第16話 神の思惑

 リックが流れ矢によって死亡した時から、ゆうの死に戻りは既に三百回を超えていた。

 馬術を訓練しガリルを倒す為の道筋をブラッシュアップしていく。


 その過程において悠の戦場におけるスキルも飛躍的に向上した。

 戦場は悠の行動によって流動的に変化した。

 彼の得意なパターン化が難しく結果として槍術、剣術、弓術も臨機応変に対応する為、会得する他無かったのだ。


 トライアンドエラーを繰り返している間に、触れ合った兵士達にも一方的な顔見知りが出来た。

 彼らにも出来れば死んでほしく無かった。

 もしかしたら自分の行為は意味の無い事かも知れないが、助けられるのなら助けたっていい筈だ。


「よし、やるぞ!!」


 作戦とそれに至る道筋は決まった。

 後はそれを実行するのみだ。


 悠は槍を捨てると正面の騎士に向かって駆け出した。


「ホッ!!」

「何っ!?」


 初回の突進に合わせジャンプして槍に乗る。


「トウッ!!」


 間髪入れず再度飛んで騎士の頭にドロップキックを叩き込む。


「グハッ!?」


 カウンターの一撃は騎士を馬上から叩き落し、代わりに悠が彼の愛馬タングロワに騎乗した。


「どうどう……」


 手綱を引いて首を優しく撫でタングロワを落ち着かせると、悠はタングロワを砦に向かって駆けさせた。


「すげぇ……」


 その様子を傭兵のリックが驚きと共に見送った。

 この後の作戦が決まれば彼は生き延びる事が出来る筈だ。


 砦に着いた悠は手早く作戦の準備を整え、必用な武器を蒐集する。

 その後、バリスタの兵と砦周辺にいる兵士に悠は作戦を説明した。


 悠が最短を目指すのには理由があった。

 ガリルは戦場を縦横無尽に駆け回り、目に付いた敵兵を次々に狩っていく。

 彼の行動はやがて敵軍の士気を高揚させ、最終的に味方は敗走、砦に押し込まれる事になる。


 そうなったら最早打つ手は無くなる。

 包囲された砦は攻城兵器で攻め立てられて全滅というルートだ。


 そうなる前にガリルを倒すのが砦の兵を最も多く助けられる道だ。


「行くぞタングロワ!」


 タングロワは戸惑っていた。

 見知らぬ人間が自分の主人よりも自分の癖を知り尽くしているのだから。

 だが、この見知らぬ男と走るのはタングロワにとって、とても心地よい物だった。


 男の指示は的確で自分の負担にならない様、体を使いリズムを合わせてくれる。

 男はまるで自分が走りやすい道をあらかじめ知っている様だった。


 手綱が引かれタングロワは足を緩めた。

 もう終わりかと男を見ると、彼は弓を構え甲冑の騎士を狙っていた。


「一矢射ったら全速力だ。お前だけが頼りだタングロワ」


 悠はチラリとタングロワの瞳を見た。

 その目は何故かとても優しい様にタングロワには感じられた。


 引き絞られた弦が解放され、放たれた矢は吸い込まれる様に正面の騎士の兜を捉えた。

 矢はどうやら兜の面頬を抜いて狙い通り左目を射抜いた様だ。

 騎士は怒りの咆哮を上げ、こちらに向かい動き始めた。


「やっぱりこの弓じゃ倒せないか……」


 砦近くで拾った弓を捨てタングロワの腹を蹴る。

 周辺の地形は全て頭に入っている。

 後はガリルをおびき寄せるだけだ。


 悠は予め決めていたルートを砦に向けてひた走る。

 ガリルは激高しているのか、敵味方関係無く弾き飛ばしながら悠を追う。

 障害物がある筈なのに悠とガリルの距離は開く事は無く、ともすれば少しずつ詰められている様だった。


「ひゃー、毎回思うけど主人も馬も化け物だね」


 何とか砦側までガリルを誘導すると、悠は声を張り上げた。


「今だ!! 投げろ!!」

「おう!!」


