隣人A

@aenZZ

第1話 夢

夢を見た。耳の中を抉るような豪雨の音が聞こえる。その瞬間「ああ、またこの夢か」と西島倫也は理解した。視界さえ閉ざされてしまうような雨の中、倫也は灰色の中空を見つめ、その場に突っ立っている。雨粒が当たる感触はあるが、不思議なことに体は濡れていない。それが逆に気持ち悪くて、そこに自分自身が存在しているのかすらわからなかった。

 雨は益々勢いを増してきた。見えるもの、聞こえるもの、すべてを拒んでいるようだった。そんな中、微かに何かの音が聞こえた。あるいは誰かの声だったかもしれない。とにかくそれは確かに雨音を縫って、倫也の耳に届いた。「行かなければいけない」と思った。本能がそう告げていた。

 ゆっくりと、音のする方向へ歩き出す。踏み出す一歩一歩が水を跳ねるが、相変わらず、服も靴も乾いたままだ。

 音は小さくなったり、大きくなったりを繰り返しているが、どこに向かえばいいかはわかる気がした。

 どれくらい歩いただろうか。その音が突然止まった。代わりに、目の前に何かが落ちているのが見えた。目を凝らしてじっと見つめる。それは小さな靴だった。両手に収まってしまいそうなほどのそれが片方だけ転がっている。女の子用のものなのだろうか、薄いピンク色で、つま先にはウサギのキャラクターがついている。

 その靴を倫也は手に取った。雨粒がエナメル質の靴に跳ね返る。滴る水滴を何度もぬぐおうとするが、雨は靴の側面をなぞって、僕の服の袖口を濡らしていく。さっきまで雨に濡れているという感覚はなかったのに、袖口から徐々に湿っていくのがわかる。靴の水滴を拭えば拭う度に、どんどん体は濡れ、重く冷たくなっていった。

 それでも倫也はその行為をやめなかった。無駄なことだとわかっていても、やめることができなかった。豪雨の音に書き消されそうな嗚咽を混じらせ、何度も何度も、必死で靴についた雨粒を拭っていた。

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