第9話 嫉妬と浮気性
その次のループからは
シェリーとその取巻きには近づかず、リディアにグラスを渡した給仕から辿り誰が毒を入れたのか、それは誰の指示だったのか探っていく。
それによれば給仕はリディアに渡す様、言われただけだった。
指示を出したのはシェリーの取り巻きの一人、タニアという男爵の娘らしい。
悠はタニアがシェリーから離れたのを見計らい、リディアを連れ彼女に声を掛けた。
「少し話がしたいんだけど」
「ソフィア様……何のお話でしょうか?」
「これについて」
悠は手にしたグラスをタニアに翳す。
「お酒についてでしょうか? それなら給仕に聞いた方が」
「聞きたいのはこれに入れられた物についてさ」
「はて、何の事でしょうか?」
「いいのかい? 僕は君がこのグラスをリディアに手渡す様、指示したのを知っているんだよ? 騒がれて困るのは君じゃないの?」
「……静かな場所でお話しましょう」
悠はタニアに連れられ、会場から出て休憩室らしい小部屋に入った。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうか。一体誰の指示で毒なんて入れたんだい?」
「毒!? 何を言っておられるのです! 私が入れたのは下剤の筈……」
「下剤ねぇ……そうシェリーに言われたのかい? リディアが苦しむのを見て影で笑う為に」
「ソフィア様、本当なのですか? そのグラスに毒が……?」
「本当だよ」
リディアのみならず、タニアも毒ときいて狼狽していた。
「……」
「ねぇタニア、君、シェリーに切り捨てられたんじゃないか?」
「切り捨てられた!?」
「ああ、いくら庶子だからと言って死人が出れば、誰かが犯人として捕まるだろう。シェリーは実行犯として君を突き出すつもりだったんじゃないか?」
死人と聞いてタニアは顔色を変えた。
「そんな私は確かに下剤だと……平民の子が困るのを見たいとシェリー様が仰って……」
「君、何かシェリーの不興を買う様な事をしたんじゃないの?」
「ご不興を……」
タニアは暫く視線を漂わせていたが、ハッとした様に顔を上げた。
「まさか……でもそんな事で……」
「心当たりがあるの?」
「あの、一回だけカリーン殿下に髪飾りを褒められた事があるのです。私の髪に良く似合うと」
そう言った彼女の黒い髪は艶やかで美しかった。
「確かに凄く綺麗な髪だね。髪飾りを付ければ星空みたいになりそうだ」
「えっ、あの……ありがとうございます……」
「ソフィア様! 誰彼構わず心を奪うような事を仰らないで下さい!」
「うっ……ごめん。」
頬を染めたタニアの様子にリディアは頬を膨らませた。
しまった、ホストの翔だった時、瞳を宥める為に色々言っていた癖が出てしまったようだ。
少し反省しながら質問を続ける。
「コホン。で、その褒められた所をシェリーに見られたんだね?」
「……はい、その時は殿下と一緒に褒めて下さったのですが、その後、髪飾りは二度と付けない様にと使いを通じて指示されました」
彼女の言葉通りタニアの髪に装飾品の類は見えなかった。
シェリーはカリーンが他の女性に目を向けるのを病的に嫌っているようだ。
「君と僕、それにリディアを一遍に排除する計画だったって訳だ」
「ソフィア様も?」
「多分、君に指示を出したのは僕だって事になってたんじゃないかな」
「その通りですわ」
「シェリー様!?」
入り口に視線を向ければ、シェリーがナイフを握りこちらを睨んでいた。
「僕らを殺すの? そんな事したら君だってただじゃ済まない筈だよ」
「仕方が無いのです……殿下のお心は貴女に向いてしまった……このままでは私は婚約破棄され、殿下と添い遂げる事は叶わないでしょう」
「迷惑な王子様だ……仕方ない……リディア、ちょっとコレ持っててくれる?」
「はっ、はい」
悠はリディアにグラスを渡すと、壁に掛けられた剣を取る。
