第11話 今は医者

 ゆうは額に銃口を当てられたと同時に銃身を握りひねった。

 トリガーに掛かっていた男の指がねじられ、痛みに負けて銃を握る手が緩む。

 その隙を見逃さず銃を奪った悠は逆に男に銃口を向けた。


 意識してやった事では無く、反射的に体が動いていた。

 戦争での経験がそれをさせたようだ。

 あの戦争では接敵された時点で、ほぼやり直しだったが……。


「悪いけど人に殺されるつもりは無いんだ。変なやられ方すると痛いし苦しいし」

「てめぇ……」


 悠は男に壁際に下がるよう指示すると移動先の部屋を見渡した。

 男が助けろと言った意味が分かった。

 ここはどうやら病院らしい。

 医療ドラマで見た覚えのある治療に使う為の機材や道具が並んでいる。


 部屋には男とおじさんの他に、縛られ口をテープで塞がれた女の人がいた。

 白い看護服を着た妙齢の金髪のクリっとした目の女性だ。

 看護服を着ている事から恐らくこの体の持ち主の助手なのだろう。


 彼女に教えてもらえば何とかなるかも知れない。


 女性に近づきその前にしゃがむ。

 その間も男から銃口は外さない。


「んー! んー!」

「えっと、剥がすのは一気がいい?」


 女性はコクコクと悠に頷きを返した。


「一気だね……じゃあ行くよ」


 悠はビッと女性の口を塞いでいたテープを剥がした。


「!! ……痛ぁ……一気でいいって言いましたけど痛くない一気が良かったですぅ!!」

「痛くない一気って……君、難しい事言うね。……所で頼みがあるんだけど?」

「何です?」

「実は僕、一時的に記憶が混乱してるみたいなんだ」

「もしかして、あのギャングに殴られてたから!?」


 助手の子は都合良く勘違いしてくれたようだ。


「だろうね。でね、おじさんの手術、君がどうすればいいか教えてくれない?」

「えっ、そんな事まで思い出せないんですか!? ……もしかして私の事も?」

「ごめんね。でもまぁ一時的な物だと思うから……」


 恐らくだがこの状況をクリアーすれば、肉体は本来の人格に戻るのではないか。

 そんな事は無く、ゲームの様にあの事務員の様な神様が用意した一時的な物の可能性もあるが……。


「てめぇ、手術の仕方が分からねぇとはどうゆう事だぁ!?」

「うるさいなぁ、君が僕を殴ったからだろ?」

「グッ……じゃあボスは……」


 拳を震わせ男は床に目を伏せた。


「まぁ、そんなに落ち込まないでよ。おじさんは絶対助けるからさ」

「本当か!?」

「いいんですか先生? その人ギャングのボスの一人ですよ。きっと抗争でやられたんです」

「だから?」

「もうッ! 助けたりしたら抗争相手に狙われる事になっちゃいますよ!」


 今回もどこまでやればクリアーなのか分からない。

 探り探り行くしかないだろう。

 幸いこの体は中々鍛えられていて少々の戦闘ならこなせそうだ。

 問題は手術なんて高度な技術を、自分がマスター出来るのかって事だ。


 でも、出来なきゃ動物として生きるしか道はないしなぁ……。


 悠は女性の戒めを解くと立ち上がり彼女に手を差し出した。


「僕等は医者なんだろ? だったら目の前の命をまず救わなきゃ」

「……先生、本当に大丈夫ですか? いつもだったら、こういう強引で危ない仕事は絶対受けないのに……」

「そうなの? まぁ、混乱してるからねぇ僕。ところで君の名前は?」


「マリーですぅ! ホント、長年助手を務めてる私を忘れるなんて……アレ、でも今だったら恋人ポジションへ滑り込めるのでは……」

「……聞こえてるよ。君とはどうもビジネス上の関係だけみたいだね」

「Oh shit! ……私のバカ、せっかくのチャンスを……」


 頭を抱えるマリーを置いて悠はスーツのおじさんに歩み寄った。


「本当に助けてもらえるのか?」

「うん、とにかく始めよう。マリー指示をお願い」

「……分かりました」


