第4話
黒い煙の火元である村は、今まさに略奪にあっている最中だった。
「おい! 誰だ火を付けやがった奴は! これじゃあ物資が燃えまうぞ」
「口を動かしている暇があったらさっさと運べ! 奪うだけ奪ったら戻るぞ」
略奪を行っているのは、討伐軍だ。村の備蓄品だけではなく豚や鶏を脇に抱え、使える者は全て奪っている様子だった。
「そ、それだけは! 今年最後の種もみなんです! 奪わないでください!」
「うるさい!」
「ぎゃっ!?」
討伐軍の人間たちは邪魔な村人を、あるいは目についた人々を意味もなく襲っている。そこには怒りや苛立ちが見え、とても勝者の集団には見えなかった。
「村人を並べろ! 女子供、老人も区別なくだ!」
ある場所では無抵抗な村民たちが集められ、村で1番大きな建物を背に集められている。言葉の通り魔族の妊婦や赤子を抱いた女性、足取りもおぼつかない幼児や老婆もだ。
中には男性もいるが傷つき、抵抗できる様子はない。村人たちは追われた羊の集団のように、ただただ自分たちの行く末に怯えるばかりだった。
「集まったな。射手、狙え!」
村人を嬲(なぶ)り殺すのはなにも感情からだけではない、もしも1人でも生きて逃げられればいつ背中を襲われるか分からないからだ。
ならば今手を汚すのは、討伐軍にとってこれまで敵の兵士たちを殺したのと同じようなものなのである。
「恨むなよ……。撃て!」
扇状に村人を追い詰めた弓兵たちが合図と共に引き絞った弓の弦を弾く。矢の狙いはあてずっぽうなれど、この距離では外しようもなかった。
「ぐあっ!」
「止めてくれ! 止めてくれ!」
「女子供は後ろに隠れろ!」
矢を射かけられて数人の村人たちが倒れる。抵抗は無意味だと知りつつも、村人たちは誰か1人でも助けようと必死に叫び、身を庇いあっていた。
「弓を構え! もう一射だ」
村人たちの目は悲壮と、憎しみに満ちた涙目で討伐軍の兵士たちを睨む。
来世があれば必ず復讐する。略奪者という圧倒的な立場にいながらも身を震わせるような視線だった。
だからこそ、今ここで生かしてはおけない。弓兵は皆、弓に矢をつがえると村人たちを狙った。
「撃て!」
再び容赦のない矢の嵐が降り注ぐ。村人たちは覚悟して目をそらし、自分たちの最後を悟った。
「俺は略奪を禁じていたはずだぞ」
その時だ。突如村人と討伐軍の間に縦回転する盾と槍が投げ入れられ、全ての矢を弾き飛ばしたのだ。
「な、何者だ!」
討伐軍の隊長と弓兵はあまりにも急な横やりに、盾と槍が飛んできた方向を振り返った。
「こうなることは予測できたが、こうも早く倫理や体面を捨てられるとはな。まったく、飢えと欲望は恐ろしいものだな」
盾と槍を投げた人物、デニスの元にUターンしてきたそれらが手元に戻ってくる。
デニスの顔には哀愁と憤怒が宿り、かつての味方である討伐軍の面々を射殺さんばかりの視線を向けていた。
それはままならぬ討伐軍への怒りと悲しみ。そして不甲斐ない自分の失態を呪う顔だった。
「左頬に『サイン』……! あ、あの方は。いや、あいつは元勇者のデニスだ!」
「王国騎士団から懸賞金が出てるあのデニスだ! 討ち取れば名誉と金は思いのままだぞ!」
隊長らしき男が周りの兵士たちに集合を掛ける。
数はざっと見て約30人、少なくはない人数だ。
「裏切りの冤罪は喧伝(けんでん)済みか。なら――」
デニスは手元の盾と槍だけではなく、左右の腰にある剣と片手斧を触った。
「ためらう必要はないな!」
デニスが両手で槍を握ると、手放された盾、腰にある剣と片手斧が幽鬼に操られたように宙へ浮く。これがデニスの力、選ばれた者だけが持つ『サイン』の力だ。
