第3話ー①
「「「ははははははっ!」」」
同じ荷馬車に乗っていた騎士団の人たちはお腹を抱えて笑っていた。
馬を先導している人までも。
でも一人だけ笑ってない人が居た。
その人は呆れ顔をしながら「はぁ。わかっちゃいねぇな」とこぼした。
マーくんの馬鹿。恥ずかしいじゃない。まったくもう。
そんなことを思いながら、下を向いていると、
「そうかぁ。お嬢ちゃんの夢は空を飛ぶことか! そりゃ大層な夢だこった!」
「“空飛んで会いに来るからー!” だもんな! あははははっ!」
その言葉を聞いて、なーんだ。と思った。
なんとなくわかっていた。そんな簡単に空を飛べないことくらい。
この人たちと今一緒に馬車に乗ってるのが確たる証拠──。
それに、笑われるのには慣れっこだし。
なにより、マーくんが馬鹿にされてるわけじゃないんだ! と、逆に安心した。
……でも。
「断言しよう。嬢ちゃんが空を飛ぶのは無理だ」
ひとりだけ笑っていなかった人が場を収めるように言った。白髪混じりの短髪でおじさんって感じの人。
「ちょっ、ゼンさん! これから魔術を勉強しようって子に何言ってんですかい!」
「ないわぁ~。ゼンさんそれはないわぁ」
どうやら名前はゼンって言うらしい。
「なぁーに言ってんだよ。お前らだって腹抱えて笑ってたろうが!」
「そうですけど。ねえ?」
「こういうのはな、最初に知っておいたほうがいいんだよ。変に期待をしても、この先辛い目に合うのは嬢ちゃんだ。早いに越したことはねぇだろうさ」
「だからってこんな子供になにも……。ゼンさんは容赦ないなぁ」
「無属性だろ。風属性で加護持ちなら望みもあったろうさ。それでも王都からここまで来るのは無理だろうがな」
笑われたって別に良かった。
でもこのおじさん。ゼンという人の言葉だけは、わからないなりにちくちくと心に刺さった。
村を出発してまだ数分しか経っていないのに、もう二度と帰ってこれないと言われているような気がしたから。
だからわたしは、言い返さずにいられなかった。
「飛ぶもん。マーくんと約束したから……。約束したんだもん」
魔術のことはわからない。
涙を堪えるので精一杯になりながらも、言ってやった。
「あああ! ごめんな! ごめん! 泣くなよ? 泣くのはだめだからな?」
「きらい。おじさんきらい」
泣くもんか。絶対。こんなやつ、嫌いだ!
「おっ、おい! 嫌いって俺だけかぁ?!」
「そりゃ当たり前だよ」
「ああそうだな。こりゃゼンさんが悪い」
「かぁーッ! やってらんねぇな!」
わたしがあまりにも不機嫌になったからなのか、その後、妙に宥められて甘菓子をくれた。
「遠征時は貴重なんだからな! 味わって食べるように!」
「……うん。おいしい」
「まあでもな、嬢ちゃんにはまだ難しいかもしれないが、これが現実なんだぜ? おじちゃんだって魔術はそこそこ使えるんだ。それがどうだ? 甘菓子ひとつで、これもんよ。はっは。情けねえよなぁ」
なんなのこの人。恩着せがましい。
もらわなきゃよかった。
「半分返す」
「だぁーっはっはっはっ! 半分おじちゃんにくれるのか?」
「うん」
というか半分はもう食べちゃったから、返すにも半分しか返せないだけ。
ほんとうに、きらい。
「でもな、それは嬢ちゃんにあげたものだ。俺の騎士道に反する。っつーことで食え!」
「いらない」
その言葉を聞いておじさんはムスッとした顔で睨みつけてきた。
ぴりぴりとした空気が流れる。
そんな様子に見かねたのか、焦るように他の騎士団の人たちが割って入ってきた。
「ゼンさんはケチだけどな、こういうところは頑固なんだよ。食べてやってくれないか?」
「悪いなお嬢ちゃん。このおっさん頑固だから。ひと思いに食べてくれると助かる」
「わかった」
仕方ないから食べることにした。
「うん。おいしい」
「だったら初めから食っとけっつーんだよ」
おじさんはフンッとして、小言を飛ばしてきた。
きらいきらいきらい。この人、きらい!
