第40話
領主の死は口伝えによって周囲の村や町に広がり、それはデニスたちでさえ思いも寄らぬ効果を発揮した。
まずは他の村での村抜けだ。それまで重税や奴隷としてこき使われた者たちは呪縛から解き離れたように次々とデニスたちのコミュニティに参加したり、近くに村を構えだした。
また亜人族や魔族からだけではなく、人族の街からも同盟関係の打診が行われるようになったのだ。
「よっぽど嫌われた領主だったんだな」
あるいは領主の死によりデニスたちのコミュニティに脅威を感じているのかもしれない。それほどまでに領主の死は様々な影響を与えているのだ。
そしてこの戦い、影響を受けたのは何も村人や町の人だけではない。
「律儀に閉じこもり直すこともあるまいに……今回の功労者はお前もなんだぞ」
「そういうワケにはいかない。捕虜の身でありながら勝手に脱走し、あまつさえ戦闘に参加したのだ。卑怯者と罵(ののし)られても仕方がない行為を私はした」
「でも、そこまでして俺たちを救ってくれた。なら誇りに思ってもいいだろう?」
「……うん」
ヨーゼは新しく与えられた部屋にまた籠(こも)ってしまい。今はデニスの説得を受けている最中だ。
捕虜でありかつての敵とはいえ、ヨーゼにはザシャから助けられた大恩がある。それなのにこのまま捕えているのは道理に合わなかった。
「エメもゴロウも、それにカンタンも釈放に関しては了解済みだ。それに俺もな。釈放に応じないほどお前も意固地ではないだろう?」
「その通りだが……1つ頼みがある。いいか?」
ヨーゼは申し訳なさそうに、デニスへ尋ねた。
「一度はデニスたちと共に王国へ向かう方法も考えた。しかしそこまで甘えられないし、待つこともできない。私は一足先に王の元へ馳(は)せ参じようと思う」
「いいのか? ザシャの報告があれば王に捕まるか処刑される可能性もあるぞ」
「それは構わない。それに私とてまんまと捕まるつもりはない。そこでデニスの手を借りたい」
「……確かに俺の諜報網を使えば安全に王と接触できるかもな」
本当なら自分と共に戦い、王と交渉したい。デニスはそう考えていた。
けれどもヨーゼの真剣な眼差しはそんな悠長はできないと告げていたのだった。
「ただあのザシャという男、あの男だけはほっておけない。それまでは世話になりたいのだ。勝手を重ねるようだが、許してくれるか」
ヨーゼの懇願するような視線に、デニスは折れに折れた。
「構わないぞ。あのザシャを共に倒すのなら俺たちは大歓迎だ。今は特に戦力が少ないしな……」
そう、戦力が足りない。そして圧倒的に労働力も足りないのだ。
今回の戦いでは攻城兵器はほとんど使われず、城壁は無傷だ。その代わり応戦したモンスターたちは大損害を負い、今は回復するしかない。
デニスの諜報網によればザシャが率いるであろう次の軍はまだ姿がなく、余裕のほどはあった。
「それでも急な戦闘はあり得る。ヨーゼがいればこちらは百人力だ。助かるぜ」
「そうか。少しでも助けになるなら、私もここにいる甲斐があるというものだ。しばらく頼む」
そうして、デニスたちの勢力に元王国騎士団長のヨーゼが仲間に成ったのだ。
「いいムードのところ申し訳ないですけど、いいです?」
デニスとヨーゼが結託したところで、後ろのドアの隙間からくりくりとした目玉が覗く。
それはエメだった。
「どうした? 緊急か?」
「緊急と言うほどでもないですけど、戦力回復のことでちょっとお話が……」
「そうか。なら行こう。ヨーゼ、また後でな」
デニスはヨーゼの部屋を離れ、エメの後ろに付いていった。
「ヨーゼの勧誘は半分成功したみたいですね」
「聞いていたのか? まあな。共に同じ道を歩めないのは少し残念だがな」
「そうみたいですね。それは、それで都合が良いかもしれないですけど」
「ん?」
「な、何でもないです」
エメの意味深な言い方をデニスは気にするが、間もなく見えてきた装置を目の前にそんな考えはすっ飛んでしまった。
「なんだこりゃ!? ダンジョンの遺物かなんかか?」
エメは追及が無くなりホッとした様子をみせてから、説明を始めた。
「この3つの装置はモンスターの合成、分解、保存をするものです」
デニスとエメの目前にあるのは、パイプとホースを身にまとい、蒸気を噴出する謎の巨大装置だった。
「モンスターを改造できるってことか?」
「その通りです。モンスターの合成は複数のモンスターを組み合わせる機能です。分解はそれを元に戻す装置なのです」
「保存は何なんだ?」
「こちらはめったに使わないですが、モンスターを劣化させず魔素の供給がいらず、そのままにしておける装置です。もし戦力に余裕が出れば魔素の節約に仕えるかもしれないですけど……。それだけです」
「魔素の供給が莫大なモンスターを必要な時だけ出す。とかもできるのか。しかし、非人道的だな」
少なくともデニスはモンスター達にある程度の知性を感じている。
特に牛鬼は明らかな意思を持っている。自分で考え、自分で決定する。それを人族や亜人族、魔族と何が違うかと問うほどだ。
「実際そこらへんはモンスターからの反発があるんじゃないのか?」
「それが今まではなかったのです。私も拒絶されたりする場合を考えましたけど、魔素から生まれた意思は消滅を嫌っても再構成や分解については抵抗がないみたいなのです。牛鬼もそう言ってましたです」
「牛鬼が?」
「曰く、魔素生物であるモンスターは元々大いなる意思から分割された存在――。という解釈をしましたです。本当はもっと長い話ですけどね。だから今更合成や分割をされても、ダンジョンの一部である限り意思の混合は大した問題じゃないようです」
「大いなる意思から分割された存在、か。俺の知っている原神教でも似た解釈をする場合はあるが、実践できてる連中は一握りだったな」
そう考えると、もしかしたら原神教とダンジョンには似た思想が流れているのかもしれない。あるいはかなり昔に関係があったか、それとも偶然なのかは知らない。
ただ原神教側もダンジョン側もお互いを知らないはずだ。そういう点では、デニスにとっての新しい発見はこれだけではないのかもしれない。
「だがまずはモンスターの数を回復しないとな。これを使うのはそれからだ」
デニスはエメの話に納得すると、ひとつの疑問が生まれた。
「ならなおさらこの装置を使うのはモンスターの数が回復してからでいいだろ? 急な案件でもないのに何で今更」
「そ、それは会話を切り上げるには良いタイミングだと思ったから――いや、何でもないです」
エメはデニスの問いにもごもごと答え、デニスを更に不審がらせたのであった。
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