第20話 翼の一族
うながされ、正面の椅子に座った私に、ジェラルドは背中のアザについての説明を始めた。
「我々の世に伝わる神話。司祭や学者たちによると、中身の半分は物語としての空想が入っているが、半分は過去の事実にもとづいているらしい」
ふーん、と私は正直、あまり興味を感じずに適当なあいづちをうった。
「なにかと思えば、神話のお話だったの」
「ああ。森で暮らしていたきみには、馴染みが薄いことかもしれないが。この世界はそもそも、女神イズーナが作ったと言われている」
「それくらいは知ってるわ。歌の魔力も、イズーナが授けたって、歌唱団で習ったし」
「うん。本題はここからなんだが……キャナリーは食べながら話を聞いてくれていいぞ」
ジェラルドは呼び鈴を鳴らし、小姓にお茶を熱いものに入れ替えさせ、ついでにアルヴィンを呼び戻した。
「アザは確認されたのですか、ジェラルド様」
「ああ。確かに本物だ。色も形も、知識として知っていたものと寸分たがわない」
私はお言葉に甘え、ガラス皿に盛りつけられた、いい香りのする宝石のような甘酸っぱいフルーツをシャクシャクと食べながら、ふたりの話を聞いていた。
「それでだな、キャナリー。イズーナはこの世界を作るときに、人間を治めるために魔力を持つ王族と皇族を。海を治めるために、魔力を持つ竜の一族を。魔物を治めるために、魔力を持つ聖獣を。そして空を治めるために、魔力を持つ翼の一族をつくった。と伝えられている」
ジェラルドが言うと、アルヴィンがその先を続けた。
「海のない私たちの国に、竜の一族の話はあまり伝わっていませんけれどね。沿海州などでは広く信じられていて、船の守り神とも言われているのです」
ふんふん、と私はまだ食べながらうなずいた。
今度はジェラルドが話を引き継ぐ。
「そして翼の一族だが。いにしえの時代には王族と関わることも多く、人間界と馴染んだものは同化していき力を失った。いっぽう、人との暮らしを嫌ったものたちは争いを避け、はるか遠方の山々に姿を消した、と言われている」
「へええ。ちょっとロマンティックね。竜の一族とも、翼の一族とも、会ってみたいわ」
私はようやく満腹になって、お茶を口にする。
「それで、その話と私の背中のアザに、いったいなんの関係があるの?」
「翼の一族とは言っても、常に重たい翼が背中にあるわけじゃないんだ。大きな魔力を発動したときに、光という状態で目に見えるらしい」
「光の翼? 綺麗ねえ」
私は想像して、にっこりする。
「ますます見てみたいわ」
「だから一見しただけでは、翼の一族だということはわからない。しかし確かめる方法はある」
「ふうん。どうやって?」
尋ねると、真剣な目でジェラルドは言う。
「つまりそれが、キャナリー。きみの背中のアザなんだ」
えっ、と私は目を丸くして、自分の首を精いっぱい後ろに向ける。
「わ、私の背中のアザが、翼の一族の『あかし』だ、って言うの?」
「そういうことだ」
ふたりはうなずき、まじまじと私を見る。
「ええっと、待って。うーん」
私は懸命に、自分の頭の中を整理しようとした。
自分がただの人間ではなく特殊な一族だと急に言われて、納得できる人間はそういないだろう。
「つまり、だから私の歌で、怪我人たちが回復したっていうこと?」
「そうだ。まだわかっていない力も、秘められているかもしれない。翼の一族は、過去の話はたくさん言い伝えられている。しかし近年、実際に会ったものの話はない」
「私が……翼の一族。だとしたら、どうして森に捨てられたりしていたのかしら」
「あくまでも想像ですが」
アルヴィンが難しい顔で言う。
「翼の一族は、山腹に住んでいると言われていますから。たとえば大型の鳥に赤ん坊のころにさらわれ、巣に戻る途中で枝などにひっかかり、森に落ちたのかもしれません。猛禽類などは、小動物くらい、簡単に獲物として捕まえますからね」
話を聞き、ますます私は考え込んでしまった。
いわば、出生の秘密を突然知らされたようなものだ。
