第21話 怪物襲来
「ジェラルド殿下! た、頼む。余に、この国に、力を貸してはくれぬか」
「先日出没したビスレムは、二体だと言われていたな」
ジェラルドが眉をひそめて立ち上がると、ランドルフ王子はガクガクと首を縦に振った。
「うむ。今しがた、報告が入ったのだ。そ、それが、四体もいるらしい。西の果樹園から入って来て、今は村の西側で、人を襲っていると」
ええっ、と私は両手で口を押さえ、立ち上がる。
ランドルフ王子は、ほとんど涙目になっていた。
「昨日、たった二体であの惨事だったのだ。倍の数に入って来られたら、もう余にはどうにもできぬ」
そう言うと、這いつくばるようにして頭を下げる。
「どのような、望みもきこう。お願いだ、グリフィン帝国、ジェラルド皇子殿下。どうか我が王国を、救ってくれ」
「わかった、行こう。馬を借りる」
すでに大剣を腰につるしているジェラルドの表情に、迷いはない。
「四体であれば、俺ひとりで充分だ。むしろ下手に被害を増やすよりは、ランドルフ殿下も城におられよ」
「あ、ありがたい! では、すぐに馬の手配をいたす。それから、鎧と馬具も、殿下のお身体に合った、最高のものを用意させよう」
ジェラルドはうなずき、アルヴィンを見る。
「アルヴィン、お前はここで、キャナリーと待っていてくれ」
「はい、了解いたしました」
ランドルフ王子とふたりして部屋を出ようとするジェラルドに、私は慌てる。
「えっ、ちょっとジェラルド! なによ、私もアルヴィンも置いていくの?」
追いかけようとした私の腕を、アルヴィンがつかんで引き留めた。
「大丈夫です、キャナリーさん。ジェラルド様にとっては、四体ならば本当に、ものの数にも入りません」
「アルヴィン、そんなに長く強くキャナリーの手を触るな」
「はっ、はい、わかっております!」
「すぐ戻る」
ほんの少しだけ口元で笑ってから、ジェラルドはサッと表情を引き締めて、あたふたとしているランドルフ王子と共に、退出してしまった。
私はしばし呆然としていたが、すぐに追いかけようとして、再びアルヴィンに止められた。
「わ、わかったわよ! 戦ったりしないわ、遠目で見るだけならいいでしょう?」
「駄目です! ジェラルド様の言いつけを守らないと、私が怒られるのですから。ここは我慢して下さい」
「いいじゃないの、ちょっとくらい怒られたって」
「簡単に言わないで下さいよ。皇子殿下に叱られるなんて、不名誉きわまりないことなんですから」
「そういうものなの? ああ、だけど」
私は後を追うことはあきらめたものの、いてもたってもいられない気持ちで、溜め息をつく。
「ここでじっと待つなんてできないわ。今から怪物とジェラルドが戦うなんて、自分が戦うより怖くなっちゃう」
うなだれた私にアルヴィンは、表情をやわらげる。
「ジェラルド様を、とても心配しておられるんですね」
「もちろんよ。だからせめて、見守りたいの」
「見るだけならば、先日お見せした魔道具で可能ですよ。お持ちします、少し待っていてください」
言ってアルヴィンも、部屋を退出していく。
入れ替わりに侍女が入って来て、料理の皿やカップをワゴンに入れて、片付け始めた。
(今なら侍女と入れ替わって、外に行けちゃうかも)
一瞬、そう考えた私だったが、やめておいた。
そんなだますような真似をして、本当にアルヴィンが叱責されたら気の毒だったし、勝手な行動でジェラルドの邪魔になったら、申し訳なさ過ぎる、と考えたからだ。
それに本当にアルヴィンは、すぐに部屋に戻って来て、ゴブラン織りの分厚い袋から、何種類かの道具を取り出した。
「いずれも旅で携帯するものですので、城で本格的に使っているものより小型なのですが」
最初にアルヴィンが手にしたのは、先日も見た、鏡のように平たく丸いものに、柄のついた魔道具だった。
丸い部分に指先で魔法陣を描き、次になにか別の模様を描く。
「帝国の紋章と、ジェラルド様の花印です。魔法陣の上にこれを描けば、姿が見られるようになっているんです」
「み、見せて。私にも」
アルヴィンは鏡を、テーブルの上に置いた。
最初はなにか、もやもやとした渦のようなものしか見えなかったが、やがてそこに風景と、人の姿らしきものが浮かび上がって来る。
さらに時間が経つとくっきりと、村に向かって疾走する馬に乗った、ジェラルドが映し出された。
「すごい! 便利なものがあるのねえ」
感心して、夢中になって眺めていた私だったが、すぐにそれどころではなくなった。
