第10話 いきなりのスカーフェイス

 第四王子カリーンは殴られた頬を押さえ、尻もちをつきこちらを見上げていた。

 彼は暫くぼんやりしていたが、何をされたのか理解すると顔を歪め立ち上がった。


「こっ、こんな事をしてただで済むと思っているのか!?」

「ハッ、何を偉そうに。元はといえば君がのべつ幕なし女の子にちょっかいを掛けるからだろ?」

「僕は王子だ! 優秀な女性を娶る義務がある!!」


「じゃあ婚約なんて最初からするなよ」

「グッ……それは伯爵からのたっての頼みで……」

「……シェリー、こんな奴止めときなよ。きっと不幸になるよ」


 悠は王子を指差し嘆息しつつシェリーに言った。

 その彼の胸に手袋が投げつけられる。


「こっ、こんな侮辱は、はっ、初めてだ!! 君に決闘を申し込む!!」

「決闘ねぇ……僕が勝ったら何でも言う事を聞くかい?」

「構わないとも! シェリー、君が立会人を務めたまえ!!」


「殿下、決闘なんてお止め下さい!!」

「君は僕が負けると思っているのか!? いいから立会人をやるんだ!! ……ソフィア・ブルローネ、僕が勝ったら君は僕の物になるんだ!」


 僕の物か……言ってみたいセリフではあるけど、決闘の賞品ってのは気に入らないなぁ。

 ゆうがそんな風に考えている間に、カリーンは壁から剣を取り庭に繋がる扉を開け外に出た。

 芝生の上でレイピアを抜き放つと二、三度素振りをして悠に声を上げる。


「どうした怖気づいたのかい!? 今なら許してあげてもいいよ! ただしそれなりのお詫びはしてもらうけどね!」


 カリーンは視線を悠のむき出しの足に向けた。

 何とも言えないおぞましさが悠の背中を駆け抜ける。


 冗談じゃ無い! 今は女の子の体に入っているけど、僕は女の子が好きなんだ!

 男とそういう関係になるのはまったく趣味じゃない!!


 悠は先程シェリーと戦った時よりもかなり気合を入れて戦いに臨んだ。


「フンッ、止めるつもりは無いようだね」

「当たり前だろ、アンタみたいなゲスにソフィアを渡して堪るか」

「……よく意味が分からないけど……君にはお仕置きが必要みたいだ。シェリー、開始を告げろ!」


「殿下……」

「シェリーッ!!」

「はっ、始め!!」


 レイピアを構えたニヤついた笑みを向けるカリーンと対峙しながらどうすべきか考える。

 カリーンの構えは堂に入っており、かなりの使い手のようだ。

 しかし、先ほどのシェリーとの戦いと同じく、左近や拳法使いに感じた皮膚が泡立つ様な感覚は感じない。

 多分だが殺人者とそうで無い者の違いだろう。


 悠はレイピアを左手に持ち替えると右拳を握り腰を落とした。


「ハハッ、何だいその構えは?」

「……」


 無言で返した悠にカリーンは不快そうに鼻を鳴らした。


「こんな娘だったとは……まぁいい、その真っ白な肌に僕の印を刻んであげるよ」


 言葉と同時にカリーンは踏み込み突きを放った。

 悠はそれを左手のレイピアで弾く。


「へぇ、おかしな構えのわりにやるじゃないか」


 カリーンは弾かれた事に少し驚き間合いを開けた。


「……筋力と体重………やっぱり……」


 悠は剣から視線を外さずブツブツと何やら呟いている。

 カリーンは悠から妙な迫力を感じ、少し狼狽えた。


 しかし彼はかぶりを振ってそれを打ち消す。

 目の前にいる華奢な少女から、自分の剣の師である近衛騎士と同じ物を感じるなんてあり得ない。


「そうとも、気の所為さ!!」


 不安を振り切る様に叫びながら、師から教わった最高の突きを繰り出す。

 だがその刺突はいつの間にか逆手に持ち替わっていたレイピアの上を滑り、悠の体を懐に入れる隙となった。

 小さな体から放たれた肘がカウンター気味にカリーンの鳩尾に突き刺さる。


「グハッ……そんな……馬鹿な……」

「殿下!?」


 膝を突いたカリーンにシェリーが駆け寄る。


「いい師匠に剣術を学んだんだね。とても綺麗な動きだった。それだけにパターンは読みやすい」

「ソフィア様、お見事です!!」

「えへへ、そう?」


 達人と戦った事で、悠は戦いのリズムの様な物を会得していた。

 加えて度重なる死が悠の心に冷静さを与えていた。

 命を取る気の無い攻撃等、今更彼に恐怖を与える筈も無い。


「さて、約束通り言う事を聞いてもらうよ」

「クッ……何が望みだ……足でも舐めろと言うのか?」

「言わないよ、そんな気持ち悪い事……シェリー、まだ彼の事が好き?」


「えっ!? ……ずっとお慕いしておりましたが、これ以上はもう……」

「そっ。じゃあ、シェリーとの婚約を解消して僕等に二度と関わらないでくれる?」

「ソフィア様!?」

「ソフィア……ただで済むと思うなよ……」


 報復を口にしたカリーンの頬が高らかに鳴る。


「いい加減にして下さい!! これ以上私を幻滅させないで下さい!!」

「シェリー……」

「昔の殿下はとても優しい方でしたのに……あの頃の貴方は何処に行ってしまわれたの……」


「だって……第四王子の僕は結局、兄上のスペアだ……兄上が即位すれば辺境に閉じ込められる……王都にいる間に本当に愛せる人を見つけようとして何が悪い……」

「……カリーン、上辺だけで選んでも多分本当の愛は得られないよ」


 悠は瞳の事を思い出し、しみじみと語った。


「じゃあどうしろって言うんだ!」


 シェリーを見ると不安げに瞳を揺らしている。

 きっと彼女は無様なカリーンを見たくなくて離れたいと思ったのだろう。


「うーん、婚約を解消しろってのは取り消すよ。シェリーに真剣に向き合ってみてくれる?」

「真剣に?」

「そう、一人の人を深く愛せば君も変われる筈だよ」

「なぜそこまで僕を変えたい?」


「だって女の子が泣いてるのは悲しいじゃないか」

「ソフィア様……」

「素敵です……」


 シェリーは目に涙を溜め、リディアとタニアはアイドルを見る様なキラキラした目で悠を見つめた。

 女の子にそんな風に見られた事の無い悠は、思わず顔が緩んだ。


「えへへ、そんなに見つめないでよ……」

「先生、アンタ結構肝が太いな。伊達に裏家業やってねぇって事か? ああ?」


 低い声と同時に悠の頬に鈍い痛みが走る。

 持っていた銃で悠を殴った男は、苛立った顔でこちらを睨んでいた。


「いてて……だから余韻を味合わせてよ……で、今度は何?」

「ボスが撃たれた。助けろってさっきから言ってるだろ?」


 額から頬に掛けて傷のあるその男の後ろには、荒い息を吐く白いスーツのおじさんがいた。

 おじさんのスーツのお腹部分は赤いシミが広がっている。


「うそだろ……そんな事出来る訳ないよ……ハードルが高すぎる……」

「分かってねぇな。やり遂げるか死ぬか。アンタにゃ選択肢はその二つしかねぇんだよ」


 傷の男はそう言うと悠の額に銃口を当てた。

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