第21話

「がああああああああ!」


 先頭のデニスを追い越し、仲間に成った牛鬼が鉄のこん棒を振るう。


 その目前にいた兵士たち数人は武器を投げ出し、我先にと逃げ出した。


 何しろ牛鬼の大きさはトロールでさえ見上げる大きさだ。そのひと振りを受け止められる戦士は誰1人として敵にはいなかった。


 牛鬼の渾身の一撃を受け、兵士たちが曲がらない方向に身体を折り、ダンジョンの壁にまで叩きつけられた。


「その場を維持せよ、王国騎士団諸君。その勇名を知らしめるにはここにしかないぞ!」


 騎士の面々は歩兵より少し後ろの、第2の門の前に固まっている。


 牛鬼は鼻息荒く騎士団に挑みかかるも、自慢の得物を十分に振れるスペースがなく。戸惑ってしまった。


 何故ならば、騎士たちが土壁の間に陣取り攻撃を阻害していたからだ。


「やり投げ撃て!」


 牛鬼がまごついている間に、後方にいた騎士達が鉄製の槍を投げる。


 それらは牛鬼が顔を守った左腕に深々と刺さり、使い物にならなくした。


「隙ができたぞ! 次弾発射!」


 ヨーゼが素早く指示すると、騎士団は次の投射に入る。これはあまりにも熟練度が違う訓練された動きだ。


「くっ!」


 デニスはダンジョンマスターの力を使い、牛鬼の盾になるようにトロールを前に出す。


 そうするとトロールは鉄製の槍の一斉射撃を受け、容易く倒れてしまった。


「すまん。しかし、今は」


 デニスは再び牛鬼を追い越し、前に出た。


 「押し通る!」


 デニスは短槍を肩に乗せて構えると、馬上から投擲する。


 威力こそ足場のある場所よりも遅いが、その一撃は騎士達に致命的だった。


「ぐえっ!」


 槍は騎士の前列の一部と後列の一部を貫き、サインの力で遠隔操作して、再びデニスの手元に戻ってきた。


「騎乗オーク部隊! 続け!」


 鈍重なブタムシの上にいるオークたちは特大のこん棒と木製の盾を手に、デニスへ続く。


 デニスとオークたちはデニスの投げやりで空いた隊列の隙間に突入し、殺戮を始めた。


「がっ!?」


 それでも流石に相手は鍛え上げられた騎士だ。一部のオークが突きあげられた鉄の槍に突かれ、落馬ならぬ落虫していく。


 もしくは騎馬突撃にはぐれたオークが騎士に囲まれ、槍衾(やりぶすま)で串刺しにされてしまった。


「くっ。やはり練度が違うか……」


 だが、敵の攻勢を削いだ。その瞬間があればどんな巨体であろうとも門の隙間に割り込めた。


「俺、ダンジョン守る!」


 牛鬼は身体の大きさギリギリの門を突破し、自慢の鉄こん棒を振り下ろす。すると地面は激しく揺さぶられ、ひびが入った。


 同時に、騎士達の何人かが潰れたヒキガエルのような音を出しながら固い鎧ごと破砕されていった。


 その追加で、牛鬼の後ろにいたダンジョン最後のトロールが仲間の敵(かたき)とばかりに大木を振り回して騎士達を空にかち上げ始めた。


 巨人の容赦ない行進。これには騎士達も混乱し、隊列を保てなくなる。しかしながら、騎士たちは己の矜持(きょうじ)を支えにまだ踏みとどまっている様子であった。


 ならば最後の一手が必要だ。


「第4の秘策だ!」


 デニスの合図で急に天井から何かが落下してくる。それらは透明な粘液性のある物体だった。


「ス、スライムだ!」


 誰かが頭をスライムに包まれる瞬間、そう叫んだ。


 不運にもスライムを頭上から浴びてしまった騎士は、地面にもだえ苦しみながらスライムの体液で溺死していく。陸でおぼれるなど、創造もしたくない死だ。


 そして急襲はスライムだけではない。


「う、後ろからは角狼の群れだ!」


 次に最後尾にいたらしき騎士が泣き叫ぶように伝令する。


 デニスは命令でダンジョンの壁にある小さな隙間に角狼を隠し、いつでも背後を取れるよう配置していたからだ。


「に、逃げろ! 退路が断たれるぞ!」


 逃げ道が無くなる。それは前線での勇敢な死よりも絶望的な恐慌(きょうこう)だった。


 ある者は武器を捨てて一目散に逃げ、ある者は角狼の隙間を上手く抜けて退避する。


 これはもう戦いどころではない。滑走だ。


「逃げるな! 踏みとどまれ!」


 ヨーゼは最前線で戦いながら騎士達を鼓舞するも、尊敬もない上役では意味がなかった。


 気づけばその場にいた騎士達はヨーゼを含めて5人余りとなっていた。


「おのれ……デニス! 貴様にちっぽけな勇猛さがあるならば決闘を受けよ! このヨーゼが相手する」


 決闘。それは1対1で戦うだけではなく、わずかな休戦をも意味していた。


「――全軍停止」


 流れに乗っていたダンジョンのモンスターたちは我先にと犠牲者を探していたが、止まった。


 デニスはヨーゼの決闘を受けたのだ。


「デニス、独りで戦う? 何故だ」


 牛鬼がいつでもヨーゼたちに武器を振り下ろせる体勢で疑問を口にした。


「けじめって奴だよ。育ての親はちゃんと責任を取らないとな」


 デニスは牛鬼の脚を優しく叩き、前へと出た。


「決着はどうつける?」


「どちらかが死ぬまで……いや、命乞いをするなら選択肢をくれてやろう」


「くっくっく。ここまで来てあまい奴だな。いいぜ。受けて立つ」


 デニスは槍先を先頭にして構え、ヨーゼは大剣を正位置に持ち、いつでも戦える恰好になった。


「いざっ!」


「こいっ!」


 誰かが決闘の開始を告げるわけでもなく。かつて共に背中を任せた騎士と騎士だった者が死闘を始めるのであった。

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