第5話 御伽噺を参考に
村人を配置した作戦を開始してから数十回目、ついにその時は訪れた。
「では作戦を開始する。三、二、一、今だ扉を開けろ!!」
「おうよ!!」
家の入口に待機していた村人が勢いよく木で出来た引き戸を引いた。
それは自動ドアの様に月喰らいを向かい入れ、入り口に撒いた油によって奴の前足を滑らせる。
「次だ!! 木槌を!!」
「おっ、おう!!」
灰で目をやられた月喰らいに村人の一人、大柄な男が頭目掛けて木槌を振り下ろす。
勿論、熊の分厚い頭蓋骨がその程度でどうにかなる事は無いが、脳を揺さぶる事は出来る。
月喰らいは殴られた事で怒り後ろ脚で立ち上がるも、眩暈を起こしたのかふらついた。
「縄を引け!!」
「行くぞ
「おうとも!!」
部屋の隅に待機していた二人の村人が、月喰らいの後方、足元の床に巡らせていた縄をピンッと張った。
「おっ、重い!!」
「踏ん張るんじゃ!!」
その縄に足を取られ月喰らいは悠の真下で仰向けに倒れる。
ズシンという重い音が響き急所である心臓が丸見えになった。
ここからだ。
悠は山刀を手に梁から飛んだ。
刀は左手に逆手に持つ形で布で固定してある。
右手で柄頭を押さえ全体重を掛け、なおかつ狙いを逸らさない事が一番重要だ。
熊の骨は太く硬い、その隙間を通す様に刃を心臓に突き立てるんだ。
落下している間、悠には時間が酷くゆっくりに感じられた。
良く知らないが脳内になんとかいう物質が分泌されているのだろう。
その所為もあってか、悠の刃は狙い違わず巨大な熊の胸を貫いた。
内部を掻き回す様に柄を動かし、両足に力を籠め月喰らいから飛び退る。
「やっただか!?」
「まだだ!! 確実に仕留めた事を確認出来るまで近づくな!!」
村人達を制し悠は二百近く戦った熊の様子を注意深く観察した。
「ブホッ……ブッ……」
仰向けに倒れたまま、熊の呼吸が止まり瞳から光が消えた。
「……死んだんじゃねぇか?」
「弓を」
「あ、ああ」
悠は左手の布を解き、村人の一人に預けていた弓と矢を受け取った。
弓に矢をつがえ引き絞る。
死者を鞭打つ様で気分は良くないが、死を確認しないと近寄る事も出来ない。
悠は見開かれた瞳に目掛け矢を放った。
矢は逸れる事無く瞳を撃ち抜く。
熊の巨体は微動だにしない。
「やった……倒した……倒したぞぉ!!」
「スゲェだ!! 流石、いつも自慢してるだけあるだ!!」
「んだ、吾作どんは村一番、いや国一番の猟師だべ!!」
「これで村は救われただ!! あんたには感謝してもしきれねぇ!!」
「えへへ、そう? 猿かに合戦を参考にしてみたんだ」
村人達の称賛を受け、ニヤつき頭を掻いていた悠の視界が再び切り替わる。
「……ちょっとは余韻に浸らせてよ」
「流石、
悠の目の前には刀を抜いた着流しの侍が立っていた。
場所は川沿いの道、深夜なのか人通りは無く月明かりだけが二人を照らしていた。
「あの……どういう状況?」
「フッ、ふざけた御仁だ。……状況か……某の愛刀、
そう言うと目の前の侍は、掲げた刀をうっとりとした目で眺めた。
「今度は妖刀に魅入られた侍かよぉ……たまには休憩が有ってもいいと思うんだよね……」
「クククッ、満月の夜は特に刀が騒ぎよるわ……」
完全に常軌を逸している目をした侍を見て、悠はやれやれとため息を吐いた。
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