「油断するな! 相手はサイン持ちだ。奴の能力は武器を遠隔操作する力だ!」
「へー、よく知ってるじゃないか」
隊長が注意を促すも、兵士たちは震えた。いくら懸賞金と名誉が士気を上げているといえど、相手は異能力を持つ元勇者という存在だ。怖がらない方がおかしい。
兵士たちがデニスに気圧されていると判断した隊長は、果敢にも自らの剣を抜いた。
「相手は1人! 全員で掛かれば勝機がある。全員続け!」
隊長自身が突撃を敢行したならば、他の兵士たちも負けじと勇気を振り絞り前進する。そうして兵士たちの凸状の隊形で突貫してきた時、デニスは退かなかった。
「短期決戦は望むところだ」
デニスは盾を触れずに討伐軍の先端へ配置し、これを受け止めた。兵士たちは重なり合う形で盾に全体重を乗せるも、盾はびくともしない。
たった1枚の盾によって討伐軍の勢いは止まり、一瞬の隙ができたのをデニスは見逃さなかった。
「散れ!」
デニスは槍を逆手に持って振う。すると旋風のような一撃が討伐軍の兵士達を薙ぎ払い、隊形はたちまち崩れ去ってしまった。
「じ、陣形を立て直せ!」
「そうはいくかよ」
白兵戦ならばたった1人のデニスにとって都合が良い。
デニスはためらわず身を翻(ひるがえ)し、崩れた隊形に肉薄した。
「借りるぞ」
デニスは飛び込んだ際に、地面へ転がった剣や槍に触れる。するとその剣や槍はデニスの武器と同じく、ひとりでに動き出したではないか。
「しまった! 全員死んでも武器を手放すな! 『使われる』ぞ!」
デニスが手を振って命じると、宙に浮いた剣や槍は竜巻のごとく舞い散る。巻き込まれた兵士たちは肌を傷つけられ、兜を打たれ、混乱の憂き目にあった。
「くっ……、おのれデニス! 元勇者ならば正々堂々一騎打ちを受けよ!」
「おう、望むところだ」
隊長が剣風を掻い潜り、逃げ行く兵士たちを顧(かえり)みず、デニスの懐に飛び込んできた。
デニスは慌てず逆手の槍を構えると、隊長の剣を何度か柄で弾いた。
「あまい! 修業をし直してこい!」
デニスは槍さばきで隊長の腕前を測ると、あっさりその体躯の中央へ石突を突き刺した。
「ぐげっ!」
重い一撃は槍の穂先のような鋭さはないものの、貫くような打突に隊長は九の字に倒れ伏した。
「た、隊長がやられた!」
「撤退! 撤退だ!!」
指揮系統を失い、混乱しきった兵士たちは自分たちの判断で敗走し始めた。デニスはその後姿を追わず、隊長に止めを刺しもしなかった。
「おおあまはデニスこそです。どうして逃がすのですか?」
エメが煙を纏(まと)ってデニスの前に現れ、忠告した。
「アイツらはきっと他の村も襲うし、生かす理由もないですよ」
「……野党のような身に落ちようと、あいつらは俺の元部下だ。生かす理由もないが殺す理由はもっとない。彼らが無事に故郷へ帰れることだけを祈るばかりさ」
「ですか」
エメは腑に落ちない顔をしつつも、納得せざるを得なかった。
「エメ、残った村人を集めてくれ」
「アタシがですか?」
「人族の俺よりも魔族のお前の方が話が早い。それと彼らには俺からの頼みがある」
「頼み?」
エメは頭の上に疑問符を浮かべた。
「ダンジョンに籠(こも)る以外にいい計画を思いついた。その思い付きに、魔族の村人たちに付き合って欲しいのさ」
デニスはちょっと悪そうな顔をして企みに思いふけっていた。
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