「それじゃあ、どこかに私の両親が、いるのかもしれないのね。それだけじゃなく、私と同じ種族の人たちが」
「ご両親か。そういうことになるな。場所については、見当もつかないが」
(お母さんと、お父さん。ラミアの家で暮らしていたときは毎日生きるのに必死で、考えたこともなかった。でも、そうなのね。私にもいるんだわ)
複雑な思いにとらわれて、黙ってしまった私を、ジェラルドは気遣ってくれる。
「突然こんな話をして、悪かった、キャナリー。魔力のほうにばかり気持ちがいっていた。きみのご両親に繋がることなんだから、もっと慎重に考えて伝えるべきだったよ」
心配そうな声に、私はハッとする。
「いいのよ、気にしないで。私もこれまで考えたことがなかったの。それに今大切なのは、魔力とビスレムのこと。それに聖獣でしょ。自分の生い立ちについては、ひまなときにのんびり考えるわ」
さて、と私はようやく食事を終えることにして、立ち上がる。
「アルヴィン。今度またビスレムが襲ってきたときに、なにか私にも使えそうな、魔道具はないかしら」
「はい? どういう意味ですか」
「キャナリー、なにを言っているんだ」
困惑するふたりに、私は言う。
「私の歌の魔力が、回復以外にも使えるかもしれないじゃない。ねえ、ジェラルド。あなた、なんだかんだ言って、次にビスレムか襲ってきたら、あの王子を助けてあげるつもりでしょ?」
尋ねると、渋い顔でジェラルドは認めた。
「あの王子ではなく、町や村の人々を、だがな」
「そのときには、私も手を貸したいの」
「キャナリー!」
ジェラルドは、怖い顔をする。
「絶対に駄目だ! きみはあの連中の恐ろしさを知らない。すでに王族が殺されたと聞いただろう? いくら気が緩んでいたとはいえ、剣の訓練を受けた大の男がやられたんだ。きみが戦える相手じゃないぞ」
「そうですよ、同居していたおばあさんとは、わけが違うんです!」
必死になって説得してくるふたりに、まあまあ、と私は両の手のひらを、下に向けて振った。
「落ち着いてよふたりとも。別に私が直接ビスレムに飛び蹴りして倒そう、って言ってるんじゃないわ。だから、遠くからでも魔力を使えるような道具はないのかな、って」
「ううん。そうですねえ」
アルヴィンは顎に手を当て、考え込む。
「ジェラルド様は、魔力を剣に流し込む方法で戦われます。弓や槍などの武具でも、だいたいはそんな感じですが、やはり練習が必要です」
「駄目なものは駄目だ、キャナリー」
ジェラルドは、まったく引こうとしない。
「安全な城の中で、じっとしていてくれ。きみを守りながら戦うことには、かえって危険がともなう」
厳しい表情で言うが、私も引き下がるつもりはなかった。
「前にも言ったでしょ、ジェラルド。私だってあなたを守りたいのよ」
「だから、ここでおとなしくしていてくれることが、俺を守ることだと言っている!」
「私をおとなしい、上品でおしとやかな令嬢だとでも思ってるの?」
「そ……それは全然、思っていない」
「なんですってえ? 私だってこれでも一応、行儀作法の勉強をしたのよ!」
「そういうことを言っているんじゃない!」
「じゃあどういうことよ」
「そ、そうだな、強くてたくましくて、野性的で個性的で、つまり、その、魅力的だと思っている」
「そうよ、強くてたくましい、森で育った野生児よ! だったら私があなたを守っても、ちっともおかしくないじゃない?」
「それとこれとは話が違う!」
言い争っていると、窓の外から鐘の音が聞こえた。
時を告げるものではなく、緊急事態のためのものらしく、激しく何度も打ち鳴らされる。
それからすぐに、激しく扉がノックされた。
来訪を告げようとした小姓を押しのけるようにして、すぐにランドルフ王子が駆け込んでくる。
招かれざるその訪問者が持ってきた情報。
それは先日より多くの怪物が現れた、という聞きたくないものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます