第1話-②
◇ ◇
それから数カ月の月日が流れた。
俺は平穏な暮らしを取り戻し、どこか物足りなさを感じながらも、これで良かったんだと言い聞かせていた。
そんなある朝、あいつは突如として現れた。
「マーくん! マァーくーん!」
その声を聞いて、悪夢にうなされたのかと思った。
寝室の小窓を開けると、カレンが居た。
なにやらトロフィーのようなものを右手に持っていた。
「じゃじゃーん! 中等部次学年の部の魔術大会で優勝しちゃいました! えへん!」
「へぇ~、すげーじゃん」
不思議とこんな言葉が飛び出した。
いや、これは違うなと思ったのだけど、
「うん……。それだけだから」
そう言うと玄関にトロフィーと賞状を置いていった。
“帰れ“や“顔見せるな“。そんな言葉を言おうと思った俺は拍子抜けした。
そして瞬く間に空へ舞うと遠くに消えて行った。
な、なんだ?
なんだったんだ?
「いや、こんなもの置いてかれても……困るのだが」
玄関に置かれたトロフィーと賞状を手にして、俺はなんとも言い難い気持ちになった。
これは、いったい。なんなんだ?
それから数カ月後のある朝、また悪夢のような声にうなされた。
「はっ!!」
この感じ……。
「マーくん! マァーくーん!」
……来やがった……また!!
眠気まなこで窓を開けると、
「じゃじゃーん! 中等部次学年の前期考査で剣術、魔術ともに1位を獲得しました! えへん!」
「へぇ~、すげーじゃん」
またしても、寝起きを襲われたからなのか、率直な感想が第一声となってしまった。
「うん……。それだけだから」
そう言うと玄関に賞状とバッチを置いていった。
なんだよ。ただの報告かよ。……なら、別にいいか。
でも今回はトロフィーではないのか。
記念のバッチを贈呈する。とな。
なになに、剣術と魔術で1位を獲得したものは学園始まって以来の快挙である。ほうほう、よって特別授与式をもってして記念品のバッチを贈呈する、とな。
こりゃすげぇわ……本当に。
成績悪くて進級すらも危ういって聞いていたからか、素直な気持ちとして驚いた。
でも、なんでこれをここに置いてくの?
そして二度あることは三度あるとはよく言ったもので、それから数カ月後、カレンはまた来た。
「マーくん! マァーくーんー!」
三回目ともなると、次は何で1位を取ったのかな、などと考えるようになっていた。
どうせすぐ帰るし。
そうして月日は流れ、俺の部屋にはトロフィーや賞状、記念品でいっぱいになっていた。
そのひとつひとつが、カレンの功績。
どうして来るのか、玄関に置いていくのか。
それらを聞けにずにいた。聞いてしまったらもう来なくなってしまうような、そんな気がしたからだ──。
やがて高等部に上がると、カレンはその才覚をますます現していった。
「マーくん! マァーくーん!」
来た来た。
悪夢にうなされていたはずの俺も、いつの間にかカレンからの便りを楽しみにするようになっていた。
寝室の小窓から顔を出すと、いつも通りに自慢気に報告をしてくる。
「じゃじゃーん! 職業体験で冒険者組合に行ったらなんと! Sランク冒険者の資格をゲットしちゃいました!」
「へぇ~、すげーじゃん!」
そう言うと、これまたいつも通りに玄関の前に置いていった。
待て。これはちょっとまずいのでは……?
そう思ったときには既にカレンは空を舞い遥か彼方へと消えていった。
玄関に置かれているのは遠目からでもわかる、Sランク冒険者の免許証の類だった。
「いやいや、これはまずいだろ。免許証置いてくって……まじか」
次来たときに返そうと思ったのだが、そんなときに限ってなかなか来なかったりする。
気づけば半年の月日が流れていた。
でも冒険者は危険な職業だと聞く。だったらこの免許証は返さないほうがいいんじゃ……。
いやいや。そういう問題じゃないだろ。
「カレンのやつ。なにやってんだよ。早く、来いよ──」
◇ ◇
それからさらに数カ月──。
「マーくん! マァーくーん!」
来たッ!!
