第34話

 デニスがダンジョンの前に戻ってくると、そこは大わらわだった。


 元農奴たちはダンジョンに逃げ場を求めて入り口に殺到している。ただし老人や子供は準備ができず、まだ荷物を纏めている様子だった。


「荷物は捨てろ! 間もなくここは戦場となる。生きたければ急げ!」


 デニスが元農奴たちを急がせても、進みは鈍い。それは危機感の薄さではなく、単に混乱しているからだった。


「このままでは間に合わないです。仕方がないけど、遅れたものは見捨てるしか――」


「あいにく俺は強欲でな。誰一人犠牲にするつもりはない」


 デニスは少ない選択肢の中で、最も悪手である決定をした。


「魔物を前へ! ダンジョン外にて迎撃する!」


「!? 無理ですよ。相手は100、こちらは50未満。いくら牛鬼やトロールがいるからと言って、数の差は厳しいですよ」


「分かっている。だが他に方法はない」


 デニスの命令を受け、ゴブリンたち約20匹、ブタムシに騎乗したオークたち約5匹、トロール1体に牛鬼1体。戦えそうな魔物を揃えた。


「魔獣は本隊の撤退をサポートするために待機! 時間を稼ぐぞ」


 デニスは魔物たちを前に作戦を告げた。


「住人たちがダンジョンの中層城壁にたどり着くまで戦線を維持する! 相手は下馬重騎兵と重騎兵。消耗戦では負ける。全員生き残ることだけを考えよ!」


 デニスは魔物たちを鼓舞する形で前線を横切るように走る。その際にゴブリンやオークたちが差し出した槍へと幸運を分け与えるがごとく、神器であるボーが触れていく。


「この戦いは負け戦だ。だが勝つための負け戦だ! 価値ある負け戦だ! 全員熾烈を持ってして負け戦、逃げ戦を演じて見せよ!」


 デニスがそう宣言したちょうどに、森の陰から騎士たちの戦列が現れ始めた。


「弓兵、矢をつがえ。敵は重騎兵。十分に引き付けよ!」


 領主たちの軍勢は森から出ると、徒歩から駆け足となり突撃態勢で向かってくる。重騎兵と下馬騎兵の突貫、それは軽装甲のこちらにとって痛手となる攻撃だ。


 しかし退くわけにはいかない。これをまともに受けずして、守れるものは守れない。


 デニスは戦列の最前線で、敵の目の色さえわかる距離で命じた。


「撃て!」


 ゴブリンたちの放った矢が零距離で放たれる。


 ほとんどはその固いプレートアーマーに防がれるも、幸運にも装甲の隙間や顔面を襲った矢が数人の騎士へ致命傷を与えた。


「槍兵前へ! オーク騎兵突撃! 俺について来い!」


 突撃には突撃を。それくらいしか今は対策がない。


 デニスは馬に蹄を叩かせ、凸状の弓なりとなった敵戦列に突撃を敢行した。


「ふんっ!」


 デニスの戦端は敵重騎兵や下馬騎兵を数人吹き飛ばす。だが多勢に無勢。デニスの勢いはそれだけで止まってしまう。


 そして止まった馬の末路は、いつもおなじだった。


「くそっ!」


 デニスは馬を槍で貫かれ、転げ落ちる形で馬から降りる。そうなれば不利な体勢のデニスに多数の騎士が殺到した。


「俺、デニス守る!」


 デニスの致命的な隙をカバーする形でオークの突撃と牛鬼やトロールの重い一撃が続く。


 するとその勢いが勝ったのか、敵の軍勢の足はやや止まった。


「敵の戦線に取り付け、ゴブリンたち!」


 デニスが素早く命じると、足の止まった敵を捕らえる形で槍の戦列が敵の勢いを阻害する。


 後はこの形をどれだけ保てるかだ。


「劣兵でやるじゃねえか。やっと俺の相手をする余裕ができたようだな」


 デニスが神器のボーを振り回して戦線をこじ開けていると、目の前にまたしてもサイン持ちのザシャが立ちふさがった。


「お前の首を獲って戦線を崩してやる。こいっ、狂信者!」


「言うじゃねえか。行くぞ、反逆勇者」


 デニスは槍のボーを両手に、ザシャは左手に片刃の大剣と右手を差し出し、2人はぶつかった。


 その間にも、魔物たちの勢いはじりじりと後退しつつあった。

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