第28話

 犬の亜人は遠慮なくデニスたちの隣に座ると、商会の代表と面向かった。


「きょ、今日はどのような用件でしょうか。アドリア様」


「今日はここのデニス様のお招きできましたわ。先にお伝え出来なくて申し訳ないわね」


「!?」


 商会の代表はデニスを睨んだ。


 彼女、アドリア・オルティスが商会の代表と知り合いなのは無理もない。アドリアは西の亜人族の街で商会の代表をしている人物だからだ。


「少し寄り道させてもらってな。アドリアさんにはある交渉をしたのさ」


「こ、交渉?」


「これから特産物はアドリアさんの商会独占で交易をするって話だよ」


「な、なにっ!?」


 これを紹介の代表が把握していないのも無理もない。この話をアドリアと話を付けたのはほんの数日前の出来事だからだ。


「本当の話ですか? アドリア様」


「その通りですわ。確かにこの交渉に応じればそちらの反感を買いかねません。しかし近年討伐軍の混乱で疲弊しきっている当社よりもデニス様との交渉の方が有意義、そう判断したのですわ」


「そんな!」


 商会の代表は頭を抱えた。


 それもそうだ。今は魔族と人族の争いで商売は上手くいってない。その一方で亜人族は乱に巻き込まれずに健在。だとしたら亜人族との交易は重要な話だ。


 それがデニスとのいがみ合いで亜人族との交渉が破断するようなら、損をするのはこの紹介だけの話だ。


「しかし、私はそんな話だけをしに来たわけではないわ。私がしたいのはこの話の仲介人よ」


「仲介?」


 つまりこういう話だ。


 デニスと人族の商会の仲を取り持つ。特にデニス側は交易に明るいワケではないので、その助けをする。それはデニスにとってもありがたい話だった。


「となると独占の話は?」


「あくまでもアナタたちの交渉が破断した場合よ。デニス様も価格の調整には反対しているワケではなく。交渉の余地はあるのですよ」


 あくまでも適正の範囲内ですけどね。と、アドリアは付け加えた。


 商会の代表はデニスが交渉自体に乗りきであると気づき、驚いた顔を見せた。


「価格調整自体は交易の拡大のために必要だとは感じていました。ただ俺たちはその手の商売に明るくない。ならば後ろ盾を作るべきだと思ったのですよ」


「つまり後見人はアドリア様の商会、と」


「そうです。では雑談も十分なので本題と行きましょう」


 デニスはやっと商会の代表の求めに応じて商談に応じたのだった。




 最終的に価格だけを見れば、デニスたちは損をした。


 しかし販路の拡大や輸送経路の融通など、全体を見れば得をしたのはデニスだった。


 そしてその恩恵にあずかったのはデニスたちだけではない。


「今回はわざわざ出向いた甲斐がありましたわ。疲弊しているとはいえ、ここは交易は人族との交易の要、なので今のうちに恩を売れないかと考えていたのですよ」


「こちらこそありがとうございます。おかげで足元を見られずにすみました。この恩は忘れません」


 正直デニスも亜人族の代表が出張ってくるとは思っていなかった。よければそこそこの上役がくると思っていたので、内心驚いていたのだ。


「私が来た理由が不思議で仕方ないようですね」


 デニスはアドリアの言葉についつい頷いてしまう。


「私はデニス様が中央の森に到着した頃から様子を伺っていました。村の発展の敏速さ。ダンジョンを上手く利用する頭脳。なによりも王国騎士団の軍勢を追い払った軍事力はすさまじいものでした」


 デニスはアドリアが何を言いたいのか、はっきりとはわからない。ただこう評価されているのは嬉しい限りだった。


「だからこそ提案したい。我が街と防衛協定を結んで欲しいのですよ」


「……え? いいのか?」


「はい、その通りですよ」


 デニスはアドリアが何を企んでいるか勘ぐった。


 なにせデニスたちは王国と敵対関係にある。なれば防衛協定を結んでも得をするのはこちら側だ。


 その意図が何故か把握できず、デニスは困惑していた。


「理由を教えてほしそうですね」


「ああ」


「簡単な話です。我々は優れた軍事力がない。その上王国の矛先を向ける相手はデニス様を除けば、亜人族にしかないからです」


 話を簡略化するなら、王国は内政問題回避のために外交的に攻撃的な性格を持っている。そのためこれまでは魔王の討伐や反逆勇者を敵視して不満を逸らしているのだ。


 今はその対象をデニスに絞っているが、その解決ができれば次に誰を狙うかと言えば、亜人族に他ないのである。


「亜人族の中には盗賊まがいの生活をする遊牧民もいます。その相手は同胞の亜人族であったり魔族であったり、もちろん人族も含みます。ならばそれを口実に攻め入る可能性も、あり得ないわけではない」


「その予防策としての同盟協定、どちらかといえば抑止力か」


「ご名答」


 単に防衛協定とはいえど、軍事力を貸すだけではなく、敵に対して仲間を誰にするかはっきりと意思表示する効果がある。


 今ならデニス側に加担する姿勢を示せば、デニスと亜人族を両方敵に回すきっかけになってしまう。そうなれば、王国側の侵略意欲も削がれるはずなのだ。


「防衛協定については分かった。だけど手土産もあるんだろう?」


 デニスは同盟を受け取ってやる、という立場からアドリアを少々強請(ゆす)った。


「では関税無しで余った特産物の交易をおこないましょう」


「!? いいのか」


 関税無し、つまりそれは貿易上の障害なくぼろもうけするチャンスなのだ。


「ただし期間は3ヶ月。量はここの人族商会の交易品維持を前提とします。私としましてもこれ以上人族の商会の反感を買うのは願ってはいませんので」


「……だよな。だがいい話だ」


 アドリアはそこまで言うと「いい商談でしたよ」と言ってさっさと馬車に乗って帰ってしまった。


「……交渉上手な人ですね」


「ああ、敵に回さなくてよかったよ。逆に人族の商会についていたら尻の毛までむしり取られかねなかったからな」


 デニスはそう思うと身震いを覚えた。


「じゃあ、そろそろ俺たちも帰るか」


「はいです!」


 デニスたちは円満にまとまった商談に満足して、帰路につくのであった。

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