第20話

 歩兵の群に戻ったヨーゼは数十分も経たずに彼らの混乱を沈めた。


 そこらへんはやはり団長を任される身分、軍の指揮は慣れたものである。


「これで騎士団からの信頼が厚ければ最強なのにな……」


 王国騎士団らは再び土壁への進撃を開始した。今度は奇襲を警戒し、槍歩兵を前に、後ろでは騎兵が待ち構えている。


 これでは数の劣るこちらが騎兵突撃をしても、逆襲されるだけだ。


「城壁を守るぞ! 各自配置につけ」


 ゴブリン、オークらがそれぞれの持ち場の城壁に登り、土嚢のように拙(つたな)い胸壁から敵の軍勢を見下ろす。


 そうして間もなく、王国騎士団は次の手を打ってきた。


「!? 敵の矢だ! 防げ防げ!」


 ゴブリンとオークはデニスに命令されたまま、手製の木の盾を上に構えて自分の上空を守る。しかしそれではあまりにも脆い防御だった。


 木の盾では相手の矢を完全に防ぎきれず、ゴブリンの何匹かが倒れ伏せた。


「くそっ。矢だけでこちらが全滅しちまう」


 デニスが何か案はないかと思案していると、急にダンジョンの上空が曇りだした。


「屋内に雲だと?」


 ダンジョンの天井を這う雲は微風を吹かせ、空へ放たれた矢がその影響を受けた。


 そのおかげで敵の矢は風によって逸れてしまうか、かなり威力が落ちていった。


「どうですか? 私の『スモークスライド』は」


 声の主は魔王の子、エメだった。


「お前の魔法か。助かる。作戦を変えずに済みそうだ」


「へへへ。このくらい朝飯前ですよ」


 エメが鼻を高くして自慢していると、その足元にひょろひょろとした矢が落ちてきた。


「ひぇっ!?」


「ありがたいが隠れてろ。盾がないと負傷するぞ」


「で、ではおかまいなくです~」


 エメは城壁を降り、その場にはカンタンとゴロウが残った。


「ゴロウはエメに付いてなくていいのか?」


「拙者はエメ殿からデニス殿のお守を申し付けられているのでござる。命令は絶対なのである」


「あっそ。せいぜいセップークはされるなよ」


「……? 何を言ってるのでござるか?」


 2人が話している内に、王国騎士団の軍勢がついに城壁の足元へ到着する。


 そうすると歩兵らは梯子を掛けるか、這って登り始めたのであった。


「城壁は死守しろ! 城門は突破されても構わない。一兵たりとも通すな!」


 ゴブリンたちやオークたちは石や木の槍を登ってくる兵士達に投げつける。


 落下したそれらは、敵の歩兵を殴りつけるか、革の装備を食い破って敵を負傷させる。それでも、敵の一部が城門に登り切ってきたのだった。


「文字通り、一番槍!」


 デニスは最も早く登ってきた歩兵に対して、天を貫くような突きをお見舞いする。


 これには歩兵もたまらない。胸に拳大の穴を作り、遥か地面の下へ放り出されたのであった。


「負けてはおられぬな。こちらも行くでござる!」


 ゴロウは細身の長剣、カタナを抜いて土壁を登った兵士を横へ両断する。


 その勢いはすさまじく、敵の歩兵の首があっさりと寸断された。


「僕も、負けません!」


 カンタンもこれに続き木の盾で敵の攻撃をいなしながら、ベガルタの一撃で敵を傷つけ昏倒(こんとう)させた。


 これがつい最近まで農民崩れだったとは思えない動き。カンタンのそれは素晴らしい戦いの立ち振る舞いだった。


「やはりカンタンには天性の才がある。これはひょっとすると――」


 デニスが将来について思いを馳せていると、城門の方で動きがあった。


「城門! 破られます!」


 いつのまにか敵の攻城槌が城門に取り付き、丸太同然のそれで木造の門を叩き続けていた。


 そうして間もなく、門にひびが入り斧と攻城槌が城門を突破した。


「よしっ!作戦通りだ」


 ただしその苦労は、デニスの思惑の通りだった。


 兵士が城門を破って中に殺到するも、その足はすぐに止まる。何故なら城門のすぐ中に再び城壁と城門があったからだ。


 そこはU字状に城壁を構築された、所謂(いわゆる)殺し間といわれる空間だった。


「投射開始!」


 敵歩兵は追い詰められたのに気づき戻ろうとするも、後から来る兵士に押されて戻れない。


 そのままゴブリンたちの石や木の槍、しまいには魔石やこん棒などあらゆるものが投げ入れられたのだった。


「デニス殿! もう投げる物がないでござる!」


「分かった。全軍、攻勢の後に第2ラインへ後退!」


 ゴブリンたちは城壁に登り切った兵士達を、自分たちの身も顧みず押し出すと、一気に後ろへ下がった。


 これには兵士たちも対応できず、一瞬の空白が訪れる。それが撤退の絶好の機会であった。


「撤退!撤退!」


 ゴブリンとオークたちは我先にと城壁の内側に駆け下り、何故か地面を包む煙の中に身を隠したの。


 敵が逃げたのに気を良くしたのか、歩兵たちはすぐにゴブリンたちの後を追う。撤退のおかげで第2の城門を破った歩兵たちもそれに続いたのであった。


「王国騎士団、陣を組め!」


 ただしその中でもデニスの意図に気付いている者がいた。それはヨーゼだ。


 歩兵が煙の前に辿り着くと、煙は一瞬のうちにして消え去った。


 そして目の前に現れたのは見上げても足りないくらいの巨躯、牛鬼とトロールの姿があった。


「突撃(チャージ)!」


 牛鬼とトロールという巨人兵士を先頭に、デニスは先頭を駆ける。


 第2の秘策が城壁内城壁であるならば、これは第3の秘策、城壁内突撃であった。

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