第27話

 交易の問題、それは北東にある町の商会を通じたやり取りに対して向こうから要求があったのだ。


 それは輸出入の格差の問題提起というものだ。つまり簡単に言ってしまえば、自分たちの取り分を吊り上げろというものだった。


「向こうがそう言うならこちらも考えがある」


 デニスはそう言うと、寄り道をしつつゆっくりと北東の街に出向くのであった。


 門番の検閲を終えて入った北東の街はデニスたちのプロデュースしている村より何倍も発展している場所だった。


 街を覆う壁は全て石造りだし、家も煉瓦で組まれていた。石畳の歩きやすい道に馬車が忙(せわ)しなく走っているし、働いている若者も多い。


「この街、ビュースムの街は人族が住む交易地点だそうです。亜人と魔族とも交流し、比較的多種族に温厚な関係を築いている。討伐軍が来た際も情報や難民相手に上手くやったそうですね」


「商人の街が牛耳(ぎゅうじ)る街ってか。人族の討伐軍が来れば胡麻を擦り、魔族の遠征軍が来ればそちらに尻尾を振る。俺が嫌いなタイプの街だ」


「でも情報を搾取したのはデニスですよね」


「……余裕がなかったんだ。利用できるものは何でも利用する。それが俺の心情だ」


 今回の話し合いの場に来たのはデニスとエメだけだ。他の者はダンジョンと村の方に残している。何かあれば、デニス直属の諜報員が知らせてくれる手はずだ。


「デニスも意外に人づてがあったんですね」


「意外とは何だ。俺は人族の領域はどこでも顔が広い。特に諜報員たちには貸しがあるんだ」


「貸しですか?」


 その貸しとは、元々諜報ギルドとして動いていた彼らがとある人物の裏切りによって表社会に白日の下にされてしまった時の話だ。


 デニスは諜報ギルドの討伐に向かわされたが、逆に諜報員たちを全滅させたように偽装し、再び裏社会の存在へと押し戻してやった。そんな恩義もあって、デニスは諜報ギルドと懇意関係なのだ。


 ただし、その経緯(いきさつ)についてはエメに対して詳しく話さず、自然に流してしまった。


「こちらには切り札もありますですからね」


「あまり大きな声で言うな。もう商館は目の前だぞ」


 デニスがエメを注意するように、2人はこの街唯一の商会の商館に辿り着いていた。


 商館では人が忙しそうに出入りしており、馬車の山のような荷物を積み下ろししている。


 荷物に満載している物は梱包されているが、隙間から見えるそれらは各所で採れる特産物ばかりだ。


 例えば西の亜人族が収穫した色とりどりの果実、南の魔族が持つ薬草、人族が漁業で手に入れた魚の燻製など色とりどりだ。


 商会の人々は荷物を各自で運び、熱気に満ちた働きをしていた。そのため入ってきたデニスたちにも気づかないほどであった。


「こちらも見習いたい勤労意欲だな」


 デニスの関心に対して、エメは「えー」とやる気のなさそうな態度を示していた。


「南西にできた新しい村の代表の方ですね」


 デニスが商館に入るか迷っていると、そう声をかけてくる商会の一員がいた。


「そうだ。そちらの代表の誘いで来た」


「分かりました。今他の方と会談中なのでゲストルームでお待ちください」


 デニスは商会の一員の対応に鼻を突いた。


「どうしたのです?」


 商会の門をくぐりゲストルームの椅子に座ったデニスのしかめっ面に、エメは話を振った。


「……俺たちの商談が奴らにとって一番の問題なら、会談中でも話を切り上げて会うのが普通だろ」


「あっ……」


 つまりデニスたちは舐められているのだ。


 商人はビジネスを優先する。それはマナーやルールにしっかりと表れる。


 だからこそお得意先に嫌な思いをさせぬように配慮するのが普通なのだ。


 デニスたちはその後たっぷり半刻待たされ、やっと先ほどと同じ商会の一員がやってきた。


「お待たせして大変申し訳ない。時間が空きましたのでご案内します」


 デニスは杓子定規(しゃくしじょうぎ)な謝罪に何も言わず、案内に応じた。


 そうして通された応接間には既に恰幅(かっぷく)のいい男性が椅子に座っていた。


「どうも。私がこの商会の代表です。どうぞお座りください」


 商会の代表だという男は立ち上がりもせず、デニスたちに着席を促した。


「失礼する」


 デニスは嫌み1つ言わず、エメと共に席に座る。エメも特に何も言わず同じようにしていた。


「ではさっそく商談と行きましょう。例の件についてね」


 デニスはまたしても商会の代表の態度に難色を示す。通常なら世間話や相手の懐を探るような会話をしてから商談をするのが普通だからだ。


 あまりに不躾な話し方に、デニスはついにキレた。


 ただしその怒りは静かな氷の冷たさのようなものだった。


 デニスは自分の怒りを水面下に沈め、急に丁寧な物腰で話し始めたのであった。


「……最近は討伐軍の残党が各地に広がっていますからね。そちらの商会としても大変でしょうね」


「? アナタはこちらとそちらの村との交易問題を解決するために来られたのでしょう?」


「ええ、その通り。ですが交易の問題はひとつの側面にすぎません。表の商会の方々を見たのですがケガをされた方も多い様で、無関係ではないでしょう?」


 デニスの問いに、商会の代表は明らかに嫌そうな態度を示した。


「こちらの懐の件は探らないでいただきたい! ここでの問題はそちらの村の特産物があまりにも高すぎる。その一点でだけだ」


「ダンジョンで採れる物資を定期的に手に入れるなどという機会はほとんどありませんからね。普通は冒険者ギルドの融通でたまに手に入る珍品。それが一定量毎回供給できるのは上手い話ではないですか」


「確かにそうだが、あまりにも足元を見すぎている! 形も揃わないムギノコ1個がデナン銀貨8枚! 8枚ですぞ! 普通のパンよりも高いではないか!」


 ちなみに10デナン銀貨が1クルテン金貨に相当し、更に言えば10エーニッヒ銅貨が1デナン銀貨に相当する。


 更にさらに言えば、普通のパンはデナン銀貨4枚から3枚で買えると聞くとその値段がわかるだろう。


「ムギノコは食用ではなく薬用ですからね。そうなれば値段も相応ですよ」


 デニスは商会の代表に対して、そうほくそ笑んだ。


 これには商会の代表の気に障ったらしい。


「アナタは今の状況を分かっておるのか? そちらの外貨入手手段がなくなりそうなのだぞ?」


「今度は脅しですか。怖い怖い。これでは3人一緒に話すことさえできない」


「何だと?」


 デニスの意味深な言葉に商会の代表が反応した時、急に部屋へと入ってくる人物がいた。


「代表! 大変です!」


「何だ! ノックも無しに入ってくるな!」


「し、失礼しました。しかし急な来客でしたので」


 デニスを案内した商会の一員が冷汗をだらだらと流しながら急用を告げる。


 けれどもその話をする前に、話題の人物が現れた。


「ちょっとよろしいかしら。お話の途中ですいませんね」


「お、お前。いや、アナタは……」


 そこに現れたのは白雪のように美しい毛並みと長い垂れ耳を持つ犬の亜人族だった。

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