暴力系幼馴染を“ざまぁ“して十年──。『剣聖』で『騎士団長』にまで上り詰めた彼女はもう一度、農民の俺に許しを乞いに来た。……俺はお前を、絶対に許さない。

おひるね

第1話ー① 俺はお前を許さない。何があっても絶対に──。


「ほら、早くしなさいよ」


 そう言うと幼馴染のカレンは風魔法と重力操作魔法を同時に発動させた。


 そして軽々と俺を宙に浮かせると、ベッドでうつ伏せに寝転がる自らの背中に跨らせた。


 ここは俺の部屋。

 にも関わらず、カレンは傲慢ちきな態度でベッドを占領している。あまつさえ、マッサージをしろと言ってきたのだ。


「今日は腰のあたりを重点的にお願いねー」


 もはや俺は操り人形のように腰に手を回され、あとは揉むだけだった。


「ちょっとマーくん? 聞いてるの? 早くしなさいって」


「俺だって畑仕事で疲れてるんだよ」


 俺の住む村では十三歳になる年に独り立ちをする。その為、俺は今年から畑を与えられ作物を一人で育てている。


 まだまだ一人前と呼ぶには乏しく、カレンの相手をしている余裕なんてない。


 それなのにカレンは学校が休みの週末になると必ず俺の家に遊びに来る。


「あ、そう。わたしだって学校の勉強で疲れてるんだけど? そういうこと言っちゃうんだ?」


 そう言うとジュワっと炎と呼ぶには禍々しい黒い何かを手のひらに出した。


「ばか! やめろ! それは洒落にならない」

「あはははは! さーん、にー、いーち」

「わかった! わかったからそれをどうにかしてくれ」

「はいはい。最初からそう言ってればいいのに。素直じゃないんだから」


 ふざけろ!

 素直な気持ちが嫌なんだよ!


 何度も何度も嫌だと言った。

 それでもお構いなしに暴力と魔法で脅してくる。


 それを前にして、俺は情けなくもビビってしまう。


 昔はこんな子じゃなかった。

 明るくて元気で、わがままをいうことはあったけどこんなに酷いものではなかった。


 魔術適性を認められて、学校に通い始めてから変わってしまった。

 剣と魔法を覚えてから、まるで別人になってしまった──。


 会いに来てやってる。

 仲良くしてやってる。

 友達で居てやってる。


 そういう雰囲気が全面に押し出されている。


 別にもう、来なくていいのに──。


 会いたく、ないのに──。



 それから暫くして、ついにその日を迎えることになる。


 それはカレンが魔術学校の中等部の次学年に上がったときのことだった。


 聞いた話では成績はすこぶる悪く、初等部卒業も中等部への進学も危うかったらしい。そして、次学年への進級もギリギリだったとか。


 そんな背景のせいか、この日はいつにも増して横暴な態度だった。


 それでも今日から二週間ほど休みになるらしく、カレンは少しだけ上機嫌だった。


 そして、上機嫌なときほど俺に構ってくる。


「ほーらマーくんお空飛んじゃったねー! すごーい!」

「やめてくれ! お、降ろしてくれ!!」


「ねぇー! このまま一緒に何処か遠くに行っちゃわなーい?」

「行けるわけないだろ! お、降ろせぇぇええ!」


 カレンお得意の風魔法と重力操作の重ね技で、俺は家の外を飛ばされおもちゃにされていた。


 必死に、声が枯れるまでやめてくれと叫んた。

 しかし、枯れるのは声だけではなくカレンに対する気持ちも枯れていくようだった。


 こいつはもう、だめだ──。

 

 このままではいつか、俺は死ぬ。


 そう思ったとき今まで向き合いもせず、それなのに頑なに守ってきた心の糸がプツンと切れたような気がした。


 そうして、その夜。

 俺の部屋のベッドを当たり前に占領するカレンに言った。


「出てけ」


「どしたのマーくん? ははーん。これかな? これが欲しくなっちゃったのかな?」


 そう言うと無垢な笑顔で手のひらに黒い炎をだした。


 脅し──。

 何度も見慣れた光景だった。


「やりたきゃ、やれ! 殺してみろ!」


 突然の殺せ発言にカレンは驚いたような表情を見せた。


「ちょっと落ち着いて! どしたの?」


「どうもこうねえよ。やりたきゃやれって言ったんだよ」


 俺の覚悟を察したのか、カレンにはその覚悟がなかったのか、あたふたと焦り始めた。


「ちがうの! あ、あれはもう一人の私なの。そういう魔法があるの!」


「本当か?」


「う、うん」


 ふざけやがって、この女!


「この期に及んで嘘までつくのかよ! お前わかりやすいんだよ。嘘つくときは目をそらす癖! ふざけんなよまじで! とっとと出てけ!」


「待って。今のは言葉の綾で……ついうっかり」


「うるせえ嘘つき暴力性悪女! 出てけ! 二度と来んな!!」

「ごめん、ごめんね。マーくん。お願い……そんなこと言わないで……これからは心を入れ替えるから……ねっ?」


 舐めていた。どこまでも俺のことを舐めていた。


 お前、俺を殺す覚悟もないのに今までそんなことをしてきたのか?


 塩、塩はどこだ。

 台所へと駆け寄りありったけの塩を取り出した。


 それを、思いっきり投げつけてやった。


「早く出てけよ!! それともなんだ? お得意の魔法で家ごと吹き飛ばすか? やりたきゃやれ! 覚悟の上だ! 殺せ! 殺してみろーー!!」


 数年に及ぶ思いが、言葉になる。

 

 もう、止まれなかった──。


「そんなことしないよ……」


「だったら出てけよ。早くいけ!! お前は魔法を覚えて変わっちまった。もう、お前の顔なんか二度と見たくねえんだよ!!」


 再度、塩を投げつけてやった。


「だったらやめる。学校行かない。剣も振らないし魔法も使わない。だからそんなこと言わないで。側に居させてよ……」


 こいつ……。抗うこともせずに謝ってくるのか?


 ふざけんな。ふざけんなよ?


 お前、今まで俺に何をしてきやがった!!


「馬鹿言ってんじゃねえよ!! 辞めたら承知しないからな? それじゃまるで俺が辞めさせたみたいじゃねーかよ!! 村八分にされちまうだろうが!」


「じゃあどうしたらいいの……」


 ああ、どこまでも腹が立つ。

 どうにかすれば俺の気がおさまると思うこいつのその態度に、考えに、とてつもなく腹が立つ。


「知らねーよ。剣と魔法頑張ればいいんじゃねーの。そんで俺の前に二度と現れるな!! わかったら返事しろ!!」


「……わかった」


 そう言うとカレンは俺の家から出ていった。


 あーあ。せいせいした。

 でもやけに最後は素直だったな。少し言い過ぎたか? いやいやあいつにされてきたことを思い出せ。


 どちらにせよ、俺は農民であいつは将来有望な魔術学生様だ。これくらいがちょうどいい。


 もう、住む世界が違うのだから。


 じゃーな、カレン。

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