第7話 ソフィアとリディア

 視界は再び緑のドレスの少女を映した。今度は注意深く周囲を見回す。

 どうやら今は立食パーティーの真っ最中の様だ。


 先程は気にしていなかったが、会場となっている広間には自分達の着飾った者の他、給仕を含め百人程が会話に花を咲かせている。


 その中にシェリーの姿を認めるとゆうは彼女の様子を確認した。

 先程のシェリーの言葉からは少女に対する憎しみが窺えた。

 そういえば、庶子しょしとは一体なんだろう。


 悠は少女に視線を戻すと、思いついた疑問を尋ねた。


「ねぇ、聞いてもいい?」

「何でしょうかソフィア様?」

「庶子って何か知ってる?」

「……」


 何気なく聞いた悠の言葉で、少女は悲しそうに瞳を伏せた。


「えっ、あの、聞いちゃいけない事だった?ごめん、ごめんよ」


 ワタワタと慌てる悠を見て少女は一瞬ポカンとして、その後、微笑みを浮かべた。

 その微笑みはまるで花が咲いたようで、悠は見とれてしまった。


「なんだかいつもソフィア様では無いようです……庶子についてですね。庶子とは奥方以外の女性が生んだ子供の事です……私、リディア・リーベンドも父が見初めた侍女の娘として生まれた庶子で御座います」


「そう…なんだ……」

「はい、ソフィア様はご存知かと思っておりましたが……」


 確かにソフィアは知っていたかもしれないが悠はついさっき知ったばかりだし、そもそも状況が分からない。


 これなら目の前に殺人鬼がいた方がクリアーは簡単かもしれないなぁ。


 そんな事を考えながら、気を取り直し悠は目の前の少女リディアに情報を聞く事にした。

 毒殺されたという状況から鑑みるに、今回はミステリーアドベンチャーになる筈だ。

 であれば情報収集は欠かせないだろう。


「変と思うだろうけど、シェリー・ギルバニアについて教えてもらってもいいかな?」

「シェリー様についてですか? それはソフィア様の方がお詳しいと思いますが……?」

「そうなんだろうけど、君の意見が聞きたいんだ」


 悠はリディアに顔を寄せ真剣な表情で彼女に迫った。

 自分が飲み物を受け取らなければ、飲んでいたのは彼女だった筈だ。

 つまりシェリーの狙いはリディアだったという事だ。

 シェリーの言動を加味すれば、彼女だけは味方と考えていいだろう。


 急に悠に迫られた事でリディアは頬を上気させた。

 クッ……可愛いなぁ、何で今回は女なんだよ。


「えっ、ソッ、ソフィア様、お顔が近いです……」

「えっ、ああ、ごめん……つい……」

「ソフィア様にそんなにお側に寄られると緊張してしまいます」


 リディアはそう言いながら、落ち着く為か手にしたグラスを口元に近づけた。


「おっと……」


 悠はリディアが持ち上げた手にそっと手を重ねそれを止めた。


「あっ、あの」

「話している間に、少し温くなったんじゃない?」

「えっ、ああ、そうかもしれません」


 悠はリディアからグラスを取り上げると、壁際に並んでいた机に歩み寄った。

 机に置かれた氷が入った入れ物に入っていた瓶を持ち上げる。

 キノコ型の栓の付いたシャンパンらしき飲み物だ。


「えっと、これってどう開けるんだ?」

「ソフィア様、その様な事は自らされなくても……」


 ついて来たリディアが慌てて悠を止める。


「いや、誰も信用出来ない、君以外は」

「ソフィア様……」


 悠の言葉にリディアは口元に手を当て、瞳を潤ませた。

 それに気づかず悠はコルクを固定していた針金を解き、栓に手を掛ける。


「思ったよりかたいな……」


 栓は悠が想像していたよりもしっかり嵌っているようだ。

 いや、この体が非力なのかもしれない。

 顔に朱を登らせ奮闘していると見かねたリディアが声を掛ける。


「あのっ、ソフィア様……もしよろしければ私が開けましょうか?」

「……お願いします」


 悠がリディアにボトルを手渡すと、彼女はいとも簡単に栓を開けた。

 いつかテレビで見た様に栓が吹き飛ぶ事も無く、シュッという微かな炭酸の抜ける音だけするとても鮮やかな手際だった。

 手近なグラスに良く冷えた液体を注ぎ、微笑みながら悠に差し出す。

 その動きはよどみが無くとても洗練されていた。


 なんだか凄くカッコいい。……おかしいな、これじゃリディアが主人公のようじゃないか。

 まあいい、次の機会があれば彼女の真似をするとしよう。


 悠は気を取り直し礼を言うと、リディアからグラスを受け取りシェリーについて詳しく話を聞き始めた。

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