 その後、悠は二百回以上の失敗を繰り返し、その度ループを繰り返しながら外科技術を学んで行った。

 おじさんが死んだ時点でループが発生したので、今回はおじさんを救うという事で良さそうだ。


「後は縫合して閉じれば……」


 最初は覚束なかった縫合用の針の扱いも今では慣れた物だった。


「よし……術式完了。お疲れ様、マリー包帯巻いといて」

「お疲れ様でした……でも良かったんですか、助けちゃって?」

「うーん、どうなんだろ? でもまぁ何とかなるんじゃない」

「先生ぇ、そんないい加減な……」


 マリーが不安げな声を出す。

 それと同時に俄かに表が騒がしくなった。


「ロドリー!! ここにいるのは分かってる!! 観念して出て来やがれッ!!」


 声に少し遅れて、手術室のドアが開き傷の男が駆け込んで来た。


「ボスは!?」

「手術は成功したよ」

「そうか!! ……手間かけたな。この借りは必ず返す」


 男は手術台で寝ているボス、ロドリーを抱き上げようと彼に駆け寄る。


「担いで運ぶなんて無茶ですよ!? 傷が開いちゃう!!」

「そんな事言ってる場合か!? ここにいたらボスが殺されちまうぜ!!」

「……仕方ない……僕が何とかするよ」


「アンタ医者だろ!?」

「今はね……」

「先生ぇ……」


 悠は男から奪ったハンドガンを手に声の方向、恐らく玄関だろう場所へ向かう。

 どうやら男の病院は古い屋敷を改装した物だった様だ。

 歩きながら装弾数を調べる、弾はダブルカラムのマガジンに目一杯詰まっていた。

 マガジンの長さから考えるに十五発以上はあるだろう。

 板張りの床を歩き声を頼りに向かった先、頑丈な扉の向こうから複数の男の声が聞こえた。


 その様子から相手は十名以上はいない事が窺えた。

 突入前に声を上げている事から、正規の訓練を受けた者では無いようだ。


「出て来ねぇならドアをぶち破るぞ!? おい!」

「おう!!」


 複数回、射撃音が響き両開きのドアノブが吹き飛ぶ。

 悠は侵入者の数と動きを廊下の角から窺った。

 全部で五人。

 それぞれがハンドガンやショットガンで武装している。

 恐らくドアを破ったのはショットガンだろう。


「さて、殺していいものかどうか……取り敢えず動けなくするか」


 悠は銃を背中側、ズボンに突っ込む形で隠し、無造作に男たちの前に姿を見せた。


「何だい君達、ここは病院だよ?」

「うるせぇ闇医者!! ロドリーがここにいるのは割れてんだ!! 殺されたくなかったらさっさと寄越せ!!」


 悠は男たちの武器と配置に目をやると、排除する順番を心の中で決めた。

 真横に並んだ男達は一様にこちらに銃口を向けている。


「一旦、銃を降ろさないか。こっちは丸腰だよ?」


 そう言うと悠は両手を上げた。

 手術着を着た悠に男達は一瞬顔を見合わせ、迷う素振りを見せた。

 その瞬間を見逃さず、悠はハンドガンを抜くと男達の武器を持った二の腕と太腿を一瞬で打ち抜いた。


 五人のギャングは一人残らず銃を落として膝を突き痛みの為、苦悶の表情を浮かべている。


「クッ、テメェ……こんな事して……はぁ……この街で生きて行けると……思ってんのか?」

「そうか……じゃあ逃げるとするよ」

「逃げるって……この状況で逃げられると……」


 悠は男達に近づくとグリップで男達を殴り次々に気絶させた。


「ふう、戦争や拳法の経験がこんな形で活きるとは……」


 屋敷の外を見ると男達の乗って来た車が無造作に止められている。

 まだ視界は変わらない。

 ロドリーというギャングのボスを完全に助けないと場面は進まないのか……。


 やっぱり神様の言う通り取説をちゃんと読んでおくのだった。

 ループが始まって何回目かの後悔のため息を吐きながら、悠は男達の持っていた武器をかき集めた。

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