第35話
デニスは短槍で執拗にザシャの左手を狙った。
それはザシャの左手の大剣を落とせば左側に隙ができるという判断からの行動だった。
「おっと、怖いねえ」
だがザシャもその手には乗らない。すべてを破壊する右手のサインで左手をカバーし、デニスの攻撃をためらわせた。
「くっ!」
デニスは槍をひっこめ、代わりに腰のベルトに吊り下げているダーツを乱暴に投じる。
しかしザシャの反応はすさまじく、ザシャに向かったダーツは右手で受け止められて消失してしまった。
「無駄無駄無駄! その程度では俺に当たらねえ!」
「そいつはどうかな」
ダーツはザシャに向けて投げた分だけではない。あらぬ方向に投げたダーツはデニスのサインの力で方向を変えてザシャの背中に刺さったのだ。
「がっ!?」
「どうだ? 痛いだろう?」
デニスはザシャが痛みで隙を作ったのを確認し、槍を突きだす。
槍の穂先がザシャの顔を狙うも、ザシャは寸前で僅かに首を曲げたため、その頬を傷つけるにとどめた。
「――いてえええええっ!? 気安く俺の顔を傷つけやがって! 報復、報復だ!」
ザシャは左手に握る片刃の大剣を正位置にに構え、雄たけびを上げた。
「神器解放・アンカーサイズ!」
「神器!? アダマスの鎌か!」
ザシャの片刃の大剣が妙な挙動をしたかと思うと、半透明の鎌のようなものが飛び出す。
半透明の鎌は片刃の大剣と半透明のチェーンのような物で繋がれており、それがそのままデニスの懐に飛び込んできた。
「くっ!?」
デニスは槍で弾こうとするのを思いとどまり、なんとそのまま半透明の鎌を胸に受け止めた。
するとデニスの鎧は傷つけられないものの、半透明の鎌は胸甲に吸い込まれる。
そして代わりに強い力で半透明のチェーンが引っ張られて、デニスの身体がザシャの方へ引き込まれ始めたのだ。
「くそっ!?」
デニスは半透明の鎌を受け止めた際に、鎧の留め具に手をかけていた。そのおかげで留め具を外された胸甲の鎧だけがザシャに向かって飛んで行ったのだ。
「ぬっ!?」
ザシャは飛んできた胸甲を右手で払いのけて四散させる。しかしその顔は不満げだった。
「キサマ……ハルパーを知っていたな?」
「こう見ても周遊を旅してまわっていてな。一通りの神器は形状と能力を知っている。というよりも、それを求めて旅をしていたようなものだったがな」
デニスはそこまで言った後、厳しい顔をした。
「確かハルパーは東の諸侯が持っていたはずだが、奪ったのか?」
「ああ! そうだそうだ。生意気にも俺の改宗を邪魔しようとしやがって。だから壊してやった! 奴を信奉する庶民共の前で塵にしてやってな!」
「見せしめか。趣味の悪い野郎だぜ」
デニスが再び槍を構え、射殺すような視線を向ける。
だがデニスが動き出す前に、目の前で煙が充満し始めたのだった。
「なんだなんだなんだ! これじゃあ前が見えねえじゃねえか!?」
ザシャがうっとうしそうに叫んでいると、デニスの隣に突然エメが現れた。
「どうした? ここは最前線だぞ。下がってなくていいのか?」
「それよりも大変です。前線がダンジョン入り口まで押されているです。このままでは孤立してしまうですよ!」
「……頃合いか。魔獣を放つ! 全軍後退!」
デニスの合図と共にダンジョン内や森の茂みから角狼が、ダンジョンの天井からスライムが落下する。
その急な奇襲に領主の軍勢は一時的に混乱が発生した。
「今だ! 全員逃げろ!」
デニスの采配により戦線はゴブリンたち魔物から角狼たち魔獣に代わる。これで逃げるための時間は稼げるはずだ。
「中層の城壁に逃げ込め! 急げ急げ!」
混乱に乗じて更に前線にエメの煙魔法が充満し、領主の軍勢はどちらに追いかけるか分からなくなる。その間に、デニスもエメもダンジョン内に潜り込んだのだった。
「逃げるんじゃねえ! 背信者! 死ぬまで戦え!」
デニスのはるか後方でザシャの喚(わめ)きが聞こえるが、デニスはそれを無視して中層の城壁に向かうのであった。
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