第8話

 ダンジョンに似つかわしくないレンガ造りの応接間に通されたデニスは、エメとゴロウの前にあるふかふかのソファーに座った。


「ここまで来ていうのもなんだが、俺はエメたちを測りかねている。ダンジョンを購入すべきか否かをな」


「!? ここまで来てまだ信用してもらえないのですか!?」


 デニスの手の平返しとも思える発言に、エメは驚く。ダンジョンの最奥、ダンジョンコアが目の前だと言うのに商談が破談する可能性があるのだから仕方ない。


「1つは利点だ。俺は契約せずともダンジョンコアを手にできる位置まで来ている。何なら力づくで奪ってもいい」


「拙者に勝つつもりでござるな。ならばこの場で斬って捨てて――」


 ゴロウが刀を抜く動作をする前に、エメがそれを止めた。


「待って、商談はまだ継続中ですよ。それにデニスはまだ続きを言ってないです」


「う、うむ。そうでござるか」


 ゴロウが落ち着いて座り直したところで、デニスは会話を再開した。


「2つ目は信頼に足るか、だ。例えここでダンジョンコアを手に入れる契約をするとしよう。俺がダンジョンマスターとなったところで、ダンジョンを運営する手段が分からない。そうなるとエメたちを頼る必要があるが、協力してくれるかどうかの保証はない。以上だ」


「なるほど、デニスが言うことはもっともですね」


 エメは首を伸ばして顎に指先を置き、考える格好をした。


 まもなくすると良い発案が浮かんだらしく、エメはにこやかに笑いかけた。


「ならこうするです。ダンジョンコアは無償で譲りますです」


「な、何を言い出すのでござるか!」


 エメの申し出にゴロウは慌てる。それはデニスとて同じだった。


「いいのか? それだと売り物が無くなるぞ」


「アタシを舐めてもらっては困りますです。アタシたちには最強の商材がありますですよ。それはデニスが先に言ったではないですか」


「――ダンジョンの運営方法か」


 確かにそれなら商品としてはうってつけだ。ダンジョンコアを融通してデニスの信頼を買えるし、その結果生まれるダンジョン運営方法という需要を勝ち取れるのだ。


 ただしそれはデニスの関心を買えるかにもよる。


「俺が一人で、もしくは別の人間に教えを乞う可能性は考えないのか?」


「前者は自信をもってノーと言えますです。これまでデニスは魔法の類を使えませんでした。つまりダンジョンのいろはは全くないと言うことです。次に後者は無理と言えるです。デニスは反逆の勇者として追われる身。手助けする高位の魔術師はいないと言えるです」


 エメは胸を張ってデニスの弱点を突いて見せた。


「その通りだがずけずけと言ってくれるな。しかし俄然(がぜん)気に入った。その自信に応えて買ってやるよ」


「お買い上げありがとうございますです! ではこちらにサインをお願いするです」


 エメはいつの間にか用意したのか、羊皮紙の契約書をデニスの前に広げた。


「手の速い奴だな。どれどれ」


 デニスが契約の注意事項を見る。売買相手は正しく、契約後の関係まで既に書かれていた。


 そしてその購入金額なのだが……。


「……神器2つだと」


「その通りです。デニスの持ち金は僅かに見えますですから。特別に物々交換といたしますです。お得でしょう?」


「馬鹿言え! こいつらは旅先で苦労して手に入れた相棒だ。そう容易く売れるかよ!」


「でもカンタンには渡したじゃないですか!」


「あれは見込みがあると思ったから譲ったまでだ! 誰がちんけな魔族に2つもやれるか!」


「ちんけとは言いますですね! アタシは腐っても魔族の由緒正しき魔王の血を引き継いでいるのですよ! 神器を受け取る資格は持ち合わせていますです」


「だからって足元を見やがって! 1つ。1つだ。それ以上は渡さない」


「残念ながら無理ですね。契約書の書き換えはアタシの流儀に反しますです」


「ならこいつを引き裂いて新しく作り直してやろうか!」


 デニスが契約書を破りさろうとするも、エメがサッと奪い取る。


「渡せ! それは無効だ!」


「名前も書いていないのに無効とは何ですか! これはまだ大事な契約書ですよ!」


 狭い応接間でデニスとエメが追いかけっこを始める。その様子を小さい椅子に身体を押し込んでいるゴロウが肩身狭そうにため息をついた。


「このダンジョンを売れば我々も無一文でござるよ。こんな状態で大丈夫でござるかな……」


 デニスとエメがまだもめている中、ゴロウはそう不安を漏らすのであった。

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