第6話

 村人たちと手を組んだデニスたちは、エメに案内されるまま北上していた。


 途中で村を失った他の難民や浮浪者と遭遇し、エメとカンタンの説得もあって吸収する形で合流するようになった。


 気づけば村人たちの人数は膨らみ、ちょうど大陸の中央である深い森に到着した頃には32人になっていた。


「ここは魔物や魔獣と言ったモンスターが多いんです。だから開拓する人がいなくて、森も手付かずなんですよ」


「ダンジョンから逃げた野良ですね。ダンジョンを攻略されて住処を失ったモンスターや、ダンジョンからのはぐれものですよ」


 カンタンとエメがそれぞれ忠告するも、デニスはふんっと鼻を鳴らして一笑した。


「関係ない。押し通る」


 その言葉に偽りはなく、デニスは茂みから飛び出るモンスターを槍の一振りで蹂躙した。


 出てきたモンスターは魔獣の角狼や魔物の小鬼(ゴブリン)だったが、そんなの関係なしにデニスが瞬殺するのだった。


「弱い! 罠もなければ集団戦法も陽動もありゃしない。これがダンジョンのモンスターなのか?」


「ダンジョンマスターとダンジョンがないモンスターはこんなものですよ。ちゃんと運用すれば並みの冒険者は敵わないです。それに地上は魔素が薄いんです」


「魔素? 魔法にも使うあの魔素か」


 魔素とは空気中や生き物、鉱物に含まれる魔法の栄養素のようなものだ。魔素があればあるほど魔法の効力は強く、なければ弱まる。地上の魔素は逆三角形の大陸の南が最も多く、次点に北西、人族が住む北東は最も薄くなっている。


「ダンジョンは深くなるほど魔素が濃くなるです。だから深くまで潜るほどモンスターは強靭になるのです」


「そういう仕組みか。どうせ手にするなら強いダンジョンとモンスターがいいからな。その点は任せるぞ」


「はいです」


 デニスたちは小休止を入れながら暗い森の中を進んで行く。村人の中には魔獣を他の獣と同様にさばき、毛皮と肉に別けられる人物もいた。


「魔獣は珍しい獣なので傷みにくい毛皮や強壮剤となる肉が貴重なのですよ。デニスさんも如何ですか?」


「もらおう。だが流石に俺でもゴブリンは食わないからな」


「魔物を食う人はまずいませんよ。どうにもあれらは身体と相性が悪いみたいですからね。たまにゴブリンの人皮を集める人たちもいますが、今回は止めときます」


「それがいい。人皮を扱う連中なんかは正気と思えないからな」


 デニスたちは角狼や他の獣、野草などを煮込んだスープを食べ、元気が出たところで再度進みだした。


 そうしてやっと日が暮れる前に、デニスたちはエメが案内したがっていたダンジョンの前に辿り着いた。


「ここがそうか」


 デニスの前には洞穴のような入り口が口を開けて待っていた。その穴だけでも1個中隊が楽に入れる大きさで、深さは想像するだけでも身震いするほどであった。


「さて、では中に案内しますです」


「待て、村人たちまで連れて行くのは危険だ。ここで彼らに指示を出すから待ってくれ」


 先導しようとしたエメを止め、デニスは魔族の村人たちを見回した。


「カンタン、今日はここで野営の準備が必要になるが、任せても大丈夫か?」


「ええ、簡素なものなら今の物資とその辺の資材で何とかできますね。ですが――」


 カンタンはデニスの顔色を窺(うかが)うように顔を覗き込んだ。


「もし何か助言があれば伺いたいのですが、よろしいですか?」


「うん?」


 デニスはカンタンが自分を気にかけてくれたのに気づく。村人たちの実質的な指導者はカンタンだが、デニスの目指す村人のプロデュースを実践するなら、今がそうなのだ。


「そうだな。カンタンはここの全員で野営陣地の建設を行うつもりか?」


「そのつもりですね」


「ならもしもまたモンスターが襲ってきたらどうする。神器を渡したとは言っても、カンタン1人で対処できるのか? 俺なら幾つか班を分けて行動するな」


 デニスは近くの太めの枝を拾って、粘土質な土の上に文字を書き始めた。


「まずは防衛部隊を10人、カンタンと同じくらいの年齢で構成した方がいいだろう。建築班には何人か大人を残したいからな。それと斥候班を作って周囲を観察した方がいい。ダンジョン以外の3方向、それぞれ2人の6人だ。連絡要員の連絡班は……3人くらいだ。情報はできるだけ共有しろ。他の女性や子供は資源の採集や建築の準備、建築班は残りの力がある男たちでやるべきだ」


「な、なるほど。了解しました」


 カンタンはデニスの言葉を記憶し、早速村人たちに伝達を始めようとした。


「待て、カンタン」


「何でしょうか?」


「俺はあくまでも助言役だ。指導者はカンタン、お前だ。俺の助言を聞くかどうかはお前で決めろ。そして部隊や班ごとにもリーダーを決めた方がいい。彼らにも考えさせろ」


「何故です? 全てデニスさんの言う通り細かく指示した方がいいのでは?」


「いいや、俺が作りたい人間はただ命令に頷く奴らじゃない。自分で能動的に考え動ける。そんな『生きた』人間だ。あまり頭ごなしに命令はせず、個々の判断を尊重しろ」


「は、はい」


 カンタンは元気よく返答した。その様を、デニスはにやりと笑ってみせた。


「これもあくまで俺の考えだがな。しっかりやれよ。村長代理」


「! ……ありがとうございます」


 デニスはカンタンが自信を胸に村人たちの方へ戻るのを確認して、エメの元に戻った。


「さて、俺たち2人は自分たちの城に戻らないとな」


「ダンジョンではなく、城ですか。文明人らしい響きですがそれはダンジョンの過小評価ですよ」


 エメは眼鏡を正しい位置に戻しながら、デニスに指導を始めた。


「ダンジョンはいわゆる『生きた土地』です。モンスターを通じて魔素を代謝し、生産と消費を繰り返す生き物のような存在なのですよ。心臓はダンジョンコア、ダンジョンマスターは脳みそのようなものです。その自覚はありますですか?」


「自覚も何も俺のものになるんだ。せいぜい利用させてもらうよ」


 デニスはエメの忠告を鼻で笑い、ダンジョンの内部へと侵入するのであった。

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