第22話 聖女爆誕

私はラミアにきたえられたおかげで、滅多なことではめげない。くじけない。


 泣くのはせいぜい、お腹が空いてたまらないときくらいだ。




 けれど今、私はがっくりと肩を落とし、それから床にへたり込んでしまっていた。




「わ、私のせいだわ。さっさと聖獣を探しに行ってもらっていれば、ジェラルドが怪物の大群とまた戦うなんてことにならなかったのに。私が引き留めたばっかりに」


「キャナリーさん。あなたのせいじゃありません。そんなふうに考えてはいけない」




 アルヴィンがなぐさめてくれるが、ジェラルドがこれから立ち向かう困難を思うと、胸が苦しくなってどうにもならない。




「どうしよう。ジェラルドになにかあったら。こんなことになるとわかっていたら……!」




 目の前が、涙でぼやける。




「キャナリーさん!」




 アルヴィンが珍しく、厳しい声で言う。




「あなたは、ジェラルド様のことをまだわかっておられません! あの方は罪のない人々がビスレムに殺されるのを、みすみす放っておく方ではないのです。キャナリーさんに言われなくとも、あの方は必ずや同じように行動したはずです!その当然の行為があなたを泣かせたと知ったら、がっかりされますよ」


「アルヴィン……」




 叱られて、私はようやく落ち着きを取り戻した。


 手の甲で目をこすり、パン、と自分の手で顔をはたく。




「そ、そうよね。そうだわ。私は今、めそめそしてる場合じゃない。泣くのはヒマなときにしろ、ってラミアにも言われてたわ!」




 キッと顔を上げ、私は立ち上がる。




「私、行くわ。どうやって止めても無駄よ」




 鏡を見ると、ジェラルドは四体目を切り伏せたところだった。


 けれどその背中のかなり遠く、村の境より先ではあるが、なにか黒いものが固まって、段々と近づいて押し寄せてくるのが見える。




 アルヴィンもそれを目にし、ごくりと息を飲むのが分かった。




「私も参ります。それから、ランドルフ王子殿下に進言し、ともかくも戦えるものを集め、ジェラルド様の援護に向かってもらいましょう」




 アルヴィンはそれを伝えるため、急いで呼び鈴を鳴らし、小姓を呼んだ。


けれど私は、それだけでどうにかなるとは、とても思えない。




「なにかないの、アルヴィン! 私にも使える魔道具は!」


「お待ちください。考えましょう」




 さすがにアルヴィンも、この状態では私にじっとしていろ、とは言わなかった。


 おそらく、大事な主であるジェラルドの身に重大な危険がせまっていることを、はっきり察しているからだろう。




「最初に会ったとき、ジェラルドは瀕死の状態だったわ。やっぱりビスレムの群れを相手に戦った、と言ってたわね。また同じことになって、今度も生きていられるなんて保証はないのよ!」