この頃になると、毎朝、カレンが来そうな時間に目が覚めるのが習慣づいていた。
来ることなんて殆どないのに──。
「じゃじゃーん! 魔術学園高等部、次学年にして学園No1の称号をいただいてしまいました! えへん!」
「へぇ~、すげーじゃん!!」
「うん。……それだけ……だから」
「あっ──!」
と、俺が声を荒らげると、カレンはなにを誤解したのかビクッとしたような表情をみせた。
「ま、マーくん……ごめん……何度も来ちゃって……」
それは今更過ぎる言葉だった。
そんなこと、ずっと気にしてたのかよ。
「いいよいいよ! そんなことよりちょっとそこで待ってろ!!」
「うん……」
俺は大急ぎで階段を駆け下りた。
中段に差し掛かったところで、ズドンッと転がり落ちてしまった。
それでも痛がってるわけにいかない。
冒険者免許を手に取り大急ぎで玄関を開けた。
「なんかすごい音したけど……大丈夫?」
「なんでもねえよ。この通りピンピンしてらあ!」
「そっか。なら良かった!」
「お、おう」
「うん……」
あの日以来、初めて窓越しではなく顔を合わせたというのに会話が続かない。
俺とカレンを隔てるものの大きさを痛感した。
順番が違うんだ。他にもっと言うことがあるはずなんだ。でもそれらが、言葉として出てこない──。
そうして、
「これ! 免許証って書いてあるぞ?」
「え……うん」
「だったらこれはお前が持ってないとだめなやつだろ?」
話の意図が伝わらないのか、久々に顔を合わせたから言葉が出てこないのか、カレンは少しおどけているようだった。
だから俺はカレンの手を取り冒険者免許を握らせた。
久々に触ったカレンの手は大人になっていた。
どれだけの時間が経ったのか、指先で感じた。
あの日、俺はカレンに絶縁を突き付けた。
その俺がふたたびこうして手に触れてしまっていいのだろうか。
やはり、順番が違うのではないだろうか。
そう思うも、先の言葉が出てこない──。
「い、いいの。ま、マーくんが持ってて」
そう言うと俺に冒険者免許を握らせてきた。
「でも……」
そこまで言いかけてやめた。
冒険者は危険だって聞く。俺がこれを持っている限りは、カレンは冒険者にはならない。
だったらそれで、いいじゃないか──。
「わかった。預かっとく」
「ありがとう。……じゃあ、行くね」
せっかく同じ目線で顔を合わせたというのに、なにも変わらない。
なにか言わないと。なにか……。そうして俺の口から飛び出した言葉はこんなものだった。
「またな! カレン!」
これが、今の俺の精一杯──。
その言葉を聞いて、カレンはひどく驚いた表情を見せるも、明るく元気に返事をしてくれた。
「うんっ! また……!」
そう言うとカレンは瞬く間に飛んで行ってしまった。
その日は胸に仕えていたなにかが少しだけ取れたような気がした。
またなって言ったら、またって返してくれた。
あの日以来、一度もなかった当たり前をひとつ、取り返したような気がした──。
いつの間にか、カレンに対する怒りはなくなっていた──。
”『もう、怒ってないぞ』”
たったそれだけのことを言えずにいた。
あの日、俺はカレンにひどいことをした。塩を投げつけ殺せなどと騒ぎ立てた。
いまさらどんな顔して言えばいいのか、わからない──。
それからはなんの進展もなく、いつも通りに報告に来ては「へぇ~、すげーじゃん」と言うだけだった。
でも、お互いに笑顔で「またな」「またね」と、別れの挨拶をするようになった。
ただ、学校を卒業してからは報告のスケールが段違いになっていった。
騎士団へ入団。そこからひと月刻みで昇格。勲章の数々。そして──。
騎士団のトップにまで上り詰めてしまった。
