬼

 幸い部屋には三左衛門さんざえもんゆうだけだったので、他の家臣を説得する必要は無かった。

 装備を整え城の抜け穴から城下に抜ける予定だ。


 悠は三左衛門と二人部屋を抜け出すと、彼の案内で城内を周り手早く身支度を整えた。


 今回の体はまだ若者といっていいだろう。

 それ程大きくはないが筋肉質の中々優秀な肉体だ。


 着替えを終え城を出る。城と言っても山城だ。

 庭にある枯れ井戸が抜け穴になっており、山中の洞窟に繋がっていた。

 洞窟の出口、藪をかき分け抜け出ると山の木々の向こう無数の光が並んでいた。


「多いね」

「夜明けと共に敵はこちらに向かって来る筈じゃ」

「ところで三左、ホントに付いて来るの?」

「殿一人敵地に向かわせる訳には参りませぬ。いざという時は儂が囮となり敵を引き付けましょうぞ」


 悠と三左は黒装束に身を包み、武器防具も最小限の物しか身に着けてはいない。

 攻撃防御より機動性を重視した結果だ。

 まぁ状況は分かったので、次回からは悠一人で動けるだろう。


「それじゃあ行こうか……キツイようだったら帰っていいからね」

「何を仰います、この三左、まだまだ若い者には負けませぬぞ」


 悠から見れば白髪で白髭のお爺ちゃんなのだが……。


 ここで時間を掛けても仕方ない。

 悠はそう割り切ると、敵の本陣があるという東、秋名山へ向かって歩を踏み出した。


 敵は城下の村には入らず山中に留まっている様だ。

 季節は秋の終わりだろうか、田んぼには稲株が並び水の無い土はひび割れていた。


 空に月は無く、見える光は星明りと双方の陣営で焚かれている松明の炎のみ。

 悠は田んぼを避け民家や樹々の影を縫いつつ敵陣へと近づいた。


「殿、手馴れておりますな」

「えっ、そっ、そうかな?」

「はい、まるで乱破らっぱのようじゃ……」


「こっ、細かい事はいいじゃない」

「ハハッ、夜な夜な女人の下へ行く為ですかな?」

「そうそう……って人聞きが悪いよ」


 三左の言葉に返しつつも、暗殺者の経験が活きたと悠は心の中で言ちた。

 もしかしたら事務員も少しは考えて順番を設定しているのかもしれない。


 そうこうしている間に秋名山が目の前に迫った。

 それ程高い山では無く、標高は精々二百メートル程。

 子供がハイキングで登っても現代であれば何の問題も起きない様な山だ。


 斜面も緩やかで、敵は思い思いの場所で体を休めているようだった。

 ただ、流石に陣地の外には見張りの兵が立ってはいたが。


「余裕だね……ちょっとムカつくな」

「小国だと侮られておるのですよ。昔は少数ながらも精鋭で知られておった島田も、戦の無い時代が続きましたからな」

「へぇ、結構強かったんだ」

「島田の七つ鬼と言いましてな。山下やました佐竹さたけもそれを恐れ、おいそれとは攻められなかったのです」


 三左衛門は少し誇らしげに答えた。


「七つ鬼か……その人達は?」

「一人を残して皆、旅だって行きました」

「……そう」


 旅立つ……三左衛門の口調からそれが国を離れたという意味では無い事は悠にも知れた。


「で、最後の一人は?」

「……死に損ねてここにまだこうして生き恥を晒しております」

「三左が鬼の生き残り? 凄い、英雄の一人だったんだ」

「昔の話です」


 三左衛門はそう言うと表情を引き締め悠に問うた。


「して、いかがいたします?」

「まずは敵陣に入り込もう。まずは兵の装備を奪って敵に化ける」

「ふむ、それならば遠目からなら気付かれんでしょうな」


「遠目からなら?」

「符牒があるやもしれませぬ。山下も間諜の警戒はしておる筈じゃ」

「なるほど……」


 符牒。フラッシュ、サンダーとかいう奴だな。

 何だか時代や場所が変わっても人間の考える事は変わらないんだなぁ。


 その後、悠は三左衛門と二人、孤立していた見張りを倒し彼らから具足を奪った。

 兵士を茂みに隠し敵将山下源九郎やましたげんくろうの居場所を探る為、二人は敵陣の中心、敵兵の溢れる山中を駆け上った。


 中世と違い兵の装備は黒い漆塗りの具足で揃えられており、三左衛門の言葉通り通り抜けるだけなら問題無く素通り出来た。

 この分なら源九郎の首を取るのも難しくなさそうだ。


 山の中を奥へ奥へとひた走る。

 やがて周囲には松明の灯りが増え、兵の数も目に見えて増えだした。

 恐らく本陣が近いのだろう。


「殿、この先に山寺があった筈です。源九郎は恐らくそこかと」

「お寺? 和尚さんはいるの?」

「いいえ、手入れはしておりますが人は住んでおりませぬ」


 寺か……規模は分からないが塀で囲まれていると厄介だ。

 固められると砦になってしまう。


「……とにかく様子を探ろう」

「御意」


 暫く進むと三左衛門の言った通り寺が姿を現した。

 周囲を白壁の塀で囲まれた結構立派な寺だった。

 その寺の門前で鎧を着た武者が、周囲の武士達に押し止められている。


「殿! どうかお考え直し下さい! 今、攻めずとも早晩島田は降伏いたします!!」

「やかましい!! 嫌な予感がするのじゃ!!」

「予感と申されますが攻めればいたずらに兵を失う事に!?」


 殿と呼ばれた武者は手にした槍を一閃した。

 諫めていた武士の首が宙を舞う。


「やかましいと言うておる!! このままでは不味いと儂の勘が騒ぐのじゃ!! 何をしておる、早う馬を引け!!」

「ぎょっ、御意!!」


 木々に隠れ様子を窺っていた悠は武者の行為に完全に引いていた。


「うわっ、アイツ滅茶苦茶だなぁ……」

「恐らくあれが山下源九郎。我らが狙う大将首ですじゃ……」


 全身黒の甲冑、その兜に金の角が光っている。


「はぁ……なんかアイツの方が鬼って感じじゃん……」


 今回も一筋縄では行きそうにないなと、源九郎を見て悠は深いため息を吐いた。

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