第7話
ダンジョンの内部はスケールアップした天然の洞窟だった。壁面には苔が生え、天上からはとつとつと水の滴が垂れる。ただ洞窟と言っても誰かが置いた松明や焚火で点々と光の道しるべが造られていた。
デニスとエメがダンジョンの入り口をくぐり、火を頼ってしばらく歩くと、エメが口を開いた。
「本当の所、デニスの目的は何なのです?」
エメの指摘に、デニスは口角を上げる。
「俺は嘘は言ってないぞ」
「嘘は言ってない、は悪魔の言い分です。神器を渡してまでの対価が理想郷作りなんて世迷言、アタシが信じると思っているのですか?」
「手厳しい。だがお前の想像通りだと思うぜ。俺は俺の身を守るためと復讐に彼らを利用するだけだ」
デニスの理想郷、生存圏の実現は偽りではない。しかしその実現にはデニスがいる限りある問題がある。それは王国との関係だ。
デニスがプロデューサーとして生存圏の中心にいれば、デニスを狙う王国と必ずぶつかる。これは必然だ。
「上手く口上を並べて巻き込んで、村人を盾に使うのがアナタの目的ですか。村人やカンタンが聞けばどうなることやら」
「おっと、それは脅しか?」
もしエメがデニスの真の狙いを暴露すれば、村人たちはどうなるだろう。もしかしたら村人の分断や、ひどくすれば全員離れていく可能性もある。
けれどもエメはそうしない。デニスにはその確信があった。
「俺とお前はダンジョンの売買関係。一種の共犯だ。それとも今更無しにするのか?」
「それもアリですね。アナタは少し危険です。私が思う以上に、もっと」
「おいおい今更だな。なんなら今からダンジョンを攻略して奪い取ってもいいんだぜ」
デニスは得物である槍を振り回せて見せて、エメを脅かす。それでもエメは余裕しゃくしゃくといった様子だ。
「冗談ですよ。そのくらいの事情、私は知ってデニスに契約を持ちこんだんです。その程度で上客を逃しはしませんよ」
「ならいいが……」
デニスは心配そうに言葉を漏らすと、エメの白い綿毛をざわつかせるほど大降りに槍を振るう。
その狙いは後方から迫ってきた角狼だ。デニスは自分を中心に槍を回転させ、角狼の一撃を槍の衝撃によって吹き飛ばしたのだった。
「さっきから俺たち狙われてないか?」
「狙われてますね。正確にはアタシたちではなく、アナタが。ですけどね」
先ほどからデニスは周囲の闇から殺気めいたものを感じている、その視線は角狼だけではなく、ゴブリンや不定形のスライム、その他のモンスターたちだ。
「なんで俺だけなんだよ」
「アタシは今のダンジョンマスターの命令で攻撃目的外ですからね。けれどデニスは、今この瞬間は侵略者なワケです」
「だったらさっさと警戒を解除させろ。いちいち相手にするほど俺も暇じゃないぞ」
「それは無理ですね。なにせダンジョンマスターと連絡を取る方法は直接会うしかありませんから」
「……まじかよ」
それから先、デニスは忙しかった。
ゴブリンの群れや角狼の襲撃を3つの神器で防ぎ。更に奥へと進むほどにモンスターは強くなり、戦闘にオークなどが加わるようになる。
それでもデニスはモンスターたちの猛攻をしのぎ切り、向かってきた最後のオークを仕留めると、ふっと息を吐いた。
「このダンジョンは欠陥品だな」
「どういう意味です? 丁寧なお出迎えは不服でしたか?」
エメの頬が紙風船みたいに膨らむ様を見て、デニスは横へ首を振った。
「モンスターの話じゃない。このダンジョンは一方通行過ぎるんだ」
「つまり、もっと複雑な方がいいと」
「ああ、だがあくまで戦術的にだ。相手を復路に誘い込み分断させ、隘路(あいろ)で堰き止めて挟み撃ちにする。それくらいの戦略がなければ侵入者を止められないぞ」
デニスは槍についた青い血を拭い、先に進んだ。
「所々にある大きな部屋も使い方が悪い。あれだけデカいなら防衛地点として利用するべきだ。それなのにただ広くてモンスターが多いだけなんて、無駄も良い所だぜ」
「ふーん、なるほど。それは良い情報ですね」
エメはデニスの話を聞き、手元のメモに一字一句を記録した。
「噂には聞いていましたが『歴代最強の狡猾さ』を持つ勇者の名は伊達じゃないようですね」
「……俺の称号、そんなことになってたのか」
「他にも『手段を選ばない』とか『諜報勇者』とかいろいろ言われてますよ」
「それは少し解釈違いだな。俺はただ俺の持てる全力をいつも使っているだけだ」
デニスがむず痒い顔をしていると、エメはある話を振ってきた。
「では、アナタが討伐軍を王国に向けるという話も本当ですか?」
「……それも少し語弊がある」
しばらくモンスターが現れないので、デニスはエメの疑問に答えてやった。
「最初に村人を拾った村での出来事は覚えているな」
「そうですね。討伐軍が村を略奪していましたです」
「俺が勇者として討伐軍をまとめていた時は、配給制を敷いて略奪を厳罰対象にしていたんだ。そうでなくても長すぎる補給線を維持するのに精いっぱいで、略奪が起きるのは遅かれ早かれだった。それが何故か分かるか?」