騎士団創立以来の快挙だったらしい。
それは王国を守る騎士団長の称号だ。
それから一年──。
カレンは姿を現さなくなった。
もう、報告するようなことがなくなってしまったんだろうな。そんなことを思っていると、これでもないほどの最高の名誉を携えてカレンは俺ん家の前に姿を現した。
それは、『剣聖』の称号だった。
そのとき、思ってしまった。
たぶんもう、これが本当に最後だ。って。
そのことをカレンもわかっているようだった。
普段通りに報告を済ますと、いつも見せていた笑顔ではなく、切なげにまぶたを曇らせながら、「それじゃあ、いくね……」と言った。
言え。言えよ俺……。ここを逃したら、もう……。
そんな想いが込み上げて来る。
「風邪、引くなよ。ちゃんと飯、食えよ」
精一杯振り絞ってでた言葉はどうしようもないものだった。
「……うん。マーくんもね!」
話が終わってしまった。
なにか、なにか話さないと──。
「ああっ!! っと、ちょっとそこで待ってろ!!」
焦る気持ちから苦し紛れにも引き止めてしまった。
ハッとして、俺は大急ぎで階段を駆け下りた。
中段に差し掛かったところで、ズドンッと転がり落ちてしまった。
まるであの日のデジャヴだった。
それでも痛がってるわけにいかない。
なにをどうしたらいいのかわからない。とりあえず台所から収穫したばかりのトウモロコシを手に取る。実りが良さそうなやつをカゴいっぱいに入れた。
そうして玄関のドアを勢い良く開けた──。
「なんかすごい音したけど……大丈夫?」
「なんでもねえよ。この通りピンピンしてらあ!」
「そっか。なら良かった!」
「お、おう」
「うん……」
久々に窓越しではなく顔を合わせたというのに、会話が続かなかった。
それは冒険者免許を返そうとしたときとまったく同じだった。
なにもかもがあのときと同じで、自分の意気地のなさにほとほと呆れた。
そんなことを思っているとカレンの視線が俺の右手へと落ちた。
その手にはトウモロコシの入ったカゴを握っていた。俺はギュッと力を入れて、そのカゴをカレンに渡した。
「これ、持ってけ。好きだったろ?」
カレンは今や騎士団長様だ。トウモロコシってなんだよ……。言ったあとに小っ恥ずかしくなり、後悔した。
そんな俺の様子をカレンはどう思ったのか、トウモロコシを受け取ると優しく微笑んだ。
「うん。好き……大好き。ずっと、好きだった。昔から、…………今も変わらず」
その言葉は妙に艶っぽかった。
儚げにどこか切なさを帯びる表情に視線を奪われた。
それに惹かれるように、言葉が走る──。
「俺も……大好きだ。忘れたときなんて一度もなかった…………トウモロコシ」
……トウモロコシ。
甘くて美味しい。
俺の畑の、自慢のひとつ…………。
「……うん。トウモロコシ美味しいもんね」
トウモロコシ……。
トウモロコシ…………。
急に頭の中が真っ白になった。
何か言わないといけないのに、言葉が出てこない。そして、暫しの沈黙を経てカレンが口を開いた。
「……じゃあ。行くね。……またね」
「お、おう、またな」
あるのか?
次なんて、あるのか?
騎士団長になって、ついには剣聖にまでなってしまった。
もうないだろ。
これが、最後だろ!!!!
…………でも。
それ以上のことは何も言えなかった。
思い返して見れば七年以上もの間、俺たちはまともに会話をしてこなかったんだ。
いまさら、なにを話したらいいのか。
言いたいこと、話したいこと、たくさんあるはずなのに頭の中は真っ白だった。
そうして、いつものように、
カレンは飛び立って行った──。
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