「てっ、抵抗なさるおつもり!?」
「当たり前だろう」
靴を脱ぎ、邪魔なスカートを剣で切り裂く。
「ソフィア様!? そんなはしたない……」
「しょうがないじゃないか。動きにくいんだから」
悠の顕わになった足を見てリディアが思わず口に手を当てた。
「うっ、運動が苦手な貴女が私に勝てるとお思いですか!?」
「勝てないだろうね、ソフィアなら……」
「ソフィア様ぁ……」
「あの、ソフィア様、シェリー様は乗馬と剣術を嗜まれる女傑です。ここは大人しくした方が……」
不安げなリディアとタニアの声を聞きながら悠は考える。
確かにシェリーの言う様にこの体は貧弱だ。
しかし、関節は柔らかくしなやかだ。
それに悠には拳法の達人、それに侍と戦った記憶と経験がある。
それを活かせば勝機はある筈だ。
「しかし、結局こうなるんだな……今回はスマートに行けると思ったのに……」
「何をブツブツ仰ってますの!?」
声を荒げたシェリーがドレスを翻し突っ込んで来る。
シェリーの靴が大理石の床を蹴る音が響いた。
シェリーは護身術でも習っているのか、悠の目から見ても基本が出来ていた。
しかし、左近の動きに比べれば素人と言う他無い。
後はこの体が何処まで動いてくれるかだが……。
振るわれたナイフを悠は剣で弾いた。
細剣は所謂レイピアという奴でかなり軽く作られている。
非力なソフィアの体でも何とか振る事が出来た。
とはいえ、長期戦はスタミナが持たないだろう。
一気に決めるしかない。
「クッ……まぐれに決まってますわ」
そう言うとシェリーは両手でナイフを持ち腰だめに構えた。
その姿がホストに恋をした女性、瞳と重なる。
シェリーは瞳と同じようにナイフを突き出し悠に突進した。
「それはもう死ぬ程見た」
あの時は丸腰プラス翔の体がガチガチに硬かったので、対応する事が出来なかった。
だが今なら……柔軟なこの体なら……。
悠は左に一歩、大きく踏み込む事でナイフを交わすと、目の前に突き出されたナイフを握った手をレイピアの柄で叩いた。
「うっ!?」
シェリーは床に膝を突き、落ちたナイフが渇いた音を立てる。
間を置かず悠はシェリーの首にレイピアを当てた。
「勝負ありだね」
「……私は貴方には何一つ勝てないのですね」
項垂れた彼女の顔からポタポタと涙の雫が落ちる。
「君がした事は正直許せないけど……そんなに王子の事が好きなのかい?」
「……はい、幼い頃からお慕いしておりました」
「それで王子と婚約を?」
「ええ、お父様にお願いして……婚約を交わせば殿下も私一人を見てくれると思っておりました……でも婚約をした後もあの方は次々に女性にお声を掛けられて……そこの元平民にまで」
シェリーはそう言うとリディアに目を向けた。
どうやらシェリーは浮気性の王子が他の女性に目移りするのを阻止したかったようだ。
悠はリディアとタニアを巻き込んだシェリーを許す気は無かったが、事の原因となったカリーンにも腹が立ってきた。
翔といいカリーンと女性を弄びやがって……僕なんて女の子に存在さえ認められていなかったのに……。
悠は空気だった学園生活を思い出しギリギリと歯を噛みしめた。
「ここにいたのかい? ソフィア、それにシェリーも……一体何を?」
「殿下!? これは……」
「……アンタがシェリーの婚約者の第四王子か?」
「えっ? ソフィア何を言っているんだい? 僕等は愛を語り合った仲じゃないか……」
悠はレイピアを投げ捨てペタペタとカリーンに歩みよると、少しニヤけたハンサムな顔に思いっきり拳を叩き込んだ。
「ぐえっ!?」
「ソフィア様なんて事を!?」
「フンッ、少しは懲りて自分を本当に愛しているのが誰か考えるんだね!!」
「ソフィア様……」
シェリーは王族に手を上げた悠を茫然と見つめていた。
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