第38話

 デニスは何度も立ち上がりザシャと赤い騎士たちに挑むも、傷1つ負わせられない。


 ザシャのサインの力の警戒、随所に繰り出される赤い騎士たちの魔法、その連携がデニスを苦しめていたのだった。


 その一方でデニスの傷は増えるばかりだ。致命傷はないものの、手足のしびれは増している。


 デニスは力が抜けそうなのを我慢し、必死に槍を握り、また挑みかかる。


 だがそれも、ただの時間の引き延ばしでしかなかった。


「ふんっ!」


 ザシャが片手で片刃の大剣を振るったにも関わらず、そのあまりの膂力にデニスの槍が弾き飛ばされた。


「くっ!」


 デニスは次にザシャの右腕、全てを破壊するサインの力を食らいそうになり、最後を悟った。


 しかし、そうはならなかった。


「ボルトショック!」


 城壁側から演唱が聞こえたかと思えば、ザシャの身体へまともに雷魔法がぶつかった。


「ぎゃっ!?」


 ザシャは引きつったカエルのように全身を硬直させ、倒れそうになる。


 その間にデニスの後方から白い馬を飛ばし、近づく影があった。


「せいっ!」


 白馬から飛び降りた人物は金色の髪を振りまきながら、ザシャに一太刀を浴びせる。


「ぐっ!?」


 ザシャは大剣の一撃を受ける寸前に自身の片刃の大剣で攻撃を受ける。だがその勢いまでは殺せず、ザシャは後ろに転がるように弾き飛ばされたのだった。


「私の名は、ヨーゼ・ティルピッツ! 義を持って参戦させてもらう!」


 なんと現れたのは独房に入っていたはずのヨーゼだった。


「ヨーゼ……助かった。お前のおかげで命拾い――」


 デニスが感謝を述べ終えるよりも先に、振り返ったヨーゼは鉄の拳をデニスの顔面にぶつけた。


「ぶっ!?」


「何が助かっただ! 弱音を吐くな、デニス。それでも王国の反逆者か! 反逆者なら反逆者らしくもっと図々しくいろ! 分かったか」


「……相変わらずだな。これじゃあどっちが師匠か分からないぞ」


 デニスとヨーゼがやり取りしていると、ザシャがよろよろと立ち上がって指摘した。


「何故だ、王国騎士団団長。勇者である俺に逆らうと言うことは王国に逆らうことだぞ」


 ザシャの嫌みのような言葉に、ヨーゼは陰りもなく告げた。


「私は貴様を勇者とは認めん!それに私は貴様に味方せよという王命を受けていない!」


「そんな無茶苦茶な」


 ヨーゼの言葉にザシャが呆れる前に、デニスがその適当な言い分に物申した。


「そもそもお前は捕虜だろ。一体どうやって牢から出た」


「そんなの自分で蹴破って出たに決まっているだろう」


「やっぱり無茶苦茶じゃないか……」


 デニスが頭を抱える傍ら、ヨーゼはザシャを指さした。


「もし貴様が勇者として、何故人民を苦しめるような真似をする! 農奴とはいえ王国の臣民! 救わずして何が勇者だ!」


「そんなの俺が知ったことじゃねえよ。攻め入るのに都合がいい軍隊がいたから利用してる。それだけじゃねえか。第一所詮は農奴、国民の人頭にもなりゃしねえよ」


「勇者とは国王に奉仕する存在である前に、民に奉仕する存在だ! それがこのような虐殺に手を貸す時点で勇者の権限はない! 例え国王が認めても私が認めない!」


「ほう、それは国王への反逆の意志と捉えていいのかな?」


 ザシャの挑発的な言い方に、ヨーゼは貫くような真っすぐな目で答えた。


「否! 私が剣を捧げた時、民に奉仕すると告げた! もしも国王が民を見捨てるというならば」


 ヨーゼは様々な感情を押しつぶすような怒気で告げた。


「私は国王に反逆する!」


「!?」


 ヨーゼが明確に国王への反意を宣言したのに、デニスもザシャも驚く。


 それほどまでにヨーゼの民を守るという気持ちは強いのだ。


「ならば覚悟はしろ。ついでとはいえ俺は勇者だ。その言葉に二言はないと思え」


「当然だ!」


 ヨーゼは意を変える様子もなく、隣にいたデニスを強引に起こした。


「さあ、戦え元勇者! 共犯者として戦ってやる。ああ、戦ってやるとも」


「お前……それでいいのか?」


「いいわけないだろう! だが国王が民に背くというならば、直接問いただしに行く。そのために貴様を利用する。それでいいだろう」


「ふふふっ、一時休戦というワケか。いいだろう。共に戦おう」


 デニスはサインの力で槍を拾い上げると、ヨーゼと共に戦いの構えを取った。


「2対1は不利か。しかし1人は虫の息、その程度じゃ俺は――」


 ザシャがそこまで言おうとした時、その後ろから悲鳴と雄たけびが上がった。


「なんだ!?」


 その場の誰もが答えを求める中、ある騎士が報告した。


「む、村の襲撃に失敗した! 村人たちが向こうから城門を出て攻めてきているぞ!」


 デニスはその報告が真実だと確信する。領主の軍勢が思ったよりも少なかったのは、カンタンの村を襲うために人員を割いていたからだ。


 本来ならそれで十分村を落とせるはずだった。けれどもあの村には様々な戦いを経験した村人たちとカンタンがいる。


 それでもまさか逆に打って出るとは、デニスにとってあまりにも嬉しい誤算だった。


「た、退路を断たれるぞ!」


 誰かがそんな叫び声を上げると、恐怖が伝播(でんぱ)する。


 いくら鍛え上げられた騎士たちとは言え、後顧の憂いがある状況ではまともに戦えない。当然そうなれば、混乱は必至だった。


 そしてその混乱の拍車をかけるように、ある人物が騎士たちを打ち倒しながら告げた。


「領主は捕縛しました! そちらの負けです!」


 騎士達を更に動揺させる事実を発したのは、カンタンだった。


 カンタンは盾と神器であるベガルタを振るい、鬼神のごとき勢いでこちらに迫って来ている最中だった。


「僕たちは反逆勇者のデニスに味方します! 敵の敵は友。ただそのために戦います!」


 カンタンは詭弁(きべん)と分かりつつも、恩師であるデニスを救うために行動している。


 その事実に、デニスは全身から力が溢れるのを感じた。


「ほう、中々骨のあるやつが増えたじゃねえか」


 ザシャは「ふむ」と考え込むと、急に演唱を始めた。


「ダークスワンプホール」


 ザシャが唱えたのは月魔法だった。しかもその術は逃げるために使われる魔法だ。


「逃がすか!」


 ヨーゼはザシャが地面にできたタールのような穴に身を沈めているのを追い、大剣を振り上げた。


 ザシャもヨーゼのあまりにも早い行動に間に合わないと察し、なんと近くに立っていた騎士を掴んだ。


「なっ!?」


 ザシャは騎士を盾にしてかろうじてヨーゼの斬撃を防ぐ。その代わりに盾となった騎士は兜ごと両断されてしまったのだ。


「また会おう、反逆者共。今度はもっと準備をしてから来てやろうじゃねえか」


 ザシャはそう言い捨てると、止める間もなく黒い沼にどぷりと沈んで行った。

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