第2話 お嫁さんになりたかった。ただ、それだけなのに──。

カレン視点です。


──────────────────


「やーい! やーい!」

「魔女退治だー! くらえー!」


 わたしはうずくまり時間が過ぎるのを待っていた。

 村の子供たちに石を投げつけられたり木の棒で突かれたりしている。

 

 お母さんに草むしりを頼まれてるのに、これじゃむしれない。一人のときを狙われてよくこうしていじめられていた。


 魔女と言うのはおとぎ話に出てくる悪い女の人。

 わたしはみんなと違って髪の色が灰掛かっているから、邪険にされるのは仕方なかった。


 だからうずくまって飽きて帰るのを待つ。

 こんなのなんとも思わない。もう慣れっこだ。


 でもいつも、いじめっこたちが飽きるよりも先にわたしを助けてくれる王子様が居た。


「コラァー!」

「やっべ。マークが来やがった!」


 怒号に近い叫び声で現れたのは、長靴を履いて小さなクワを持ったわたしと同い年の男の子。


 彼は幼馴染。そして許嫁のマーク君。わたしはマーくんって呼んでる。


 いつもこうして王子様が助けに来てくれるんだ!


「待てー!! 今日こそとっ捕まえてらしめてやるー!!」


 クワ片手に追いかけ回す姿は、白馬に乗った王子様とは少し違うかもしれない。でもすっごい格好良かった。


 そうしていじめっ子たちを追い払うと、わたしのもとに駆け寄り「大丈夫か?」と言って頭を撫でてくれるんだ。


 今日は畑の手伝いの途中だったのか、マーくんの顔には泥がついていた。


「うん大丈夫! ありがとうマーくん!」


 そう言って洋服の裾で顔を拭いてあげると、「ニィ」と笑顔が返ってきた。


 そして口癖のようにいつもこんなことを言う。


「カレンは村で一番の美少女だからな! みんな本当は仲良くしたいんだよ。あいつらきっと照れちゃってんだ!」


「……そうなの?」


 聞いてはみたけど、違うことをわたしは知っていた。わたしはみんなと髪の色が違うから気持ち悪がられてるだけ。


 それなのにマーくんときたら。


「ああ。でもお前は俺の許嫁だ。誰にも渡さねえ! カレンに近付くやつは誰であろうと追い払ってやるさ!」


 なんて、心にもないことを言ってわたしを安心させようとするんだ。


「うんっ! マーくんの側にずっと居るぅ!」


 それは子供の頃の約束。

 五つか六つくらいのときだったと思う。


 この頃からずっと、マーくんのことが好きだった。


 わたしだけの王子様。


 でも、マーくんはきっともう覚えていない──。





 ◇ ◇ ◇


 わたしたちが産まれた場所は辺境の地にある小さな村だった。家も近く親同士が仲良かったためか、物心ついた時にはマーくんが隣りに居た。


 このままずっとマーくんの隣に居て結婚してお嫁さんになって、幸せな日々を送れるものだとばかり思っていた。


 でもそれは唐突に、なんの前触れもなく壊れてしまった。


 わたしが八歳のときのこと。

 その日はとても珍しく、遠征帰りの騎士団一行が村に立ち寄った。


 わたしが生まれてから初めてのことだった。


 村の子供たちは広場に集められて、魔術適性の診断を受けた。


 当然、こんな辺境の村に魔術の適性を秘めた者など居るわけもなく立ち寄りついでに、しいては名目上仕方なく診断をするといったものらしい。


 騎士団が村に来たからといって、他にできることもないから。


 けどそこで、わたしの運命を決める出来事が起こってしまった。


 子どもたちは神官さんの前に順番に並んだ。そして神官さんは頭に手を乗せ、数秒経つと首を横に振る。


 そこに言葉は一切なく、ただ淡々と進んでいった。


 広場には他の騎士団員さんたちも居て、興味なさそうにあくびや談笑をしていた。


 そして、わたしの番が回ってくると──。

 

「こ、これは……! 無属性の適性者!」


 神官さんが大きな声でそう言うと、騎士団員たちも驚いた表情でバサッと一斉にわたしに視線を向けた。


「……え。あの……」


 突然のことにおどけていると、神官さんが優しい笑顔で「おめでとう」と言ってきた。


 どうやらわたしには、無属性という何色にでもなれる魔術の適性があった。


 四大元素と呼ばれる。『』『』『』『』。

 さらに『』と『』。そしてそのどれでもない、『無』と呼ばれる属性があるらしい。


 とはいえそれほど珍しいわけではなく、何色にでもなれるがゆえに、なにをやっても中途半端な属性ともされている。


 それでも、魔術士界では生きやすくそれなりの職業に付ける当たり属性だと、神官さんは言った。


 魔術学校の入学試験では各属性の上位10名に無償で入学できる権利が与えられる。そして無属性の枠は毎年定員割れをしているから、試験に名前さえ書けばいいんだとか。


 仮に魔術の適性があっても、農民家庭では高い学費を払えない。


 けど、わたしの場合は学費が必要ない。


 そんなこんなで、別に大したこともないし大した者にもなれないけど、幸運にも無償で学校に通えることになった。


 村の大人たちは大いに喜んだ。お父さんとお母さんに至っては泣きながら喜んでいた。


「すげーじゃん!! やったなカレン!」


 マーくんも喜んだ。

 なんだかよくわからなかったけど、マーくんの喜ぶ顔を見たら不思議と嬉しくなった。


 わたしをいじめてた子たちも。


「お前、すごいやつだったんだな! 今までごめん。この通りだ」


 こんなことを言って謝ってきた。

 

