第6話 時代劇からミステリーへ

 今回の相手は浪人の望月左近もちづきさこん、妖刀紅焔に魅入られた男だ。

 一方、自分は青木石舟斎あおきせきしゅうさい、左近の話では引退したこの辺りでは有名な剣豪らしい。

 引退したという事から分かる通り、今回の体はお爺ちゃん(現代の基準で言えば中年だが)だ。

 武器も脇差という短い刀しか持っていない。


 相手は普通の日本刀なのに酷くない? こっちはお爺ちゃんだよ?


 そんな事を思いつつ刀を抜いて左近と向き合う。


「ねぇ、一応聞きたいんだけど、何でこんな事してるの?」

「先ほどから気になっておったが、おかしな物言いじゃのう……何故か……それは紅焔べにほむらに言うてくれ」

「じゃあ紅焔、何で?」

「……」


 当然だが紅焔は答えず、左近は少しばつが悪そうにしている。


「えっと……よく斬れそうな刀を手に入れたから、試し斬りしたくなったって事でいいのかな?」

「クッ、分かっておるなら聞くな! ……本当にふざけた御仁じゃ」


 そう言うと左近は刀を左下段に構えた。


 どうしよう。

 抜いてはみたものの剣術なんて知らない。

 月喰らいは山刀で倒したが、アレは落下攻撃で突き立てただけで剣術とは呼べないだろう。


 今回もトライアンドエラーで頑張る他なさそうだ。

 ただ、以前拳法使いと戦った経験から、多少は楽に勝てる筈。


 そう思っていた時期がゆうにもありました。


 蓋を開けてみれば殺害される事、十数回。

 左近はとにかく速いのだ。

 刀のでの戦闘は斬られれば、末端部であっても著しく戦闘力が落ちる。

 当たれば負けの戦闘において反射速度の違いは勝敗に大きく影響する。


 さらに刀という物は振ればいいという物では無い。

 対象に垂直に刃を当て力を乗せないと斬る事は出来ないのだ。


 どうしよう。

 左近も拳法使い同様、対話でどうにか出来る相手では無さそうだ。

 倒すしか無いだろう。


 拳法使いを倒したのはゲームで使われていた技だった。

 今回もそれを応用出来ないだろうか。

 左近は下段からの掬い上げる様な斬撃が初手である事が多い。

 それを何とか躱せれば拳法で怯ませる事が出来るかも知れない。


 その隙を突いたバックスタブ。

 刺突なら刃の角度は関係ない。


 方針は決まった、後は実践あるのみ。




 それから斬り殺される事、数十回。

 悠はようやく左近の太刀筋を見切り、右手に逆手で持った脇差で斬撃を受け流しつつ背後を取る事に成功した。

 後ろに回る時、左近の脇腹に左拳を入れる事も忘れない。

 これをやらないと左近は怯む事が無く、すぐさま振り返り斬撃を放ってくる。


「クッ、小癪な……」


 これで左近の動きを一瞬だが封じる事が出来るのだ。

 その一瞬を利用し地面を踏みしめると、順手に持ち替えた脇差で背中の右わき腹、肋骨の下あたりを目掛け刺突を繰り出す。

 狙いすました一撃は左近の背中を貫き、彼の肝臓を切り裂いた。


「グフッ……見事だ……紅焔……次の主は…石舟斎……だ」


 そう言うと左近は地面に倒れた。

 手から転げ落ちた紅焔が月の光を浴びて怪しく光る。


「ふぅ、大変だったけど何とか勝てた……主って……妖刀なんていらないよ」


 悠は顔をしかめ紅焔を見つめた。

 その段階になってはたと気付く。


 場面が切り替わらない、つまりこのシチュエーションはクリアーに至っていないという事らしい。


「えっ、困るんだけど……これって正当防衛とか成り立つのかなぁ。ていうかこの体の家とか分からないし……」


 再度、紅焔に目をやると刃の輝きが何故かとても美しく感じられた。

 あの刃に赤い色を差したらもっと映えるのでは無いか……そう血の様な赤を……。

 悠は虚ろな目で紅焔をうっとりと眺めた。


「うふっ、綺麗だ……って、駄目だ駄目だ、これって左近と同じじゃ無いか!?」


 頭を振り何度も目を瞬かせる。