「わかっております! ただ、いくらなんでも初めて手にした魔道具で、キャナリーさんが戦えるとは思えません。なにか有効な手段があればいいのですが」


「……声を大きく響かせるものはない?」




 尋ねると、私の意図をわかったらしく、アルヴィンはひとつの道具を手に取った。




「これならば。戦うための魔道具ではなく、隊列の後ろや広い場所で、離れたところに情報を伝達するためのものなのですが」




 それは薄い水晶板をはめ込んだ丸い枠に、杖のような金属の、長い柄のついたものだった。


 水晶版の上に、アルヴィンは急いでなにやら魔法陣を描く。そして私に、それを渡した。




「この水晶版に向かって声を出すと、大きく周囲にまで拡散されて聞こえます」


「ありがとう、貸してもらうわ」


「私も参ります。この分では、馬車では間に合わない。馬には乗れますか?」


「ええ。でもこのドレスじゃ無理ね。なんとかしましょう」




 私は柄のついた水晶板を、アルヴィンは別の魔道具を手に、ジェラルドのもとへと向かうべく急いだのだった。




 ♦♦♦




「早く早く、もっと飛ばして!」




 私は女性用の乗馬服に急いで着替え、馬を走らせるアルヴィンの後ろにまたがっていた。


 城門が開かれ、他の王族たちも一緒に馬を走らせたが、二人で乗っているのに、アルヴィンが一番早い。




「あなたって、馬を駆るのが上手いのね!」




 驚いて言うと、振り向かずにアルヴィンは言う。




「魔道で空気抵抗と、重さを軽減しているのです。しっかり捕まっていてください」




 はいっ、とムチを入れると、いっそう馬の駆ける速度は速くなる。


 私は振り落とされないよう、しっかりとしがみつき、ジェラルドの無事を祈っていた。






「あれがいいわ、アルヴィン、止まって!」




 馬の背に乗り、前方を見ていた私は、村の火の見やぐらを見つけて叫んだ。


 それは城の三階くらいの高さがあり、はしごで上ったてっぺんには、火事や事件が起きたときにしらせるための、鐘がついている。




 すでに村人のひとりがそこに昇り、必死に鐘を叩いていた。




 ジェラルドがいるのはもっと先だったが、私は自分がこれからするべきことに関しては、その場所が最適だと思い、アルヴィンに言って馬を降りる。




「私はこのまま、ジェラルド様の援護に向かいます。なにがあっても、ここまではビスレムが来ないよう、命を懸けてもお守りします!」


「私より、ジェラルドのことを守ってあげて!」




 そう言ってアルヴィンを見送ってから、私は上を見て叫ぶ。




「お願い! ちょっとその場所を、ゆずってちょうだい!」




 鐘を叩いてたのは同年代くらいの少女で、びっくりしたように、こちらを見下ろす。




「でも、雇い主に叩け、って言われたんです」




 どうやら商家の、下働きの少女らしい。




「あとは私が代わるわ。あなたも早く逃げなさい! ビスレムの群れが来るわよ!」


「代わってくれるんですか!」




 彼女も怖くて早く逃げたいのを、我慢していたのだろう。


 涙目ではしごを降りてくると、ぺこりと私に頭を下げ、一目散に駆けて行った。




「よし! やってやるわよ!」




 私は自分に気合を入れて、やぐらのはしごを上り出す。




 アルヴィンに借りた、柄のついた水晶板を持っているので、ちょっと上りにくかった。


 しかしもちろん、森での木登りも得意だった私には、さほど難しいことではない。




 その下を、援軍として役に立つのか疑わしかったが、ランドルフ王子たちの乗った馬が、ドドドと駆けて行った。




 ビスレムがよほど恐ろしいのか、がっちりした甲冑を、全員が着こんでいる。


 あれでは相当に重たいだろうから、遅くなるのも無理はない。馬が可哀想だった。




「ここなら、うんと遠くまで見えるわ。さあ、キャナリー、しっかりするのよ!」




 やぐらの一番上に昇り、自分を励ました私の声は、ほんの少しだが震えてしまう。というのは、肉眼でビスレムの大群が見えてきたからだ。




 黒いまがまがしい塊の群れが、もうあと少しで、銀髪をなびかせている、ジェラルドの近くに到達しそうなのが見える。




(あの群れが進む途中に、農家がないといいけれど。みんな無事に逃げられているのかしら。もしかしたら、怪我人が出ているかもしれない)




 ジェラルドの位置からも、すでに群れは確認できているだろう。


 それでも逃げずに覚悟を決め、剣を持って待ち構えているようだ。




(やっぱりあなたは逃げないのね。殺されてしまうかもしれないのよ、怖くはないの? 逃げたって、誰も責めたりしないのに。あなたはそんなにまで、勇敢なのね)




 王族たちの馬とは反対方向に、村人たちが走って逃げて来る。




「おい、鐘はもういい! あんたも早く逃げろお!」


「しまっておいた古い魔道具はもう、全然、効果がない。どうにもしようがねえよ!」




 言われて私はうなずいたが、もちろん逃げる気はなかった。




(ジェラルド。私はあなたを守ってみせる。怪物たちがもしもあなたを傷つけても、すぐに治すわ!)




 私はアルヴィンに託された、長い杖を両手で正面に持ち、水晶板が口の前にくるようにする。


 そして、すう、と息を吸い込んだ。


想いと祈りを精いっぱい込め、私は歌う。




「ひかりのめぐみ のにみち くものしずくも やがてちにしみ」




 披露会のときと同じ歌だ。


 村人のために。そしてなにより、ジェラルドのために。




「はなはひらき たいがとなりて うなばらへ」




 全身全霊をかけて歌ううちに、私はなぜか肩の下あたりが熱を持っていくのに気が付く。


ほぼ同時にパン!となにかが弾けるような、軽い衝撃を背中に感じた。




 直後に火の見やぐらの周辺が、眩しく発光しているのがわかる。


 まだ家畜を逃がしたり、貴重品などを持ちだそうとしていたのか、逃げ遅れていた村人たちがこちらを見上げ、指を差して口々に叫び始めた。




「おっ、おい、上を見ろ、火の見やぐらを!」


「聖女がいる! 金色の翼を持った聖女が歌っているぞ……!」


「父ちゃん、聖女様だよ、ほら見て! 翼が綺麗」


「本当だ、光の翼がある! おお……なんと神々しいお姿だろう」


「おい、歌を聞いとるうちに、腰を抜かしとったばあさまが歩けるようになったぞ! これなら逃げられる!」




(光の翼?)




