第33話
東の森の先に着いたデニスは旗を片手に眼前の軍勢を見下ろした。
数こそヨーゼたちの王国騎士団と討伐軍に劣る領主の軍勢。それでも足並みそろった戦列や全員重装甲をしている点では大きく違っていた。
どうしたものか。デニスが現れたにもかかわらず領主の軍勢に動揺は見られず、歩みも遅れる様子はなかった。
「やけに強気じゃないか」
デニスはこのままでは自分が脅しの役割ができないと感じ、一撃離脱の強襲をかけようとした。その時だった。
「やめとけやめとけ。俺がいる限り奴らの強気は止まらねえよ」
デニスは声を掛けられた方向へ臨戦態勢をとる。
まさか気配を感じ取れずここまで接近されるとは思っても見なかったからだ。
「初めまして元勇者。よければ降参して改宗してくれねえかな?」
デニスの横にいたのは銀色の長髪をした男だった。
馬上のその男は目は虚ろでほっそりとした顔とひょろりとした長身が幽鬼を思わせる。兜のない全身フルアーマーで、禍々しい冷気さえ感じる片刃の両手剣を担いでいた。
そして何よりも特徴的なのは、右手に丸と十字、サインの印を持っていたのだ。
「大罪の狂信者……! ザシャ・ベルマーか」
「おお、大罪とはひでえな。狂信者は否定しねえがよ」
デニスは戦慄した。ザシャ・ベルマー、彼は王国の地下深くに幽閉されているはずの男だったからだ。
「なぜこんな所に……まさか国王が放ったのか!?」
「ご名答。今や俺は新たな勇者らしい。まあ、俺は興味ないがね」
ザシャは王国の新興宗教である新神教の信者であり尖兵だ。kかつて国王並みの影響力を持つ新神教総司祭の権限の元、原神教の信者を背信者として罰していた。
ただザシャはやりすぎた。両手で数えきれない数の村を焼き、終いには国王直轄地の街さえも焼き払った。これには国王も怒り、サイン持ちを3人差し向けたが2人は返り討ちにあい、やっと身柄を捕らえたそうだ。
宗教狂いな史上最悪最強の英雄、それがザシャ・ベルマーだった。
「狙いは何だ? お前のことだ。ただ恩赦を受けたかっただけじゃないんだろ?」
「それはもちろん。布教と背教者狩りさね」
ザシャはにんまりと口角を吊り上げる。その笑顔はまるで悪魔の嘲笑のようだった。
「背教者背教者、ゴミゴミゴミ! 狩っても狩っても尽きやしねえ。まるでウジ虫のようじゃねえか」
「それは俺が原神教信者と知っての話か」
「当然だよ。魔族も、亜人族も北西の人族も東方の亜人族も、腐った匂いしかしねえ。いずれはそいつらも根絶やしだ。腐敗した根は徹底的に刈り取らなきゃなあ!」
ザシャは会話の途中で片刃の大剣に手をかけた。
デニスもそれに呼応される形で旗を槍のように投げる。狙いはどんぴしゃり、ザシャの胸のど真ん中だ。
「当たりゃしねえよ」
ザシャが自分の胸と旗の切っ先の間に右手を滑り込ませる。すると旗は右手に触れた先から灰のように崩れたではないか。
「破壊のサインか……。右手に触れるものは神器であっても壊せる。噂通りのようだな」
「神器と言えば自慢の他の武器はどうした? 武器の申し子が槍1本だけじゃさみしいじゃねえか。どこかに置き忘れてきたのか?」
「ぐっ……」
まさかデニスも借金のかたに手放したと話すワケににもいかず、この辺りで会話を辞めるべきだと判断した。
「おいおいおいおいおい!? 逃げるのか!」
「今お前と相手している暇はない! 戦いたかったらちゃんと自分の足でくるんだな」
「ご無体なこというじゃねえか。馬は借り物で中々言うこと聞かねえんだよ。こいつもバラしちまおうかな? どうおもう?」
「俺が知るか! 徒歩できたけりゃ勝手にしろ!」
デニスは自分だけが知る獣道を馬に走らせ、ザシャと離れて帰路に着くのであった。
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