第3話
「ダンジョンを売るだと?」
反逆の勇者となってしまったデニスと魔王の子であるエメはさほど険しくない山道を登りながら、先ほどの話の続きをしていた。
「なんで俺に何だ? それにお前が魔王の子なら俺は仇敵(きゅうてき)だろ。どうして隠れ家の話なんてするんだ?」
「いちいち質問が多い人ですね。ちゃんと答えるから順序よく行くですよ」
エメはデニスに背中を見せて登りつつ、デニスの疑問と自分の事情について話し始めた。
「アタシは魔王(アイツ)の子、だけど5人兄妹の末っ子です。魔王として家督を継ぐなんてまずありえないですし、アイツとは仲が良くなかったですよ。というより、ほとんど話した記憶がないですね」
「父との関係か。まあ、俺もひとの事を言えないがな」
「へー、勇者とあろう人が家族仲が悪いなんて以外ですね。そんなワケでアタシは早々に独り立ちしたですよ。魔王の子なので勝手にコネができて、色々な事業を転々としていたですね。その辺はアイツに感謝です」
エメは自分の父親のことながら他人事のように話していた。
「最終的には大陸中央のダンジョンを手に入れてダンジョン不動産を始めたですし、部下も1人できたです。ただコネだけでは売る相手がいなくて、仕方なしにアイツを頼ろうと思ったですよ」
ダンジョン、という言葉にデニスは覚えがあった。ダンジョンは魔法に使う魔素の源泉としてダンジョンコアと呼ばれるものがあるらしい。
そのダンジョンコアはダンジョンの主であるダンジョンマスターが持ち、倒して入手すると高く売れるらしい。主に魔法関係の人物にだ。
「不動産、というとダンジョンコアを売ってるワケじゃなさそうだな。ダンジョンそのものに価値なんてあるのか?」
「ありますですよ! ダンジョンコアは一種の工場、ダンジョンコアはあくまでも動力炉です。動力炉そのものは魔術師にしか益がないですけど、ダンジョンは万人に有益な建築物ですよ」
「有害、としか見えないがな。ダンジョンは魔物や魔獣のモンスターたちを産む。近くの領主なんかは積極的にダンジョンを破壊しに行くくらいだぞ」
「それはちゃんとダンジョンが管理されていないからです。計算し尽くされた運営をすれば、人族にも亜人族にも、そして魔族にとっても恩恵ある施設なのですよ」
「そういうもんかね……」
デニスは半信半疑ながらも、エメは話の続きに入った。
「話を戻すですよ。アイツに会いに行ったのが、偶然にもアナタたちが討伐軍遠征をしてきた時だったです。離れる前に完全に包囲されるとはアタシも思っていなかったですよ」
「それは、悪かったな」
「いえ、ある意味ぴったりのタイミングでしたです。東門から脱出できないか考えていた時に、アイツから魔法による情報伝達(テレパシー)が飛んできたし」
「だから俺の事情も把握済みだったのか。タイミングが良すぎるとは思ったけどまさかな」
そう考えると、魔王は最後の力を使ってテレパシーを送った先はエメだったのだ。
生き残っているかもしれない幹部や他の部下ではなく、真っ先に自分の娘に遺言を残した。その心中は一体どういった了見だったのだろうか。今となっては知る由もない話だ。
「他に何か言わなかったのか?」
「? それだけでしたですよ。第一、アイツとは目的のない話なんてしたことがないですし、それだけで十分です」
エメは非常に冷めた顔で吐き捨てた。
デニスも父との関係は悪い、何せ勘当されているくらいだ。それでも肉親に情は残っているし、いつか懐かしい生まれ育った故郷にも帰りたい。
もしこの討伐を成功した暁には、勇者として故郷へ凱旋(がいせん)する可能性だってあった。
それも、今では遠い夢だ。
「それで俺にダンジョンを売りつけようと考えたワケか」
「そうです。腐っても元勇者、売れればアタシに箔が付くし、売り上げもまず間違いないですよ。これでしばらくアタシたちは安泰です」
「言い方は気に入らないが、言い分は分かった。ただし契約するかはまだ決めてないぞ」
「疑うのは当然ですね。いきなりの売り込みは蹴られても仕方がないです。しかし、アナタは国を追われる身ですし、余裕がないのは事実です。渡りに船なのはアタシだけじゃないはずですよ」
「否定はしないが、まずは俺をアナタと言うのはやめてくれ。俺はデニス、デニス・リーツマン。リーツマン家からは捨てられてるけどな」
「確かにですね。アタシはエメ、ただのエメ、ですよ。かつては魔王の娘、という枕詞(まくらことば)がありましたが、今はその肩書はないようなものですからね」
「なら契約するかはともかく、助けてくれてありがとうエメ。そしてよろしくな」
「どういたしまして。まずは助けた恩に物件を見学するところから始めるですよ。よろしくです。デニス」
2人の自己紹介が終わり山を登りきると、眼前には広大で、不毛な地帯が広がる。
長い人族と魔族の戦いで魔王城の北と東は荒れ地となってしまっているのだ。
ただしそんな場所でも点々と村がある。彼らは他の土地に住めなかったり離れられなかった人々の集まりなのだろう。
「ん?」
デニスが目を凝らすと、山を下りた直ぐ先の村から黒い煙が立ち上っていた。
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