 私は、ちら、と自分の肩越しに後ろを見た。


 一部しか見えないが、確かに肩甲骨の辺りから、光の粒でできたような大きな翼が生えているのが、自分でも確認できた。




(ジェラルドたちの説明どおりね。本当に私は、翼の一族だったんだわ)




 しかし私に翼が生えようが、頭に花が咲こうが、そんなことは後まわしだ。私はなおも、必死に歌う。




 アルヴィンの魔道具である、魔法陣を描いた水晶板は、私の声を広く遠くに拡散してくれていった。




(これなら、もし怪我人が出ていたとしても、聞こえたら治るはずよ。ジェラルドだって怪我をしても、すぐに回復できる)




 私はそう考えていたのだが。




 歌を三度繰り返し、四度目の途中で、私は異変に気が付いた。


 いくら待っても、ビスレムの大群が近づいてこないのだ。


 ジェラルドも剣を下ろし、様子をうかがっている。




 それから慎重な足取りで彼らに近寄り、先頭にいた一体を、真っ二つに一刀両断してしまった。


 私は歌うのをやめて、ビスレムたちになにがおこったのか、じっと耳を澄まし、見つめていた。




「いったい、どうなっちゃったのかしたら」




 と、そのときジェラルドが振り向いて、こちらを見たのがこの距離からでもわかった。


 ジェラルドは離れた場所に待機させていた馬にまたがると、すごい速さで走って来る。




「ジェラルド?」




 ジェラルドは自分よりずっと後方で待機していた、王族の騎馬隊の横を通り越し、あきらかに私のもとを目指して馬を走らせていた。




「ジェラルド! まさか私が城でじっとしていなかったのを怒りに来たの? でもビスレムの大群を見て、とても部屋でおとなしくなんて、していられなかったのよ!」


「違う、キャナリー。怒りに来たんじゃない」




 やぐらの下で、ひらりとジェラルドは馬から飛び降りる。


 それから顔を上げ、きらきらと目を星のように輝かせて言った。




「その翼が、向こうからでも見えたんだ」


「ああ、これ?」




 私はなんとなく恥ずかしくなって、弁解するように言う。




「ええと、私にもどうしてだかわからないけど、歌っていたら、生えちゃったみたい……」


「素晴らしい! すごく綺麗だよ、キャナリー!」




 ジェラルドは、奇跡と遭遇した子供のような顔をしていた。




「まるで、本当に女神イズーナみたいだ。やはりきみは正真正銘の、翼の一族の聖女だったんだな!」




 感動に震えているらしきジェラルドを見ていると、私はますます照れ臭くなってしまった。




「こ、こんなの、どうでもいいじゃないの」




 言いながら私は、急いでやぐらを降りる。その途端、翼に反射して光っていた周囲が、もとの状態に戻っているのを見た。


 光の翼は、もう消えてしまったらしい。


私はむしろホッとして、ジェラルドに言った。




「もう翼は、引っ込んじゃったみたい。ずっと出たままだったら、邪魔で仕方ないから、よかったわ」


「邪魔って。キャナリー、きみという人は……」


「そんなことより、あなたは怪我をしていないの? ビスレムは、どうなったの?」




 私はジェラルドの顔からお腹を眺め、それから背後に回って、どこかに傷がないか確認する。




「俺は無傷だ。正直、遠くに群れが見えたときには、数の多さに絶望しかけたんだが」




 ジェラルドは私の肩に手を置いて、まっすぐに目を見て言った。




「……きみの歌が聞こえてきて、直後にあいつらの動きが止まった。間違いなく、きみの歌の魔力によるものだろう。きみの歌声には、闇の魔道を浄化し、打ち消す力があるのかもしれないな。ビスレムはもう、固まった土人形のようになっているよ」


「そうなのね。よかった……」




 ほーっ、と私は胸を撫で下ろす。




「キャナリー。きみに命を救われたのは、二回目ということになるな」


「そ、そう言われてみれば、そうなのかしらね」




 肩に置かれた手が熱い。私の心臓もドキドキしてきて、なぜかほっぺたが熱を持ってくる。




「とにかく!」




 私はこの緊張感に耐えられなくなって、ぱっと身をひるがえした。




「ビスレムたちがどうなったか、ちゃんと確認しなくっちゃ。行ってみましょう」


「いや。きみが行くのはまだ危険かもしれない」


「もう平気よ。もし動き出したら、また歌ってみるわ」




 そうして私は、ジェラルドの馬の後ろにのせてもらい、ビスレムたちの近くまで、行ってみることにした。


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