鏡の中に、怪物の姿が映ったのだ。
ざわっ、と私は、背筋に悪寒を感じる。
「なっ……なに、これ」
震える指でさししめすと、これがビスレムです、とアルヴィンの冷静な声が返ってくる。
「だ、だけど、これは、生き物じゃないわ。動いているけれど。でもなぜか、生命を感じない。こんな……よこしまな気配の気味の悪い怪物がいたなんて」
それは泥と油で作った、巨大な人形のようだった。
目は炎のように赤く、同様に真っ赤な口がくわっと開き、牙が見える。身長は、農家の屋根ほどもあるだろう。
前かがみになり、二本足で立ち上がった狼、といったシルエットだったが、毛や皮膚というものはなく、ねばった泥が上から下へ、下から上へと循環して、渦巻いているように見えた。
「なんだか。すごく、邪悪な感じがするわ」
つぶやくと、アルヴィンも同意する。
「はい。この怪物の恐ろしさは、他の生き物とはまったく、共通点がないことです。熊や狼などとはまるで違う。凶暴で素早く、なんにでも噛みつこうとします。しかし傷つけるだけで、食べるわけではない。まるで目にしたものを痛めつけ、破壊することだけが目的とでもいうように」
「私が想像していたのより、ずっと恐ろしい怪物みたいね。……あっ。ジェラルドが、馬から降りたわ!」
鏡の中のジェラルドは、まったく恐れげもなく剣を鞘から抜くと、ビスレムに向かっていった。
そしてなにか呪文のようなものをつぶやくと、剣に不思議な光る紋様が浮かび上がり、それでバサッ、ズバッ、とビスレムを蹴散らしていく。
「すごい、あっという間に、二体も片付けちゃった! あと少しよ、頑張って、ジェラルド!」
ジェラルドの頼もしさに、私の恐怖は一気に薄れた。
物の数ではない、と言っていたジェラルドの自信が、今ならば納得できる。
そのジェラルドの後ろから横から、物陰に隠れていた村人たちが出てきて、一斉に逃げ去っていった。
「怪我人はいないのかしら。怪物を全部倒せたら、様子を見に行ってもいいわよね?」
「そうですね。完全に、四体とも倒した後ならば」
「私の歌で怪我が治せる、ってわかったんだもの。行かないわけにいかないわ」
鏡に映るジェラルドは、まだビスレムと戦っていた。
最後の一体がとてつもなく大きく、手こずっているらしい。
「いけ! そこよ、ジェラルド! もう一発、やっちゃって!」
私は拳を握って振り回し、ジェラルドを応援する。
そうして間もなく、すべての決着がつくかに思われたのだが。
「なんだか、嫌な予感がします」
ぼそっとつぶやいたアルヴィンに、私は鏡からそちらに顔を向ける。
「どういうこと?」
アルヴィンは袋から、小さな水晶玉や、宝石のはまった杖のようなもの、丸い金の輪に鏡ではなく薄い水晶がはまっていて、長い柄がついているものなど、いろいろな道具を引っ張り出した。
と、水晶玉が、ぼうっと青く光っているのに、私は気が付く。
「アルヴィン、なんだかこれ、光ってるわよ」
「そうですね。こちらもです」
言いながらアルヴィンは、服の下に首から下げていた、こちらは木の実ほどの小さな水晶玉を取り出す。
それは白い光を放っていた。
「この、胸から下げているものは、光って当然なのです。一定の距離より近くに、ビスレムがいると反応するよう魔道の細工がされているので。問題なのは、青いほうです」
「こっちもジェラルドがやっつけようとしてるビスレムに、反応してるんじゃないの?」
「だったらいいのですが。おそらく、違います」
青い光が強くなっていくにつれ、アルヴィンの表情がどんどん険しくなっていき、私も緊張してしまった。
「なにが違うの? どういうこと?」
「これは、一体二体では反応しません。つまり、群れを探知するものなのです。色が濃く、光が強くなってくるのは、こちらに向かって、近付いてきていることを示しています」
「アルヴィン!」
私は思わず叫んでしまった。
「まさか、ジェラルドが四体を倒しても、すぐその後ろに大群がいるかもしれないって言うの?」
「おそらく。まず少数でやってきたのは、やつらの斥候か様子見だったのかもしれません。四体どころか何十体、あるいはもっと多くいるでしょう」
(ジェラルドがたったひとりで、怪物の大群と戦う……)
私はサーッと頭から、血の気が引くのを感じていた。
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