第11話

 デニスがまず着手したのは防壁の作成だ。3つある大部屋にそれぞれで建築を開始した。


 魔獣には資材運搬を、魔物には建築を行わせる。ただし早速問題が発生した。


「機材がほとんどない!?」


 デニスが羊皮紙に計画の概要を書いていると、エメとゴロウから建築に用いる道具がほとんどない事実を告げられた。


「魔物たちが持っている武器はほとんど木と石を結んだようなものばかりなのです。鉄製の道具はほとんどありませんですし、運搬用の台車や石切り道具、他にもいろいろな物が足りないです」


「機材不足か……そこは考えていなかったな。なら今は石と土の採集をさせろ。機材が必要な作業は後回しだ」


「後回しにしてどうするです?」


「ないなら作るか、できないなら買ってくるしかないだろ」


 デニスは近くで集団を作っている魔石ペンギンと呼ばれる魔獣に寄る。


 魔石ペンギンはゴブリンとほぼ同じ身長で、でっぷりとした体格をしている大型の飛べない鳥だ。腹が白く背中は黒い。愛らしい眼と小さいくちばしがキュートな、ダンジョンのマスコットのような存在らしい。


 またおなかに抱えている魔石はダンジョンコアよりも質は低いが、魔素を十分に蓄えた素材なそうだ。


「こいつは使えるな」


 デニスに見下ろされていた魔石ペンギンは、その一言にびくりと身体を緊張させる。


「肉は柔らかそうだし、脂肪は燃料の代わりになりそうだ。毛皮も鞣(なめ)して売ればそこそこ金になる。目とくちばしは珍品にもなりそうだ。そして抱えている魔石はそのまま売り払えば良さそうだな」


 デニスの言葉を正確に理解しているのか、魔石ペンギンは身を寄せ合って暖を取るように震える。時々むせび泣き、自分たちの将来を悲観しているようだった。


「ちょーーーーーっと待つです!」


 デニスと魔石ペンギンの間に割って入ったのはエメだった。


「こんなかわいくて知性のある魔石ペンギンたちを殺すなんて容認できませんですよ! デニスには人間の心ってものがないのですか!」


「別にいいだろ。何も全滅させるほど減らすとは言ってない」


「その考え方が人でなしと言っているのです。考え直してくださいです!」


「はあ、仕方ないな」


 デニスは考え直したような顔をして魔石ペンギンの傍に近寄った。


「代わりにこれをもらう」


 デニスは自分の命が救われたとはしゃいでいる魔石ペンギンの懐に槍を突き立てる。


 その途端、魔石ペンギンが抱えていた魔石が2つに割れてしまった。


「魔石ペンギンは欠片でも魔石があれば生存できるらしいからな。少しは残しておいてやる」


「デニス!」


「なんだよ。こうでもしないと資金は稼げないんだ。それにこのダンジョンは俺のものだろ」


「ぐぬぬ、そうですけど」


 魔石ペンギンは割れてしまった自分の魔石をくっつけようと泣きながらすり合わせていた。


「……増えすぎたら間引くか」


 デニスの独り言は魔石ペンギンに聞こえたらしく。絶望の色に染まった顔をしながら魔石ペンギンは割れた魔石をデニスに差し出すのであった。


 他にも角狼の角、スライムの切れ端、ブタムシは残念ながら肉と皮になってもらった。


 他にもダンジョン内で見つかった貴重な鉱石、植物類をダンジョンの入り口に集めさせた。


 その珍妙な光景は、ダンジョンの外にいた村人たちの興味を刺激したらしく、何人かの村人たちは野次馬として集まってきた。


「野営地はできたか?」


「へ、へい。簡単な木の家やテントは人数分できました」


 野次馬の村人の1人に尋ねると、そう言葉を返された。


 外はもう暗く星は見え、所々にたいまつが置かれている。建築班以外の斥候班や連絡班、防衛部隊の村人たちもできあがった野営地に集まっているようだ。


「カンタンはいるか?」


 デニスとエメ、それにゴロウは野営地の中央にある大きな焚火の前に訪れた。


「はい! ここに。あれ? そこにいる亜人の方は?」


「拙者はゴロウ・ハリモト。よろしくでござる」


 ゴロウはカンタンに深々と一礼をし、カンタンも真似をするように頭を下げた。


「状況はどうだ?」


「野営地は夜までに間に合いました。ただ防壁までは手が回りませんでしたね。斥候班が何度か魔獣と遭遇しましたが、駆け付けてこのベガルタを見せただけで怖気づいて逃げていく個体もいました。神器にはこんな力もあるんですね」


「ああ、神器は濃縮された魔素が含まれているからな。弱っている魔獣によっては逃げ出す。それでも何度か戦ったんじゃないのか?」


「はい。それも1匹だけではなく複数に。なので自分以外の9人を3人1組にして戦いました。自分は3組を指揮して、最前線でベガルタを使い威圧しました」


「ほー、いい戦術眼じゃないか。3人で集まれば互いを守れるし幅広く攻められる。それに指揮官が最前線にいればよく見えて指揮しやすい。ただ1番前に出るなんて勇気があるじゃないか」


「へへへっ。防衛部隊は自分が1番年上なのでそうするしかなかったんですよ」


 カンタンは見た目の年齢は18歳ほどだ。他の防衛部隊の一員はカンタンと同じくらいか、もっとも年下で15歳くらい。騎士で言えば初陣を飾る程度の年齢だろう。


 その上、少し前まで農具しか操れなかった連中だ。魔獣に挑むのはかなり大変だったはずである。


「無理させたな。怪我人の方は?」


「……1人、脚に少しケガをしました。治療道具はないのでその辺の薬草とぼろ布で処置しました。できれば医者か回復魔法が使える魔術師がいればいいのですが」


 カンタンが申し訳なさそうにしていると、エメが会話に入った。


「それならアタシに任せておいてです。少しなら回復魔法が使えし、痛み止めだけなら一流ですよ」


「た、助かります。エメさん」


 エメは元気よく言うと、別の村人に案内されて怪我人の元へと旅立った。


「他に何か情報はあったか?」


「はい。斥候班の情報によれば北の森を抜けた近くに村があるようです。東には森しかありませんでしたが、西は角狼の巣があるようです」


「巣だと?」


 デニスは首を傾(かし)げる。角狼はダンジョン内で群れを作るが、外では小さなグループしか作らないからだ。


 それは単にダンジョンの外では魔獣を引き連れる実力のあるリーダーが存在しないせいである。


「となるとランク持ちがいるのか……。ゴロウ、心当たりは?」


 ランク持ち、とはモンスターの中でも特異な才能を持つ種族を指している。


 ランク持ちは人間と同じかそれ以上の知性を持ち、時にはダンジョンマスターになる可能性もある。ランクもキング、リーダー、ホブなど単に強さを示す場合もあればマジシャン、アーチャーなどの特異なスキルを持つ存在もいるのだ。


「むむむ。拙者たちが前のダンジョンの主、ダンジョンマスターを倒した際にはランク持ちは従う前に出て行ってしまったでござる。その生き残りかもしれぬでござるな」


「となると野放しにするのは危険か」


 デニスはうんうんと納得すると、全員に告げた。


「今日は休むといい。ただ見張りはちゃんと立てるんだぞ。俺も代わってやる。明日の指示、いや助言は明日にする」


 デニスは村人たちを安心させるように言った後、こっそりと呟いた。


「明日はランク持ちの狩猟になりそうだな」

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