 両端に石を括りつけたお手製のボーラーがガリルが乗った馬の足に絡み付く。

 一つ二つでは効果は無かっただろう。

 だが、悠は声を掛けた兵士に出来るだけ多く作って欲しいと頼んでいた。

 報酬はガリルを倒した時、得られるであろう報奨金。


 悠は得られた報奨金を参加した者、全員で山分けすると約束していた。


 絡み付いたボーラーによって馬の馬脚が乱れる。

 馬は勢いのまま転倒し、ガリルは馬上から投げ出され地面を転がった。


「バリスタ頼む!!」

「へいへい……ホントに連れて来やがったぜ……」


 バリスタを操る兵士達は呆れと感心がない交ぜになった感情のまま、滑車で引き絞られた矢を倒れたガリルに向けて打ち込んだ。

 槍の様な矢がガリルの分厚い装甲を貫き抉る。


「グフッ……おのれぇ、卑怯者が……」

「卑怯者で結構、君に暴れられると味方が一杯死んじゃうからね」

「貴様は……貴様だけは殺す……」


 そう言うとガリルは斧槍を杖にして立ち上がり、ゆっくりと悠に向かって歩き始めた。

 右腕は放たれた矢に射抜かれ、だらりと垂れ下がっていた。


 バリスタは巻き上げているのか第二射が放たれる気配はない。

 悠はタングロワから降り立つと、ガリルに向かって駆けだした。


「おい何やってんだ!?」

「何って倒すんだよ!!」

「……射殺しゃいいだろ……なんで……」


 勿論、それでもいいのだがガリルは死ぬまでに暴れ回り、結構な被害が出る。

 悠としてはこちらの被害をなるべく抑えたかったのだ。


「グッ、はぁ……手負いと見て手柄を欲するか、下郎が……」

「……」


 ガリルは敵にとっては英雄と呼ばれる猛将だろう。

 物語であれば搦め手では無く、正々堂々戦って勝つのが王道の筈だ。

 昔の悠ならそんな道を模索したかも知れない。

 しかしそのこだわりによって味方が死ぬぐらいなら、卑怯でも何でも一刻も早く終わらせる事が重要だと今は思っていた。


「じゃあ行くよ」


 腰の剣を抜き左に回り込む、その悠に向かってガリルは左手一本で斧槍を薙ぎ払った。

 重傷を負っているとは思えない純粋な暴力が伏せた悠の上を通り過ぎる。


「ぬぅ、ちょこまかと!」


 そのまま低い姿勢で懐に飛び込み、持っていた剣を大地に突き立てるとその鍔を足場にして跳躍する。

 後ろ手にダガーを引き抜き兜の角を握り取り付くと、悠はそれを矢傷を受けた左目に突き入れた。


「ガッ!?」


 そのまま、脳を掻き回す為ダガーの柄を捻る。

 ガリルはビクビクと痙攣すると、ドウッと膝から崩れ落ちた。



■◇■◇■◇■



 事務員に似た男が空中に投影された映像を見て嬉しそうに手を叩いていた。


「いやぁ、すぐ諦めるかと思ったけど思わぬ逸材だったなぁ」

「楽しそうね」

「君か、いや凍結案件が次々に解決してね……所で何の用だい?」


 青い肌をした無数の手を持つ女が、事務員の居た白い部屋に何時の間にか現れていた。

 白いトーガに似た服を着て、手と足には金の輪を無数に嵌めている


「その凍結案件の噂を聞いたのよ……その子、私にも少し貸してくれない?」

「駄目駄目、君の世界、怪物ばかりじゃないか。もしあの子の心が折れたらどうするんだ」

「その時は記憶を消して返すわ……十万年前、手を貸したじゃない」


 女が喋るたび手足の輪がシャランと澄んだ音を立てた。


「……古い話を持ち出すなぁ……しょうがない、でもすぐ返してよ。こっちの案件も山積みなんだから」

「分かってるわ……」


 女は微かに微笑みと現れた時と同様、いつの間にか消えていた。

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