 こんな状況は昔、漫画で読んだ事がある。

 あの漫画では確か……。


 悠はその後、紅焔の刀身を直接見ない様に気を付けながら左近の腰から鞘を抜き、紅焔をそれに納めると川に投げ入れた。

 投げ入れた川面からは恨めしそうな声が聞こえた気がした。


「きっ、気の所為さ! いくら綺麗でも鉄の塊だよ! そっ、そんな事ある訳ないよね!」


 大きく声を張り自分に言い聞かせた後、川面と左近の亡骸に交互に手を合わせ冥福を祈る。


「どうか成仏して下さい。化けて出たりしないで下さい。お願いします」

「ソフィア様、一体どうされたのですか? 急に手など合わせて……?」


 目を開ければそこは白壁のお屋敷だった。

 見た目はRPG等で良く見る中世の貴族の館といった雰囲気だ。

 目の前にはこれもまた貴族の御令嬢といった感じの、少し地味な緑のドレスを着た女の子がこちらを不安げに見つめている。


 いつもの癖で悠は自分の手に目を落とす。

 白い手袋に包まれた細くしなやかな手が視界に入る。

 だがそれよりも悠はコルセットによって強調された豊かな胸に目がいった。


「……女の子……TSって……そこは王子様じゃないのかよぉ……」


 額に手をやり悠は深くため息を吐いた。

 ため息を吐いた悠に目の前の少女は心配そうに手にした飲み物を差し出した。


「あの、ご気分がすぐれないのであればこちらを……あっ、口はつけておりませんので……」

「そう? ありがとう……」


 一旦、心を落ち着かせようと差し出されたシャンパンっぽい飲み物を受け取る。

 日本なら法律違反だがここが何処かも分からないし、汗をかいたグラスは良く冷えている様でとても美味しそうに見えた。

 少しドキドキしながらのお酒だろう飲み物に口を付ける。


 甘く冷たく程よい炭酸の刺激がとても心地良い。


「美味しい!」


 悠の様子を見て少女も嬉しそうに微笑みを浮かべた。

 状況はまだ分からないがこの娘は味方のようだ。

 そう思い、再度飲み物を口に入れた悠は、唐突に息苦しさを覚え床に倒れた。


「ソフィア様!? どうされたのです!?」


 駆け寄った少女を兵士が拘束する。


「何をなさるのです!? 早くお医者様を!!」

「白々しい演技はおやめなさい。貴女が手渡した物でソフィア様は倒れた。言い逃れは出来ませんわよ」


 喘ぎながら顔を上げると、桃色のドレスの女が扇子で口元を隠しながらこちら見下ろしていた。

 その目には明らかな愉悦の色が浮かんでいる。


「私を疑うのは構いません! それより早くお医者様を!!」


 声を荒げた少女を女に指示された兵士が連行していく。

 女はそれを無言で見送ると別の兵士に医者を手配させた。

 その後、悠の側で膝を折り耳元で囁く。


「ソフィア様がいけないのですよ、あの様な庶子の娘を可愛がるなんて……」

「お前が……」

「ご安心を…後は万事、私が引き継いで上手くやっておきますわ」


 そう言うと女は立ち上がった。

 時を同じくして、医師が駆け付け悠を担架に乗せ何処かへ運ぶ。

 遠ざかる悠の耳に女の声が聞こえた。


「ソフィア様は今回の事は私、シェリー・ギルバニアに一任すると仰いました。大任ではありますが指名された以上、必ず真相を突き止めて見せますわ」

「学園の才女と名高いシェリー様なら必ず解決できますわ。私も及ばずながら協力いたします」

「ありがとうございます」


 クソッ……犯人が探偵とかありえないだろう……。

 覚えてろよ、シェリー・ギルバニア。必ず僕が真実を白日の下にさらしてやる。

 えっと……じっちゃんの名に懸けて、真実はいつも一つだ!!


 爺ちゃんは二人とも一般人だし、体も頭脳も普通だけど……。


 二人の少年探偵の事を思いながら悠の意識は闇に落ちた。

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