第12話

 次の日、天気は晴天で薄い霧が立ち昇る良い早朝だった。見張りを除いて1番に起きたカンタンは後ろから声を掛けられ、後ろを振り向いた。


「よう、カンタン。よく眠れたか」


「いえ。昨日の興奮が冷めず中々寝付けませんでした」


「正直な奴だな。俺も初陣は似たようなものだったがな」


 デニスがほくそ笑むと、カンタンは素朴な疑問を伝えた。


「デニスさんの初めての戦いはどんなのでしたか?」


「あー、あれはひどかったな」


 デニスは昔の話をを、げっそりとした顔で思い出すように語り始めた。


「初めての戦は親父から亜人の盗賊拠点討伐を命令されてな。俺はあくまでも一兵卒の騎士として出陣した。だが相手の方が上手だったんだ」


 デニスはしかめっ面で話を続けた。


「亜人たちは俺たちよりも土地勘に優れ、しかもこちらの動きは筒抜けだった。少人数の敵を追っては伏兵に奇襲されて、味方の数はどんどん減っていった。命が助かったのはその時サインの力に目覚めたからだった。

 俺は味方の亡骸から武器と防具を奪い、からくも包囲陣を破って帰還した。後で親父にはどうして正々堂々と討ち死にしなかったと問い詰められたよ」


 デニスは昔の悪戯のように思い出し笑いをした。


「お父さんは厳格な方なんですね」


「厳格も何も騎士道の塊のような人だったよ。不意打ちを嫌い、正々堂々と敵を討ち滅ぼし、誇り高き戦いを熱望する。俺も初陣までは親父に憧れていたが、初陣で人生観が180度変わっちまった。それからは戦いに勝つには情報が命と考え、ずる賢さを覚えたのさ」


 思えば、それが父との確執の始まりだった。


 デニスはそれから放浪癖と酒場への入りびたりが増えた。単に騎士としてふるまう毎日に嫌気がさしたのもあるが、目的はちまたの情報を仕入れるためだった。


 酒場に通いつつ近隣の噂に目を光らせ、時には裏の諜報組織に恩を売って、まず普通の人間には手に入らない情報を仕入れた。


 そのおかげで1度は父親の暗殺を防いだほどの情報通となっていた。


 だが、そんなデニスの行いに父親は感心しないどころか毛嫌いした。


「俺は跡継ぎ候補から外されて領内での生活は堅苦しくなった。結局外交上の方針で意見が合わず、それが原因で領内を離れた。放浪の末に趣味で神器を集めるうちに、化け物や厄介者退治が板について国王から勇者として魔王を倒さないかと誘われたのさ」


「――凄い。まるで叙事詩に出る英雄みたいだ」


 カンタンはデニスの話に目を輝かせた。


「どうだか。確かにサイン持ちは『英雄予備軍』と言われるけどな。巷じゃサインのあるなしが英雄になる絶対条件だと思う奴もいる。……俺はそう思わないがな」


 デニスはカンタンの目をしっかりと見て、言い渡した。


「カンタン、お前は英雄になれ」


「ぼ、僕がですか!?」


 カンタンは突然の言いつけに驚き、慌てた。


「僕なんかが英雄なんて、サインもないのに――」


「だからこそだ。世界にサイン持ちの英雄予備軍だけが立派な存在ではないと知らしめるんだ。俺はお前を、そうプロデュースしたい。英雄のプロデュースさ」


 デニスはふざけた笑いなど1つもせず、真面目に告げた。


「僕に、できるでしょうか?」


「今はただひたすら力を付けろ。そのうち、到達点として英雄を目指すか諦めるか、好きな方を選べばいいさ。この世は自由なんだ」


デニスは完全に顔を出した朝日を浴びながら、カンタンに教えを説いたのであった。


「さあ、他の皆も起きる。作戦会議と行くぞ」


「……はい!」


 デニスが野営陣地に戻るのを、カンタンは元気よく背中を追うのであった。

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