第5話

 エメが集めた生き残りの村人たちは18人だった。


 ほとんどは女子供や老人、大人の魔族はわずか5人であった。


「怪我人も多いな。村人は彼らだけか?」


「生き残っているのは、です」


「……そうか。後で埋葬してやらないとな」


 魔族の人々はデニスを怪訝な眼差しで見ている。それもそうだ。いくら助けてくれたとは言え、デニスは魔族を襲ったのと同じ人族。多くの村人は信用ならないと思っているのだろう。


 デニスは村人たちを前に、よく通る声で話しかけた。


「見ず知らずの人族だが、話を聞いて欲しい。俺は元勇者のデニス。今は王国を追われる身だ」


 魔族の村人は勇者という言葉を聞いて、ひどく慄(おのの)く。中には集団を離れて逃げ出そうとする者までいる始末だ。


「待って! 聞いて欲しいです。アタシがいる限りアナタたちに指一本触れさせないです。安全は保障するから話を聞いて欲しいです」


 魔王の子であるエメの言葉を信じたのか動揺はゆっくりと鎮まり、村人たちは腰を据えた。


「ありがとう。動揺するのも無理はない。だが俺はある提案を持ちこみに来たんだ」


 提案、と聞いて村人たちは疑問に思う。自分たちはもう奪われる物も与える物もないのに、何を取引しようというのか。といった感じだ。


「俺は提案する。魔族の村人たちよ。俺に人材育成(プロデュース)される気はないか」


 プロデュースという聞きなれぬ言葉に、村人たちは更に謎を抱える。これにはエメも話が読めないようだった。


「デニス、プロデュースってどういうこと?」


「まあ待て、詳細はこれからだ」


 デニスは改めて説明を始めた。


「プロデュースと言うのは、所謂(いわゆる)援助のようなものだ。ただ援助だけではない。ある程度俺の助言を聞いてもらう。そう、あくまでも助言だ。村人たちは俺の助けを拒む権利がある。だがもし俺の言葉が的を得ていると思ったら、参考にして欲しい。それが俺の持ち込む提案だ」


「つまり、援助もするし助言もするけど断ってもいいということですね」


 エメの捕捉に、デニスは大きく頷いた。


 デニスの考えはこうだ。もしエメからダンジョンを手に入れたとしても、城が手に入っただけの話だ。城だけでは維持は困難、ならば街や村を作ればいい。


 だがデニスは領主ではない。あてにできる村人たちもいないし、コネもない。ならばこちらから献身を持ちこみ、ついて来てもらうしかないのだ。


 そしてデニスの思惑は何も村人たちを集めるだけではない。


「国を作るつもりなのです?」


 デニスはエメの意図を読んだのか、そう尋ねた。


「近い。だが俺は国などという一方的な支配は好まないし、必要ない。俺が作り上げたいのは人、それと生存圏だ」


「人と生存圏?」


 デニスの考えはこうだ。


 まずは村人たちを集め、彼らを育てる。生き延びるノウハウや村の拡大、交流などのビジネスの拡大をさせる。そうして村人個人の力も身に着けさせて彼らを導く結果、力を持った仲間を増やすのだ。


「村人たち1人1人の力を持たせ、各々の思いで集まる。優秀な共同体。それらの同盟群、つまり力なき者達が育つ強固な生存圏を、俺は作りたいんだ」


「――ある種の理想郷ですね」


「ロマンチックに言えば、な」


 デニスの言葉に先ほどとは違う困惑が村人たちの間で起こる。それは希望であったり疑いであったり、どちらにしても明るい展望を見出した人々だった。


「村の代理の代表として言わしてください」


 村人の集団から1歩前に出たのは、大人とは呼べない青年だった。


「お前は?」


「僕は村長の孫、カンタン。アナタの提案は僕たちにとって魅力的です。だけどはっきり言わせてもらいます。アナタのその言葉は、あまりにも蠱惑的な毒。そう思えます」


「騙されているんじゃないか。ってことだな」


「失礼を承知ながら、その通りです」


 デニスはカンタンの言葉に、うーん、と唸った。


「ならこうしよう」


 デニスは自分の剣を抜き放つと、そのままカンタンに向けて投げ寄こした。


 剣は放射状の軌跡を描き、一歩後ずさりしたカンタンの目の前の地面に突き刺さったのであった。


「それをやるよ」


「こ、これは?」


「名前は『ベガルタ』、北に住む耳と尾のない大きな魔猪から手に入れた2対の武器の1つだ。刀身は小さいが、あらゆる獣の皮を割き、刃がこぼれることはない。いわゆる神器の1つだな」


 神器とは、この世界に原神や新神が遣わした唯一無二の武具だ。文字通り神がかった性能を持ち、手に入れるには街1つ買う財力でも足らないと言われている。


 そんな代物を前に、カンタンはつばを飲み込んだ。


「こいつをお前にやるよ」


「そ、そんな大層な物を僕に!?」


「これは信頼の前金だ。俺のサインは武器があればあるほどいいが、貴重な割に持て余していてな。それなりの人間に渡そうかと迷っていたが、やるよ」


「やるよ、って」


「まずは触ってみろ。きっと気に入るはずだ」


 カンタンは迷いながらも、デニスに勧められるままベガルタという剣を手に取る。


 ベガルタがあっさりと地面から引き抜かれ、煌めく刃がカンタンを魅了した。


「わあ……」


 カンタンは軽く2度、3度ベガルタを奮う。その剣さばきは稚拙ながらも優美さを秘めていた。


「くっくっく。まさかちゃんと操れるなんてな」


「――えっ?」


「神器は時に人を選ぶ。ふさわしくない人間が触れば自分を傷つける諸刃の武器だ。それだけ振るえるならお前は持つにふさわしい人間だと言うことさ」


「た、試したんですか!?」


 カンタンは怒ったように顔を赤くして、デニスを問い詰めた。


「俺のプロデュースする村人の代表だ。それくらいの格がないと困るんだよ。それで、その武器はお前の信頼を買うに十分か?」


 カンタンはデニスの言葉に言いよどむも、直ぐに結論付けた。


「これは預からせてもらいます。アナタが僕たちを導くにふさわしい人間か。それは後々判断させてもらいます」


「ああ、それでいい。それで十分だ」


 デニスはカンタンに近づくと手を差し伸べた。


「仮契約成立、だな」


「はい!」


 カンタンはデニスの手を取り、ぐっと握手を返した。

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