第8話 暗殺の理由

 リディアから聞いた話を纏めるとシェリー・ギルバニアは伯爵の娘という事らしかった。

 彼女はいまゆうが入っている体の持ち主、ソフィア・ブルローネとは従姉になるようだ。


 ブルローネ家はギルバニア家より上の侯爵らしい。

 シェリーは家柄や学園(ここは貴族の子女が通う学校だそうだ)の成績でいつも先を行くソフィアの事を嫌い、かなりライバル心を持っているという事だった。


「あの方は表面上は穏やかに見えても、誰とでも分け隔てなく接するソフィア様の人気に嫉妬しているご様子でした」

「へぇ、ソフィアっていい子なんだね?」

「……フフッ、まるでご自分の事ではないみたい」


「えっ、いっ、いやこれは客観的な意見というか、一歩引いて自分を見る方法というか……」

「なるほど、自分を客観視する事で他者からどう見られているか意識するという事ですね。流石です」


 リディアは得心入ったのか感心した様に何度も頷いている。


「それで、嫉妬って言ったけど……具体的には何かしてきたの?」


 悠がそう尋ねるとリディアは悲しそうに眼を伏せた。


「全部、私の所為なのです」

「君の?」

「……庶子である私は父に引き取られるまで平民として暮らしておりました。その母が亡くなり父の家に引き取られ、貴族としての立ち居振る舞いを学ぶため学園に入ったのです」


「うん」

「貴族社会に馴染めない私にソフィア様は優しく接して下さりました。……その頃からです。私と母が生活の為に体を売っていたと噂が流れ始めたのは……あまつさえ私とソフィア様が……その……淫らな関係だと……」

「噂か……」


 悠は顎に手をやり状況を整理する。

 シェリーはソフィアの人気を妬んでいた。

 そこに平民出のリディアが現れる。


 ソフィアの真意は分からないが、リディアの話では彼女は誰にでも平等に接する人間だった様だ。

 恐らくリディアが困っているのを見て助けようとしたのだろう。


 欠点の無さそうなソフィアにリディアという弱点が出来た。

 ソフィアに勝ちたいシェリーはゴシップでソフィアの株を下げようとしたという所か。

 しかし、それで暗殺まで考えるかなぁ?


「うーん、分からないなぁ……」

「あの、ソフィア様?」

「いやね、何でシェリーはそんな噂を流してまで、ソフィアの評判を落とそうとしたんだろうって思ってね」


「多分、ご自身の婚約の為です」

「婚約? 結婚がなにか関係があるの?」

「ソフィア様、本当にお気づきになられておられないのですか?」


 お気づきになられておられないと言われても、悠は自分の記憶しか持っていないのだ。


「なにかあるの?」

「シェリー様の婚約者、第四王子のカリーン殿下がソフィア様に想いを寄せている様なのです」

「フーン、王子様がソフィアにねぇ……なんだか甘酸っぱいね……アレ、それってマズくない?」

「本当にお気づきでは無かったのですね……殿下は何度もソフィア様にお声を掛けておられました……恋多きお方ですからシェリー様も気が気では無かったようですよ」


 リディアは少し呆れた様子で説明してくれた。


「うぅ、そんなに呆れなくても……でもリディアのお蔭で状況は分かった。ありがとね」


 悠はリディアにニッコリと微笑んだ。


「あう……そんな……お役に立てたのなら嬉しいです」


 リディアは頬を染め消え入りそうな声で答える。

 なんだか新鮮だなぁ、今までは凄く殺伐としていたから心が洗われるようだ。


「さて、じゃあ話を付けに行こうかな」


 そう言うと悠はリディアから受け取ったグラスを机に置き、元々リディアが持っていた毒入りのグラスを手にした。

 スタスタと取巻きと話しているシェリーに歩み寄る。


「あら、ソフィア様、どうかなさいまして?」

「シェリー、このお酒飲んでみてもらっていいかな?」

「嫌ですわ」

「どうして? 毒が入っているからかい?」

「毒!?」


 悠の言葉に取巻き達が騒めく。


「ソフィア様、何を仰っているのです。毒なんて……」

「婚約者がちょっと別の女性に目移りしたからって、これはやり過ぎだと思うんだよね」

「……私がカリーン様の事で貴女に嫉妬したと仰るの?」


「違うのかい? 王子がソフィアに魅かれたのは、その嫉妬深さと狭量さが原因じゃないか?」

「狭量!? 私の何処が狭量だと!?」

「リディアの事だけでも分かるさ。貴族は民がいるから暮らしていける。それなのに君は平民出身のリディアを毛嫌いしているんだろう?」


 悠が読んだ様々な小説や漫画では貴族は往々にして平民を見下していた。

 しかし、平民が働き税を納めるから貴族の豊かな暮らしが成り立っているのだ。

 物語ではその辺りの憤りは主人公がバシッと正してくれた。


 しかし今、この物語の主役は自分の筈だ。


「そっ、その娘は娼婦の様な事をしていたというではありませんか! そんなふしだらな娘は嫌われて当然です!」

「……もし仮にそうでも、そうする事でしか生きて行けなかったんだ。そうなってしまった原因は為政者である僕等の罪じゃないのかい?」


「ソフィア様、貴女は王を非難なされるのですか?」

「民を守れない王なんて非難されて当然じゃないか」

「ふっ、不敬罪ですわ! 衛兵、彼女を拘束しなさい」


 ヤッ、ヤバい……会話の流れでついやってしまった。

 どうしよう。このまま捕まったら処刑されるならまだしも、牢屋に何年も入れられるとか……。

 その事を想像すると悠の中に暗鬱な気持ちが込み上げた。

 シェールの声を聞きつけ衛兵がこちらに向かって来るのが見える。


 ……仕方ない。

 悠は手にしたグラスを一気に煽った。


「なっ!?」

「ふう、今回は急ぎ過ぎた僕の負けだ。だが次は必ず真実に迫ってみせる!」

「一体何を……?」


 戸惑うシェリーにそう告げると、悠は呼吸を荒げ床に伏した。


「ソフィア様!? ソフィア様ぁ!!」


 リディアの声を聞きながら悠の意識は闇に落ちて行った。

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