おじさんの第一印象は最悪だった。
◇ ◇
王都までの長い道のり。初日の夜は野宿だった。
みんなでキャンプの準備に取り掛かる。
わたしはおじさんと水汲みに来ていた。
「甘やかさないからな。嬢ちゃんはこれから強くならなきゃいけねえ。俺のことを嫌うのは勝手だが、やることはやれ」
「わかった。やる!」
第一印象は最悪だったけど、こういう風に接してくれるのは嬉しかった。
キャンプをする場所は水場の近く。
水汲みをすると言っても往復三十分程度の軽作業。
おじさんは樽いっぱいに水を汲むと肩に二つ乗せた。わたしはというと、首からぶら下げた水筒とバケツ一杯分だけ。
わたしが来た意味ないんじゃないかな、とも思ったけど言わないことにした。
でも半分を過ぎたところで、転んでしまいバケツをひっくり返してしまった。
「……あっ」
どうしよう……どうしよう……なんて思っていると、おじさんは「泣くな!」と言った。
「泣かない」
「よし。なら目を瞑って十数えろ。いいな?」
「わかった」
正直、怒られるのかと思った。でもおじさんからはそんな様子は感じられない。
わたしは言われるがまま、目を瞑って数え始めた。
ひとつ目で樽が地面に置かれる音がして、
ふたつ目でバケツのカランって音がして、
みっつ目で颯爽と風が吹いた。
なんだろうと思いながらも数え続けた。
そして目を開けると先ほどこぼしたバケツに水が入っていた。
「え? どうして?」
「どうもこうもないだろ。ほら、さっさと運ぶぞ」
「うん!」
おじさんが水場まで行ってバケツに水を汲んでくれたことは明白だった。
甘やかさないって言ってたのに。
それからも似たようなことは度々あった。
夜になると必ず甘菓子をひとつくれた。
少しずつおじさんに寄せる信頼は大きくなっていった──。
そんなこんなで二週間が過ぎ、この生活にも慣れ始めた頃。
わたしは誰もいないところでマーくんからもらったぴかぴかの石を眺めていた。大きな石の影に隠れながら。
「嬢ちゃん、それみせてくれるかい?」
背後からしたその声にハッとして、わたしはとっさに両手でぴかぴかの石を隠した。
振り返ると、おじさんが居た。
「ははは。取ったりしないから、見せてごらん」
怒ってるような様子は感じられない。
でも、マーくんは拾ったって言ってた。
ってことは持ち主が居るんだ。……村の人がこんなぴかぴかした石を持ってるなんて聞いたことない。だとするとたぶん、騎士団の中に。
だからこうしてこっそり見てたのに。見つかっちゃった。
「ひょっとしてそれ、金髪の小僧から貰ったのか?」
わたしは首を横に振った。
「拾ったの」
だったらせめて、わたしが拾ったことにする。マーくんは関係ない。って、あれ。なんで今マーくんのことを言ったんだろう?
「嬢ちゃんは何か誤解してるな。それな、元は俺ので小僧にあげたものなんだよ」
「そうなの? だってマーくん拾ったって言ってたから……」
「拾ったって、小僧はそう言ったのか?」
「……うん」
なんだろう。やっぱりまずいものだったのかな……。わたし、余計なこと言っちゃったのかな?
そんな不安を他所におじさんは声をあげた。
「かぁーッ! そういうことかよ!!」
何事かと思いビクッとすると、他の騎士団の人たちも集まってきた。
「どうしたんすかゼンさーん」
「一大事かなんかっすかー?」
「次の村まであと何日っすかー。酒飲みてー」
「いやぁ、これだよこれ」
そう言うとおじさんはわたしの手を指差した。
さすがにもう隠せないと諦め、ぴかぴかの石を見せると、
「これってひょっとしてトウモロコシの?」
「どういうことっすか? なんでお嬢ちゃんがこれを?」
「そらお前、そういうことだろ? そういやあの小僧、嬢ちゃんの見送りに人一倍精を出してたもんなぁ」
勝手に盛り上がってる。なんなの。
「ねえわかんない。わかるように教えてよ」
おじさんに拗ねたように言うと「おぉっと悪いな!」なんて言って話してくれた。
「出発の前の晩にな、その石をくれって小僧がせがんできてよ。トウモロコシ100個と交換だって言うんだよ。俺は断ったんだがな、トウモロコシ食いてえ! って皆が騒ぎ出してよ。そしたら、もう小僧はどっかいっちまってな。暫くして戻って来たかと思えばリアカーいっぱいにトウモロコシを持ってきたんだよ。父ちゃんと話はつけてある! 男に二言はねえ! なんて言ってよ」
「いやぁ、あのトウモロコシは美味かったすねぇ~」
「思い出したらよだれが出てきちまいますよ」
マーくんの馬鹿。
それはたぶん、マーくんが食べる分だ。
マーくんのお父さんはケチで有名な人。
トウモロコシ、大好きなくせに……。
こんな話、聞きたくなかった。
だっていま、マーくんにすごい会いたくなっちゃったから。
マーくんの馬鹿ぁ!!
なにが拾ったよ!!!
