第39話

 領主の軍勢との勝敗は既に決し、デニスたちの勝利となった。


 ただしデニスたちの損害は大きい。モンスター達はほぼ全滅。農奴たちも40人近くになってしまい、多くの死者が出てしまった。


 それでも、100の精鋭騎兵たちに農奴とモンスター、そして村人の軍勢が勝ったのだ。


「デニスさん、すいません!」


 デニスに合流したカンタンは一言目から謝罪を発した。


「何を言ってるんだ? この戦い、カンタンたちの奇襲がなかったら勝てなかった。お礼を言うのはこっちの方だぞ」


「違います。僕が言ってるのはデニスさんたちを見捨てようとしたことです」


 確かにカンタンは魔族の村人の利益を考え、最初は中立を保つつもりでいた。それはデニスも合理的な判断だと思う。


 ただ思い違いだったのは、領主の軍勢が中立のカンタンたちを襲ったという判断だった。


 その理由は単に魔族は敵と考えたのか、それとも戦略的な判断があったのかはわからない。


 ならば、本人に訊けばいい話だ。


 デニスはカンタンたちが捕まえた領主本人に問いただした。


「おい、領主。どうして魔族の村人たちを襲ったんだ?」


 領主は縄で椅子に拘束されたまま、気まずそうに口を閉ざしていた。それだけでよからぬ考えをしていたのは丸わかりだ。


 デニスは手始めとばかりに、領主の人差し指を捻るように折った。


「ぎゃっ!」


 領主は小さな悲鳴を上げるも、口をデニスに塞がれた。


「次余計な発言をしたらもう一本折る。三秒以内に答えない場合も折る。分かったか?」


 デニスは目をひん剥いている領主が首を縦に振るのを確認すると、その口から手を離した。


「わ、私はただ邪魔な魔族を排除しようとしただけだ。他意はない!」


 堰(せき)を切ったように話し始めた領主の弁明に違和感を感じたデニスは、更に追求した。


「わざわざ他意はないなんて言う必要はないだろ。何を企んでいた?」


「それは……」


 再び口を塞いでしまった領主の目の前で、デニスは指折り時間を数えた。


「ま、待て。分かった。言う言う!」


 領主が前口上のように言い訳をしている間に3秒が経ち、デニスはためらいもなく領主の指をへし折った。


 領主は小さな悲鳴を上げるも、またデニスに口を塞がれた。


「次は2秒だ。いいな」


 デニスが手を離すと、領主は急いで全てを話した。


「ほんの気の迷いだったんだ! 農奴を取り返してもどうせ何人かは死ぬ。それなら魔族の村人を農奴として持ち帰れば採算は取れる。そう思ったんだ。それだけだ! 信じてくれ!」


 領主の本心を知り、デニスもカンタンも顔をしかめた。


「どうします? デニスさん」


 デニスはカンタンにそう問われるも、無言でいた。


 代わりに領主を監禁している部屋を離れ、すぐ傍の遺体が並べられた広場に向かった。


 そこでは遺族が横たわる亡骸に縋りついたり、最後の別れを告げている最中だった。


 その中に、デニスも知った顔があった。


「お前は――」


 その人物とはデニスが農奴を鼓舞した際、最初に返事をした幼い少年だった。


 今は目を閉じ、他の死者と共に静かな永遠の眠りについていた。


 デニスは少年の傍らに寄り、その頬を撫でた。感触は柔らかくも、冷たい肌だ。もう二度と起き上がらない死の感触だった。


「すみません、デニス様。その子は――」


「この子の名前は?」


「――分かりません。分かっているのは身内を全て失くしていたことだけです」


 デニスは強く食いしばり、名前も知らぬ少年を見つめた。


 あの時せめて名前を聞いておけば、それ以前に後方へ回して置けば、そんな考えがよぎる。


 しかしこの戦いに余裕はなかった。そして例えどんな状況でも、きっと少年はあの時の意思表示のように戦い、死んでいったのだろう。


「……全員を城壁前に集めてくれ。重症者と看護の者以外だ」


「捕虜の処分はいかがしましょう?」


「それについては後だ。だが、領主だけは俺が連れて行く」


 その後、歩ける程度の傷ある者たちはデニスの言いつけ通り城壁前の広場に集まった。


 そこにはまだ回収されていない味方や敵の死体が横に寄せられているだけの、狭い場所だった。


「まずは諸君。よく戦い、よく生き延びてくれた。感謝する」


 デニスはまず儀礼的な感謝を述べた。


 デニスは城壁の上で全員を眺め。その隣にはさるぐつわがされて拘束された領主がいた。


「何故悲しまなければいけない。どうして傷つかないといけない。そう自問する者は多いと思う。ただ俺の命に従い、生きるために戦った者もいると思う。それは全て正しい反応だ」


 デニスは拳を振って熱弁する。何故ならここで生き残った人々を鼓舞できなければ、いずれ離散してしまうほど心おれている者が多いからだ。


「抑圧される者、居場所のない者、それぞれ居ると思う。その理由をはっきりと述べよう」


 デニスはそう言うと、そこにいた領主を皆に見えるように突き出した。


「すべては俺たちを虐(しいた)げる加害者がいるからだ! それは誰だ? 今の支配者だ! 彼らがいる限り俺たちに安息の日々はない!」


 デニスは皆に憎悪の対象を示した。それだけが今、その場の者たちを奮い立たせる原動力だからだ。


「非道な略奪はそれを指揮する者がいる! 生活を苦しめる重税を課す為政者がいる! そして反すれば罰する者たちがいる! それは全てこの世界を支配する側の人間たちの仕業だ

 ならどうすればいいのか? 諸君はそう思うだろう。その答えは簡単だ。俺たちが新しい秩序を敷けばいい。旧支配者たちに代わり、俺たちが新しい秩序を生み出すのだ!」


 デニスはそう言うと、持っていた槍を領主の背中から胸を貫く。


 そうして領主は苦悶の悲鳴を上げた後、城壁の上から突き落とされるのだった。


「俺たちの敵、貧しき者たちの敵、寄る辺なき者たちの敵。それは圧政者共だ! 奴らを排除しなければこの苦しみは救われない! 俺たちの明日は奴らが亡きあとに生まれるのだ」


 デニスは血の付いた槍を振るい、告げた。


「全ての同盟者よ。立ち上がれ! ここにいる者だけではない。苦しみを与えられている全ての者よ、立ち上がれ! それが俺の願いだ。俺たちの願望だ!」


 デニスは拳を振り上げ、その場の者たちの望みを告げた。


「さあ、唱えろ。叶えろ。自由を! 解放を!」


 デニスの言葉に従い、モンスターも魔族も、人族も亜人族も唱和した。


「自由を!」


「解放を!」


 その言葉は洞窟内をコダマし、外へと響いていくのだった。

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