第9話
結局デニスはエメの求めに応じて神器を2つ渡す決定をした。
渡したのは大盾の『ヒルドル』と片手斧の『キルフーフ』の2つを渡し、槍である『ボー』が手元に残った。
「安心してくださいです。これはあくまでも借金の代わりですから、十分な返済が行われれば返すです」
「その返済はいくらで返してくれるんだ?」
「んー。神器1つにつき王国の10クルテン金貨で1万枚なら」
エメはあっさり言うと作り笑いをデニスに向けた。
10クルテン金貨1万枚、つまり10万クルテンは普通の農家の年収が4000クルテン金貨と言えばどれだけ途方もないか分かるだろう。
返済不能、と言わないまでも今のデニスでは1年や2年で返せる額ではなかった。
「……後で必ず返済するから絶対に売るんじゃないぞ」
「それは保証しかねます。なにせこちらも、ビジネスですからね」
デニスは怒りに煮えぎたった目をするも、エメは難なくスルーしてしまった。
「これにて売買契約は成立です。さあ、次はダンジョンマスターの契約を行いましょうです」
エメは話題を変えると、3人はダンジョンコアが置かれている台座に近づいた。
「それで? どうやって権限を委譲するんだ?」
「難しくはありません。まずはダンジョンコアを持ちます。次に胸に埋め込みます」
「胸に埋め込む?」
デニスはためらいながらも、エメに進められる前にダンジョンコアを手に取る。
ダンジョンコアは思った以上にひんやりと冷たく、それのなのに心臓のように脈動していた。
「……はるか古なる原神よ。我に御加護と慈悲深き親愛をお与えください」
デニスは小さく祈ると、間髪入れずに胸へダンジョンコアを押し当てる。
するとダンジョンコアはまるでデニスの胸を侵食するように飲み込まれていくではないか。
「が、ぐぐぐっ!?」
デニスは呑み込まれるような違和感を感じつつも、地に伏せずに両足で踏みとどまった。
そのおかげか、ダンジョンコアは一度完全に胸に食い込んだ後、鶏の卵のようにぽろりと外へと排出された。
「おめでとうございますです。これでダンジョンコアの権限は移行されました」
「痛みがあるなら初めに言って欲しかったがな。それにしても」
デニスは地面に転がったダンジョンコアを台座に戻すと、亜人のゴロウへ振り向いた。
「ゴロウの方には特に異常がないんだな」
「ダンジョンマスターの権限移譲は旧ダンジョンマスターに害はないのです。ただダンジョンコアを破壊されたりダンジョン外に持ち出されれば別ですが」
「それなら知ってるよ。冒険者が持ちだしたりすれば、ダンジョンマスターは死ぬんだろ」
デニスは思い出す。酒場の冒険者がダンジョンコアとダンジョンマスターを外に連れ出すと、ダンジョンコアは壊死したように色を失くし、ダンジョンマスターは灰になって消えたと言うのだ。
そしてダンジョンコアを失ったダンジョンは支配の力を失い、内部のモンスターは外へ逃げ出す。それがダンジョン外を徘徊するモンスターの原因なのだ。
「今思えばぞっとしないな」
デニスはダンジョンマスターに代わった事実を空恐ろしさで後悔しつつも、何故か絶望感はしなかった。
それは身体に湧き上がる万能感ともいえる高揚が暗い感情を打ち消していたからだ。
「何だか至高の存在になった気分だ」
「ダンジョンマスターはダンジョンの魔素の深さをまともに受けますですからね。ここにいる限り魔素の恩恵は十分に得られるです。他にもダンジョンの操作は深部で行うのがいいです」
「ダンジョンの操作?」
デニスはダンジョンマスターになった気分を噛みしめながらも、エメの言葉に耳を傾けた。
「ダンジョンマスターは主にモンスターを操れるです。モンスターの操作は深部にいるほど支配が強く、数も多いのです。ただその強制力は完全ではないので、上官が兵士に命令する程度だと思って欲しいです」
「自死とかは命令できないってことだな。他には?」
「ある程度ダンジョンマスターの権限を移譲することができるです。つまり幹部を作っておけるですよ。そうすれば自分の代わりにダンジョンを運営させることができるです。これくらいですね」
「むっ。思ったよりも少ないな。ダンジョンを変形させたりとかできないのか?」
「魔術師としての才覚があれば可能です。でもデニスにできるのはモンスターたちに穴掘りを指示するくらいしかできないですね」
「……それくらいならダンジョンの運営方法を聞く必要はもうなさそうだな」
「あ、あわわわ。まだ他にもできることはあるですよ! 今は順序良く慣れていくのが大事です!」
「そうか?」
デニスはエメに疑いの目を向けながらも、ひとまず納得せざる得なかった。
「だができることは分かった。だったらまずは――」
デニスはやる気に満ちた目で歩き始めた。
「モンスターの数と能力の把握、それとダンジョンの改築だ」
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