嘘だってことはわかってたけど。ここまでするならどうして──。
引き止めてくれなかったの……。
大好きなトウモロコシ……手放してまで……。
マーくんへの止めどない思いが溢れていると、おじさんが気まずそうな声で続けた──。
「とまぁ、ここまでなら良い話なんだがな。それな、模造品なんだよ」
「もぞーひん?」
「あぁ。偽物ってことだよ。結晶石を模ってはいるが、なんの力もない。だから俺は断ったんだが、小僧はそれでもいいって。こんなぴかぴか光る石はこの村にはないから、偽物でもなんでもいい! ってよ。そんな筋の通らねえ話はねえから、だめだって言ったんだが、こいつらが……。俺と小僧が言い合いしてるうちにトウモロコシ食い始めやがった」
「へへ。酒の席でしたし、我慢なんてできませんよ」
「すべての責任はあの美味そうなトウモロコシにある」
聞きたくない。
マーくんに会いたい。
もうきっと、気軽に会えないところまで来ちゃってる。それは、今過ぎる答え合わせのようだった──。
「どれ、トウモロコシ100個分と小僧の意気込み。それから嬢ちゃんへの罪滅ぼしとして、本土についたら本物と交換してやろう。今は持ってない。そこんところは納得しろ」
「まじかよゼンさん!」
「ドケチのゼンさんが?!」
「馬鹿野郎め! 誰がドケチだ!」
ケチなのは知ってる。
甘菓子をくれるけど、いつも勿体なさそうな顔してるから。
結局、食べちゃうんだけど。
いらないって言うと怒るから。
その上、何かをもらうなんてできない。
それに──。わたしはこれがいい。
「ううん。これがいい。本物とかいらない」
だって、マーくんから始めてもらった、大切な宝物だから!
ただの本音だった。
だったけど、おじさんは何を思ったのか急に嬉しそうな顔をした。
「かぁーッ! そうかよ! そうだよな!! 歳取ると大切なものを見落としちまうからいけねえや。すまねえ。今のは忘れてくれや嬢ちゃん!」
「うん。もう忘れた。知らない」
どーでもいいし。
「よくできた娘だ。俺ぁ、お前のこと、ますます気に入っちまったよ!」
そう言うと頭をわしゃわしゃしてきた。
う、うざい!!
「やーめーてーよー!」
「はははははは! やめねーよ!」
意味なんてわからなかったけど、この日おじさんとさらに一歩、仲良くなったような、そんな気がした。
一歩ずつ、少しずつ。仲良くなっていった。
◇
それから──。
騎士団の人たちは嬢ちゃんと言って王都までの帰り道、優しくしてくれた。
おじさんは試験勉強と称して魔術の勉強も教えてくれた。
山を超えずに馬車で迂回するから王都までは半年掛かると言っていた。
一ヶ月経つころには、ほんの少しだけ魔術が使えるようにもなった。
「無属性ってのは本当にすげえな。なんでもすぐに覚えちまう。でもまあだから、ひとつの属性に固執するようなことだけは絶対にだめだぞ。極めたってたかが知れてる。まんべんなく勉強するんだ」
「わかった!」
おじさんは魔術には割と詳しく、とってもわかりやすく教えてくれた。
◇ ◇
このまま、何事もなく王都に着くと思っていた。それはなんの前触れもなく訪れた──。二ヶ月が過ぎた頃──。
「ぜ、ゼンさん!! ま、魔獣がぁ──」
わたしがその声に気付いた時には、一緒の馬車に乗っていたはずのおじさんの姿はなかった。
どこから取り出しのかわからない大剣を手に持ち、飛び出していたのだ。
空を走るように瞬く間に視界から消え去る。
空を飛んでいる……?
そこからはあっという間だった。
まるで夢でも見ているかのような光景が広がった。まばゆく光る魔法の類、空を駆け大剣を振り回す──。
そうして、目の前の脅威は去る。
おじさんは戻ってくると、わたしを肩に乗せた。
「索敵系統の魔法を使える者、全員集合!」
おじさんが声を出すと、それが号令のように、ぞろぞろと皆が集まってきた。
そうして、話を始めた。
「ちぃーっとばかしまずいな。どっかに巣がある。この辺を統治してるのは黒魔道士辺境伯だが、当てにならん奴だ。っつーことで、俺がやっちまおうと思うのだが。異論のある者は?」
「ねぇーっす!」
「あるわけないだろ!」
「どうせお嬢ちゃんのためだろ!」
わたしの、ため?
「トウモロコシの礼だ。嬢ちゃんのためじゃねえ」
「「「はははは!」」」
「よっ! 隊長! カックィー!」
「久々にゼンさんの戦闘が見れらぁ!」
「馬鹿野郎が! その呼び方はでーきっらいだっつってんだろ! それから、やると決めたからには、殲滅だ」
隊長……?
そういえばこの一行には隊長とかそういう人は居なかった。
でも確かに今、隊長って聞こえた。
おじさんが……?
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