 これから毎日が色づいて楽しくなるのかな? なんて思ったけど、いじめっこたちにいじめられなくなったら、マーくんが助けに来てくれない。


 それは寂しいな。なんておかしなことを思ったりもした。


 でも──。わたしを待ち受ける未来は、望まないものだった。

 

 その日の夜、これからについてお父さんから話を聞いたわたしは声を荒げた。


「やだ!! 学校なんていかない。ずっとここに居る!!」


 ここから学校がある王都まではいくつもの山を超えなければならなかった。普通に歩けば三月みつきは掛かるとさえ言われている。


 行ったら最後。少なくとも学校を卒業するまでは帰ってこれない。

 もしかしたら、もう二度とマーくんには会えないかもしれない。


 学校を卒業して仕事に就いて。往復するのに半年も掛かる場所に来れるわけがないからだ。


 そう思ったら、学校に行くのがすごく嫌になった。


 わたしは家を飛び出した。走った。

 マーくんならきっとわかってくれる。そう思ってマーくんの家に向かった。


 でもマーくんは……。


「なぁんだそんなことかよ! 魔法ってすごいんだろ? 空飛んだり空間を移動したり! しっかり勉強すれば気軽に来れるって!」


「本当に……?」

「ああ本当だ。だから行け! お前はこんなところに居ちゃいけない! こんなチャンスもう二度とないんだぞ!」


 こんなところって。

 ここがいいのに。……マーくんの馬鹿。


「もう知らない」


「な、なんだよ! 知らないってどういうことだよ? まさか本当に行かない気じゃないだろうな?」

「……行くよ。マーくんが行けって言うなら」


「そっかそっか! じゃあ行ってこい!」


 そう言うとニィと笑い頭を撫でてきた。


 わたしはそれをプイッと払いのけると、家に戻った。


 ……マーくんの馬鹿──。


 ……馬鹿。馬鹿。


 



 ◇ ◇


 翌日、出発を控えたわたしはマーくんにお別れの挨拶をできずにいた。


 昨晩、ふてくされて別れたっきり。


 学校のある王都までは、山は越えずに馬車を使って迂回するらしい。半年は掛かると言っていた。


 その話を聞いてますます行きたくなくなった。

 でも、嫌だと言っても誰も聞いてくれない。わたしはもう、行くしかなかった。


「カレン。がんばって立派な魔術師様になるのよ。お母さん応援してるからね」


「うん」


「カレンは父さんの自慢の娘だ!」


「うん」


 なにがそんなにすごいのか、ちっともわからない。


 見送りには多くの人たちが来ていた。

 畑仕事や薪拾いを中断させ、本当に多くの人が。


 その中からひょこっと現れたのはマーくんだった。そうしてわたしのもとに駆け寄ると、手を出してきた。


「これあげる!」


 そう言って差し出して来たのはキラキラ光った綺麗な石だった。


「どうしたのこれ?」


「拾った! 女の子はこういうキラキラしてる物好きだろ! だから頑張って立派な魔術師様になってこい!」


 拾ったって……。え……?


 にししと笑うマーくんの顔を見たら、とてもじゃないけど貰わないわけにはいかなかった。


「ありがとう」


 そんな素っ気ないわたしの返答に対し、頭を撫でてきた。


 ……マーくんの馬鹿。


 ううん。馬鹿なのはわたしだ。


 ちゃんとお別れの挨拶をしなきゃいけないのに……。もう、会えないかもしれないのに。


 でも結局、なにも言えないまま荷馬車に乗り込んだ。


 マーくんにお別れなんて言いたくなかったから。お別れをしたら、本当にもう、会えなくなっちゃうような気がしたから。


 そうして、荷馬車はゆっくりと走り出した。


 心のうちで、あーあ。なんて思っていると、


「フレー! フレー! カーレーン! がんばれ! がんばれ! カーレーン!」


 マーくんの叫び声が聞こえてきた。


 大人たちは笑い、マーくんの親は恥ずかしいから辞めなさいって感じに止めていた。


 それでもマーくんは叫び続けた。


 ……マーくんの馬鹿。……馬鹿。馬鹿!


 わたしは荷馬車から立ち上がり大声で叫んだ。


「がんばるー! すぐに空を飛んで会いに来るからー!!」


 それを聞いてマーくんは「ニィ」って笑った。


「おーう!! 待ってるー!!」

 

 姿が見えなくなるまで、マーくんはずっと大きく手を振ってくれた。フレーフレーってずっと。


 これには騎士団の人たちも笑っていた。


 でもそれは、マーくんに対してではなく、わたしに対してだった──。


 そこから、わたしの苦悩は始まった。


 簡単に空を飛べるものだとばかり思っていたんだ。魔術士なんて見せかけだけでとっても地味だったことを、すぐに知ることになる。


 そう、すぐに──。

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