第36話
魔獣のほとんどは撤退するか討たれたものの、デニスたちや農奴、ゴブリンたち魔物たちは中層の城壁に逃げ延びていた。
「被害状況は?」
デニスは軽めの昼食をとりつつ、城壁の上から領主の軍勢の動きを見守っていた。
今のところ領主の軍勢も昼食休憩に入っているらしく、まだ攻めてくる様子はない。
「ゴブリンたちは8匹しかいませんです。オークも3匹だけ。トロールは討ち死にしたようです」
「牛鬼はどうだ?」
「一度死んだそうですがランク持ちの復活(リバイバル)の能力で息を吹き返したそうです。ただ、復活は一日一度きり。次はないですよ」
「分かってる。牛鬼からもそう聞いた。今はこの数でどうするかを考えるだけだ」
「だけど、今の状況ではとても……」
エメは暗そうな顔をしているが、デニスの顔に陰(かげ)りはない。
地に伏して倒れるまでは前を見て展望を見る。それがデニスにとって父親から教わった最大の教訓だったからだ。
「……まだ望みはある。カンタンに頼んで連絡班に亜人族の商会や人族の商会に援軍を頼んだ。可能性はゼロじゃない」
「でも、来てくれる見込みは薄いですよ。領主の軍勢は圧倒的、戦いの趨勢(すうせい)も相手が有利、参戦する利点なんてないですよ」
「そうだな。だが牽制にはなる。それにカンタンたちの動向も気になる」
現在戦いに参加しないと結論付けたカンタンたちはダンジョンの外にある村の門を固く閉ざしている。
中層に来てしまった以上、外の情報は一切入らない。だがこの様子ならばカンタンたちが敵方に味方したという話はなさそうだ。
「ただ気になるのは領主の軍勢が思ったより少ない点だ。――まさかな」
デニスは嫌な予感を感じつつも、水筒の水を一気に飲み干した。
「相手方の炊事の煙が消えた。そろそろ来るぞ」
デニスはケガの手当てや食事をとっている魔物たち、そして共に鍋を囲んでいる農奴たちに告げた。
「ここが正念場だ。生きるか死ぬか。好きな方を選ばせてやる」
デニスが言葉を向けたのは農奴たちだった。
「これから防衛戦に入る。農奴たち諸君にも参加してもらうぞ」
デニスの言葉に農奴たちは驚く。無理もない。農奴たちに戦いの経験はないからだ。
「お待ちくださいデニス様。我々は戦えません」
「両手両足があるくせに何もできないだと? 戦えないのはスプーンもつかめない赤子くらいなものだ。分かっていたはずだ。村を抜け出した以上、降参してもより一層みじめな生活が待っているだけだ。それを一番知っているのは諸君だぞ」
農奴たちは沈痛な面持ちで黙り込んでしまう。
そんな中、10もいかない年若い少年が片腕を振りかざした。
「僕は戦います! ダンジョンの外の村長さんもあんなに若いのに戦えるんでしょ? 僕にもできます」
デニスは健気な少年の意気込みを、悲しげな眼で見つめた。
「――途中で投げ出せない戦いなのは、分かっているな」
「はいっ!」
「痛くても、耐えられるか?」
「はいっ!」
少年が元気よく返事する様子は、農奴たち全員を鼓舞した。
「おいっ! おらたちも小僧っ子には負けられねえど。自由のために戦って勝ち取るだ!」
「その通りだ! 領主なんてもう怖くねえ。俺たちには元とは言え勇者様が付いているんだ」
農奴たちは「やるぞ!」「負けてたまるか!」と自らを勇気づける。
デニスはそんな農奴たちの姿を見て、唇を噛む口元と潤(うる)む両目を手で隠すようにつぶやいた。
「すまない……。すまない……」
デニスは魔物たちに命じて余っている武器を農奴たちに手渡した。
農奴たちは物珍し気に武器をあぶなっかしく握りしめ、自分が強くなったような錯覚にめまいを起こしているようだった。
「武器は振る物ではない。敵へ突け! 敵を押し出せ! そして武器を手放すな。相手を近づけないことだけを考えろ!」
男性の大人、老人や老女、腹の膨れた女性、やっと両足で立てる子供まで、農奴たち全員が城門の上に並び立った。
ゴブリンは弓兵、オークは奇襲用の騎兵、エメは後衛からの魔法のサポート、ゴロウは前線の指揮。
そう命じたデニス本人は独り城門外に仁王立ちしていた。
「今は亡き原神よ。亡きあとも我らの魂を抱擁したまえ……」
デニスが指で小さく空を切っていると、領主の軍勢から雄たけびが上がった。
ついに運命の時が来たのだ。
「かかってこい! 相手になってやる!!」
デニスは唯一の相棒である槍のボーを構えるのであった。
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