「単純に飢えと欲では?」
「それは正しい。だけどもっと根底にあるのは、討伐軍に希望が無くなったからだ」
「希望ですか?」
「そうだ。例え飢えと欲があっても、尊厳さえあればギリギリ止められた。それなのに魔王を討伐して目的を失えば、歯止めがなくなる。俺は尊厳の次に希望を与えて王国に帰ろうとしたんだ」
「つまり討伐軍に魔族の土地を荒らさせないためですか?」
「いくら魔王の討伐目的があっても、魔族そのものに罪はない。そして討伐軍に魔王討伐における殺戮以外の罪を与えるつもりもなかった。
俺はただ討伐軍をできるだけ平和に王国へ戻し、その軍勢の勢いで国王と正式な討伐軍への報酬や奨励を約束させる。そのつもりだったんだ」
「よくそんな状況で討伐軍ができましたね」
「最初は彼らも義勇軍だったんだ。報酬などいらない、魔王が人族の地を侵略するのを止める。その目的だけで動いていたんだ。だが軍勢が膨れ上がるにつれて、それも変わってしまったんだよ」
「……難しいものなのですね。軍隊を動かすと言うのも」
エメはデニスの言葉を再びメモに記すと、遠くを指さした。
「ダンジョンコアの間までもうすぐです。急ぎましょう」
「そもそもダンジョンコアって何なんだ? ダンジョンの心臓と言うから大事なものなんだろうけど」
「本当にダンジョンについては何も知らないようですね? 仕方ないです。教えますです」
デニスの質問に、今度はエメが説明を開始する番だった。
「ダンジョンコアは端的に言うと魔素収集循環器なのです。外部から魔素を集め、ダンジョン全体に魔素を行き渡らせる。生き物で例えれば血流であり栄養のようなものなのです。そしてダンジョンコアはダンジョンマスターと密接な契約関係にあるのです」
「ダンジョンマスターってのは具体的に何をするんだ?」
「ダンジョンマスターはダンジョンの指揮官、ある程度ダンジョン内のものを操れるのです。その能力を使いダンジョンを維持して発展させる。それが責務であり権利なのです」
「ふーん、面白そうだな」
ダンジョンを進むとオークだけではなく、見上げるほどのでかさがあるトロールが現れ始める。
しかしそれらさえも、デニスの前には無力。次々とモンスターは地に伏せていくのだった。
「相手にならん」
「こ、これでもモンスターの繁殖と育成には力を入れてきたのですけどね……」
「個々の実力は確かに並みだ。けれども単体で行儀よく出てきてどうする。数を活かせ、数を」
デニスは最後のトロールを槍で足払いし、その顔面を握りしめた拳で強打した。
「素手で十分だ。後で鍛え直してやる」
デニスとエメはそうしてさらに進んで行くと、ついにダンジョンで一番大きそうな空間に辿り着いた。
「ここが最奥か? 行き止まりのようだが」
「そうですね。確かこの辺に」
2人が見まわして見ると、台座を発見する。
その台座には青い光を放つ、両手で抱えるほどの丸い水晶が置かれていた
「ダンジョンコアっていうのはこれか」
デニスは考えもなく不用心にも近づき、ダンジョンコアへと手を伸ばそうとした。
だがデニスは横から飛び出してきた影に気付き、素早く槍を構え直したのであった。
「チェイッッッ!」
「!?」
デニスが槍で受け止めたのは見慣れぬ細身の剣、その剣を握るのは青い鬣(たてがみ)と白い毛皮を持つ猫のような姿の生き物だった。
「亜人か!?」
デニスは細身の剣を流れるように受け流すと、後ろに跳んで距離をとった。
亜人は主に大陸の北西と、北東の僅かな地域に住む、知性ある生き物だ。
目の前の亜人は前足が人間のように発達して器用な手先があり、二足歩行で歩いている。また鬣(たてがみ)は後ろで結(ゆ)われ、身に着けている衣服は珍しいものだった。
「着物にその出で立ち、細身の剣は刀か。東方の亜人族だな」
「ほう、拙者の一太刀を受けきるだけではなくその知識の幅広さ。ただものではないでござるな。更に左頬のサイン。噂に聞く勇者デニスでござるようだ」
「元、だがな。俺はここのダンジョンコアを貰いに来た。それだけだ」
「うぬ、そういうワケにはいかぬのでな。しかして討ち取らせて名を上げさせてもらおう」
デニスと亜人はずりずりとすり足で距離を測るも、その間にあっさりと入ってくる人物がいた。
「はい、そこまでですよ」
「うぬ!? エメ殿でござらぬか」
どうやら、というよりやはりエメとこの亜人は知り合いらしい。デニスは戦闘態勢を解いて事態を見守った。
「ゴロウ。あの人は元勇者である前にダンジョンの購入者なのです。矛を収めて欲しいのです」
「おお、そうでござったか」
亜人は刀を鞘に戻すと、デニスに向かって頭を下げるように一礼した。
「拙者はゴロウ・ハリモト。エメ殿の家臣である。そして臨時のダンジョンマスターでござる。突然の不意打ち、すまぬでござる」
ゴロウと名乗った亜人はそう礼儀よく挨拶と謝罪をしたのであった。
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