第26話
デニスが提案した、カンタンにヨーゼの修行を受けさせるという話は、誰もが驚愕した。
「私が、その青年の?」
「どどどどどいうことなんですか!? 僕の師匠はデニスさんじゃないですか!」
特に驚いているのはヨーゼと、もっと驚いているのはカンタンだ。デニスのまったくもって突然の思い付きに、2人は困惑していた。
「薄々感じていたんだ。俺はダンジョン経営と村人のプロデュースで忙しくてカンタンとの手合わせさえしていない。なら腕の立つ奴に任せるのがいいってな」
「拙者ではダメでござるか?」
デニスの回答にゴロウが口を出した。
「それも考えたが、お前はエメの部下だろ? それにゴロウの剣筋ははっきり言って独特だ。あまり参考にならん」
「は、はっきり言うでござるな。不服でござる……」
そうしてデニスの持ってきた話に、ヨーゼは至極当然の反応を返した。
「その話、私にとって何の得になる?」
「まあ、そうだな。ならお前から交換条件を出してくれたっていいんだぜ。正直、このまま軟禁したまま王国との取引に使うって手もある」
「人質か、取引か。相変わらずあくどい選択肢をするな。デニス」
「いい条件だと思うぜ? 何にせよ選べるだけいい身分じゃないか」
実際のところ、それは嘘だ。ヨーゼは王国との取引に使われるくらいなら死を選ぶ忠誠心がある。
だからと言って拾った命をこのまま無碍(むげ)にするほど、ヨーゼは蒙昧(もうまい)していない。
「――なら私が並みの騎士程度にその青年を育てた暁には、解放してもらおう」
「お前がそれでいいなら構わないぜ。何にしても交渉成立だ」
デニスは牢屋の格子の向こうからヨーゼに手を差し伸べるも、ヨーゼはこれを手で払った。
「交渉に応じたが屈したわけではない。それはしっかりと覚えておけ」
「おお、怖い。びびって独りで夜にトイレもいけないぜ」
ともかく、デニスとヨーゼの取引はこれで成立した。
それから数日、特に王国騎士団や討伐軍が襲来するわけでもなく、久々に静かな日々がやってきた。
モンスター達は城壁を石造りに組み直し、他にもいろいろな仕掛けをダンジョンに建設していく。
特に手を入れたのは真っすぐな通路を迷宮のように改装し直したのと、モンスターの居住地を充実させてモンスターの繁殖に力を入れだした点だ。
ただし繁殖と言ってもモンスターに生殖を強制するのではなく、増えるのが可能な環境を整備したのだ。
具体的には寝床の拡大とクオリティのアップ。それまでムギノコやコケキャベツ、トマメやブタムシだけだった食生活を改め、外界の食品を用意した。
前者は増えた場合を考え、後者はモンスターたちの旺盛な食欲を満たしてくれたのだ。
そうなれば余裕の出きたモンスター達は自然と本能的な衝動に駆り立てられるのであって――その先は言うまでもない。
「ブタムシも飼い葉をよく食べて太ってくれているようですよ」
「前はコケキャベツくらいしか食べなかったんだってな? よく栄養バランスが保てたな」
エメが言うには他のダンジョンも外の村や町を襲い、外界の食品や物資をため込むらしい。
これには単なる栄養や備蓄だけではなく、外の物をダンジョンに取り込むと同時に魔素も吸収できるというのだ。
「物質には全て魔素を持ちますです。量は大なり小なりありますですが、ダンジョンだけで自給自足をするの閉じ込められた部屋で生き抜くのが困難なようなものです」
「俺たちの場合は略奪ではなく、交易の関係で成り立たせているがな。意外に効率がいいもんだ」
デニス自身もダンジョンと村の関係の相乗効果に驚きつつある。
ただそれよりもデニスは例の件を気にした。
「それで、カンタンとヨーゼは?」
「今日も修行に明け暮れているですよ。ほら」
エメがデニスを案内すると、ダンジョンの中層、城門建設前の広場で剣戟(けんげき)が繰り返されていた。
「踏み込みが甘い! それでは虫も殺せませんよ!」
「ひ、ひいいい。許してくださいいいい!」
ヨーゼのしごきはきついのか、カンタンは半分泣き顔で訓練を受けていた。
カンタンの剣筋は悪くはないが、ヨーゼの方があまりにも腕が達者でかなり見劣りしている。その実力の差は如実(んじょじつ)に表れているのか、さっきからカンタンはヨーゼの模擬刀で何度もたたかれていた。
そんなカンタンは救いの手を求めるようにデニスの助けを呼んだ。
「デニスさん! 代わってくださいよ! このままだと僕殺されちゃいますよ」
「あいにく俺の怪我が治ってなくてな。まあ、ヨーゼも昔に比べて手を抜いているようだし、もっと頑張りな」
「え? これ以上ひどくなるんですか!?」
カンタンがデニスに向かって話している間に、ヨーゼはカンタンの頭を叩いた。
「よそ見するほど余裕なようですね。ならば特訓の時間を倍に増やしますよ」
「ひいいいいい。誰か助けて……」
デニスは「はははっ」と乾いた笑いをして、その場を後にした。
「本当にあれで手を抜いてるのですか?」
「少なくとも俺の修行に影響されてか部下に辛く当たる修行のやり方を覚えちまってな。手の抜き所を完全にはき違えちまっている。あれは修整不可能だな」
「……元凶はアナタですか。カンタンもかわいそうですね」
「それにしても」とエメは話題を変えた。
「確かにケガがそのままでは深刻ですね。しばらくはダンジョン内に滞在することを推奨するです」
「? そいつはどうしてだ?」
「デニスは魔素適性があるです。魔素適性が高ければダンジョン内で魔素の恩恵を受けやすいのです。他のモンスターと同じように、ダンジョン内では回復が早いのです」
「そいつは初耳だな。ならできるだけそうしよう」
デニスはエメの言葉を素直に受け取った。
しかし、デニスの元にそうゆっくりとできない問題が降りかかったのだ。
「デニスさん。よろしいでしょうか」
デニスがダンジョンの奥地に戻ろうとした時、ある村人が声をかけてきた。
その村人は連絡班に属する村人だった。
「どうした? 急ぎの用か」
「はい、できるだけ早く対処しなければいけない話が……」
連絡班の男は申し訳なさそうにしているが、デニスは嫌な顔をせず聞き続けた。
「本当に申し訳ないことですが、北の村の紹介で始めた街との交易で問題がありました」
デニスはその言葉に何かを感じ取ったようで、別に命令を出した。
「……北西に斥候班と連絡班を向かわせてくれ。おそらくすぐにやらないと、この村がやばいことになる」
デニスはそう深刻そうな顔で命じたのであった。
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