第17話 王国の終わりの始まり

「なんとか、お力を貸してはいただけまいか」




 その夜、ジェラルドの部屋にランドルフ王子が半泣きでやってきた。




「余は、ビスレムのことは、教育係の話や、書物で学んではいた。だが、あそこまで残虐で凶悪なものだったとは、知らされていなかったのだ」




「なるほど。ところで、ご自身の魔道で戦う方法は、学んでこられたのか?」




 すでにこの国の王族の状況を、私から知らされていたジェラルドは、特に呆れた様子もなく尋ねる。




 ソファに姿勢よく座っているジェラルドに対し、ランドルフ王子はその足元に、這いつくばるようにしてすがっていた。




 もうプライドも虚勢もかなぐり捨てたらしく、ひたすら低姿勢で言う。




「ほ、ほんの少しならば、魔道は使える。しかし、それを戦いに混ぜ込むとなると、得意ではない」


「以前はこの国にも、他国と同様にビスレムの出没が多かったのだろう? 商人や村人たちへ、ビスレム避けに魔力を込めた魔道具は貸し出されているのか」


「かつては、もちろん。し、しかし、すでに十年以上が経っているので、道具から魔力が失われていると思う」




「それでは、ビスレムと戦いようがない。失礼だが、そうまで対策が取れていないというのは、我がグリフィン帝国にとっては信じがたいことだ」




 ジェラルドの言葉に、ランドルフ王子はがっくりとうなだれる。




「そう言われると、お恥ずかしいが、仕方がない。しかし魔道で戦うのは、ものすごく大変ではないか。魔力を剣に乗せて使うなど、毎日毎日、とんでもない修業をせねばならぬのだろう?」


「そうだが、それが魔力を持って生まれ、民の上にたつものの義務だと思うが」




 ジェラルドの言葉に、初めてランドルフ王子は、不満そうな顔になった。




「いや、それは違うのではないか。我々は本来、まつりごとをする立場。後ろにひかえ、指揮をとるのはわかる、し、しかし、自らが先頭で戦うのはおかしい。王族が死に絶えたら、国はどうなるのか」




 この言葉に、ジェラルドの目に怒りが浮かぶ。




「ビスレムのおらぬ、人と人が戦うだけの世界であれば、そうなのだろう。しかし違うのだ。王子ともあろうものが、国に差し迫った危機があるときに、現実を見ないでどうする」




「だが、今からでは間に合わぬ! かつてビスレムと戦って生き残り、戦闘経験のある王族もいるが、そのため手足が不自由になったり、心を病んだものもいる。我が父上もだ。五体満足な王族のほうが、ずっと少ない」


「とはいえ、十五年間も平和な状況が続いたなら、若く健康な王族もいるだろう。王子、あなたのように」




 ランドルフ王子は、駄々っ子のようにわめいた。




「平和を愛する心優しい余が、あんな泥とも腐肉ともわからぬ、野獣のようなものと戦ったら、殺されて、それでしまいだ。現に今日、余の従兄弟がふたりも殺されたのだぞ! どちらも勇ましく、剣術も余より強いものたちであったというのに。そのうえ、兵士も役立たずだ。まあ、余が逃げるときの、時間稼ぎにはなったが」


「当たり前だ!」




 ビリビリと壁に響くほどの声で、ジェラルドが一喝した。


 ひゃあ、とランドルフ王子はまさに頭上に雷を落とされたように、頭を抱えて身を縮める。




「魔力を持たぬものたちは、ビスレムに対して壁の役割りしかできぬ。命をかけて、ご自身を守ってくれたのだぞ。もう少し、感謝の心は持てぬのか」


「しかし、しかし、それが世のことわりではないか。余は王族なのだ。いくらでもいる兵と違って代わりは効かぬ」




(このぉ……最低の、クズ王子!)




 怒りに震え、飛び蹴りをくらわそうとした私を、アルヴィンが腕をつかんで引き留める。


 けれど私の心と同調したかのように、ジェラルドは椅子から立ち上がると同時に、腰の大剣を鞘から抜いた。




「わあっ、なっ、なにを」




 ぶん、ぶん、と大剣の切っ先を、恐怖で硬直している王子の顔の周囲で振り回したあと、ドスッ、と床に突き立てる。


 パラパラと床の上に、切られた金髪が散った。




「ランドルフ王子。まず現実を見つめられよ。確かに、王族の人数には限りがある。しかしビスレムを倒せるのは、魔力を持った王族やその親族のみ。であれば、ご自身が強くなり、ビスレムを倒せるようになるしか、方法はない」




 バサバサの散切り頭になってしまったランドルフ王子は泣いた子供のような目で、ジェラルドを見上げる。


 ジェラルドは、ほんの少し口調を穏やかにして言った。




「ダグラス王国でも、かつてはそうされていたのだろう?ならば魔道や兵法を学べる書物は、いくらでもあるのではないのか。無駄にした日々は惜しいが、仕方ない。今すぐにでも、精進されよ」




 叱咤されたランドルフ王子はうつむいて、床に散った髪の毛の端を見る。


 それから再びおどおどと、ジェラルドを見上げた。




「間に合うだろうか、今からでも」


「それはわからん。あなた次第だ」




♦♦♦




「まったく、なんなのよあの王子は! 


 臆病ものにも限度があるわ! 虫だってもうちょっとは、巣を守る根性があるでしょうに」


「きみから聞いてはいたが、想像以上だったな……」




 王子が退室すると、なんだか三人とも疲れてしまい、ぐったりして椅子の背に身体をあずけた。




「まずいですよ、このままでは。ビスレムが次々とやって来るようになったら、あっという間にこの国はおしまいでしょう」


「もう王族がふたり、亡くなっているからな。これから葬儀の支度で大変だ、などと言っていたが、それどころではないだろうに」




「……もう夜更けね。ビスレムは、夜も昼も関係なく襲って来るの?」




 私は真っ暗になった窓の外を、不安な気持ちで見つめる。


 そうです、とアルヴィンが答えた。




「しかし、ずっと寝ずに番をするわけにはいきません。ダグラス王国も、見張りくらいは立てているでしょうし、眠れるときに眠っておきましょう」




 うなずいたジェラルドは、いつでも飛び出せるように、腰に大剣を下げたまま椅子で仮眠をとるらしい。


 アルヴィンもすぐ使えるように魔道具を並べ、外出着のままで休むようだった。




 私は安心して眠るようにと言われたが、とてもそんな気にはなれない。


 それより私は今、自分にできるかもしれないことに気が付いて、それを実行しようと考えていた。


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