第4話 月喰らい
三メートル、たまに街中で見かける大型犬でさえ少し恐怖を覚えるというのに熊って……。
幸いな事に目の前には村人らしき男が数人集まっている。
彼らと話し情報を収集し作戦を練れば、今までよりはマシな筈だ。
「それで今はどんな」
悠が村人に詳細を尋ねようと口を開いた瞬間、家が揺れた。
「地震!?」
「来た!! 月喰らいじゃ!!」
「儂らの動きに感づいたんじゃ!!」
「どうする!?」
「やるしかねぇ。狩らねぇと村が潰されるだ!!」
村人達は頷き合うと、各々武器、下草を刈る鉈や弓を構えた。
「
「えっ……任せるって、そんな事言われても……」
「何を言うとる!? いつも弓の腕を自慢しとるでねぇか!?」
どうやら吾作という男は常々、自分の腕の良さを吹聴していたようだ。
悠は勿論、弓に触った事は無い。
目を落とし吾作の手を見る。
確かに村人が言う様にゴツゴツとして結構鍛えられている。
その手を見ながら考える。
何でいつも危機的状況から始まるのか……せめて練習する時間は与えて欲しい。
……まぁ、愚痴っていても始まらない。
悠は気持ちを切り替えると周囲を見回し、吾作の物だと思われる弓と矢筒に手を伸ばした。
「やる気になっただか!?」
「佐吉っ!! 突進して来るだ!!」
「何じゃと!?」
板を押し上げる形の窓から外を覗いていた村人が、悠と話していた佐吉に叫びを上げる。
その直後、戸板を破壊し巨大な生き物が家の中に侵入してきた。
黒い体毛、丸い耳、その口からは涎を垂らし村人たちを睨め付けている。
悠は今更ながら家の外に雪が降っているのを見た。
季節は冬の様だ。
熊って確か冬眠するんじゃ無かったっけ……。
悠は絶対絶命の状況下で暢気にそんな事を思ってしまった。
余りに死に過ぎて、死に対する緊張感もかなり麻痺していたようだ。
とにかく初回は様子見と何が出来るか探るんだ。
周囲で村人が次々に月喰らいに殺されていく中、悠は弓矢の確認と熊の動きを冷静に観察した。
「吾作、何やっとるんじゃ!?早う矢を!!ぶっ……」
佐吉が降り回した熊の腕に弾き飛ばされ、壁にぶつかり動かなくなる。
周囲には悠以外残っていない。
月喰らいはそれを見て取ったのか、ゆらりと後足で立ち上がった。
大きい、動物園で象やキリン等の大型哺乳類は見た事があったが、距離があった事と檻で隔たれていた為、恐ろしさは感じなかった。
死に対する恐怖は薄れても、やはり自身を圧倒する相手と対峙する事は本能的な恐怖を悠の中に呼び起こした。
「グォオオオ!!!」
「クッ……怖いけど……必ず道はある筈だ!」
悠は今回もゲームのキャラを思い出し、そのキャラが弓を引く動作を想い浮かべながら矢をつがえ弓を引いた。
かなりへっぴり腰だったが、何とか弓を引いて矢じりを月喰らいに向ける。
その間、月喰らいは小首をかしげ悠を眺めていた。
たどたどしい動きに呆れていたのかもしれない。
「当たれぇ!!」
叫びと共に弦から指を放す。
弦が頬を翳め更に弓を支える左腕を打つ。
「痛って!?」
矢は放つ際、弓がぶれたのか月喰らいの斜め上、天井の梁に突き立っていた。
「……えっと……あの、仕切り直してもいいかな?」
左腕を押さえ、お伺いを立てた悠に月喰らいは両腕を持ち上げた。
「……ですよねー。あうっ!!」
振り下ろされた腕が悠の頭を捉え、彼は再度、囲炉裏の前に座っていた。
■◇■◇■◇■
それから挑戦した回数は百回を超え、悠は途方に暮れていた。
泥仕合的な内容で月喰らいを打倒す事には成功していた。
しかし、場面は進まずループは続いていた。
どうやら家にいる村人全員が助からないとクリアーにはならないようだ。
最初の戦争では仲間が死ねばサポートが受けられず、戦略が破綻する為気が付いてはいなかったが、恐らくあの場もそうだったのだろう。
今回の問題点は弓では月喰らいを一発で殺しきる事が出来ない事だ。
手傷を追わせれば、奴は激高して暴れ回る。
それを回避する為には村人たちと連携し、一気に戦闘不能まで追い込むしかない。
囲炉裏の向こうに村人たちの姿が見える。
「吾作どん、あんただけが頼りなん」
悠は佐吉の言葉を手を上げて制した。
「分かっている。月喰らいだよね?でも倒す為にはみんなの力が必要なんだ。力を貸して欲しい」
「それは勿論じゃが……」
「ありがとう。じゃあ作戦を説明するね。まず配置と役目を……」
月喰らいはループの起点から十分と置かずこの家を襲撃する。
ループの度に記憶の蓄積がある悠と違い、村人に複雑な作戦を短時間で理解してもらうのは難しいだろう。
悠は彼らに家の中の何処にいればいいかと、何をして欲しいかだけを説明した。
一回目は様子見だ。位置の調整と行動の最適化、タイミングはこれから計るしかない。
「じゃあ、始めようか」
「上手くいくんじゃろうか……?」
「僕を信じて、作戦は必ず成功するよ」
なにせ成功するまでやるからね。
不安を口にした村人に悠は内心でそう思いながら笑みを浮かべた。
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