第14話 もふもふ聖獣のゆくえ
結界を張り終えると、アルヴィンは表情を改めて話し出した。
「舞踏会のあと、少し周辺の気を探ってみたのですが」
なんのことやらわからずに、私は尋ねる。
「気を探る?」
「はい。聖獣の気配についてです」
以前に見せてもらった、可愛いもふもふした鳥の絵を思い出し、私はうなずいた。
「そうだったの。ずっと探しているのね」
「ええ。怪しまれない程度に、迷ったふりをして宮殿のあちこちにおもむき、聖獣の気配がないか探索していたのです」
アルヴィンは言って、服の中に胸から下げていた、透明な石を取り出した。
「あら綺麗な石! 七色に光ってるわ」
「はい。これは特殊な魔道術をほどこした、水晶のペンデュラムです」
アルヴィンは水晶に繋がっている鎖部分を持ち、垂直にぶら下げる。
「魔道具のひとつで、探しているものの方向を示すものなのですが。集中して念じると、聖獣のいるほうに水晶が動きます。聖獣が近ければ近いほど、強く光を放つのです」
ところが垂れ下がった水晶は、ゆっくりと円を描き特定の方向は示さない。
それに光もさほど強くはなかった。
「これだと方向もわからないし、そんなに近くにもいない感じね」
「はい。しかし我々がグリフィン帝国にいたときにも、こちらに向かって旅をしているときにも、確かにダグラス王国の方向に水晶が動き、指が引っ張られるような感覚があったのです」
「では、途中で聖獣が、他の場所に移動したということか?」
ジェラルドの言葉に、アルヴィンはうなずく。
「そうとしか考えられません。動いているので、そこまで遠くはないと思うのですが」
「……実は、ひとつ気になることがあった」
ジェラルドは立ち上がり、ゆっくりと窓辺に歩み寄りながら言う。
「我々の、歓迎の宴のときだ。王子の傍に、神官らしきものが歩み寄ってきた。なにか急な用事ができたとしても、普通は小姓に伝令を頼むものだ。それが、泡を食った様子で、真っ青になった神官が駆けつけてきたので、なにごとかと俺は耳を澄ませていた。すると、神官はこう言ったぞ」
ジェラルドは深刻な口調と、顔つきで言う。
「やはり逃げられたようです、王子殿下、と」
「逃げられた? なにが?」
きょとんとしている私だったが、アルヴィンは眉を寄せた。
「もしもそれが、聖獣のことだとしたらダグラス王国が、どこかへ閉じ込めていた、ということもありえるのではないでしょうか」
「そうだな。ありえなくはない、どころか可能性は高い」
ジェラルドはこちらを振り向いた。
「なにしろ、他国では考えられないくらいに、薬に特化して生産と研究に励んできた国だ。これは推測の域を出ないが。薬を使って、聖獣をとらえていた、ということも考えられる」
私は思わず、両手で口を押さえた。
「薬って、眠り薬とか?」
「そうだな。睡眠薬か、麻酔薬。最悪の場合、毒薬ということも」
そんなものを、可愛いもふもふした生き物に使ったのだとしたら、ひどすぎる。
「許せない、そんな可哀想なこと! でもいったい、なんのために?」
まあまあ、とアルヴィンが、なだめるように言う。
「まだそれが事実かどうかは、わかりませんよ。あくまでも、ジェラルド様の推測です。しかし私も、同様の仮説を立てておりますけれどね。そして、もし本当だとした場合。なぜ王室も承知のうえで、聖獣をとらえていたのか、ということですが」
「理由は簡単だ」
ジェラルドが話を引き継ぐ。
「聖獣がいれば、その気配を感じて、ビスレムが襲って来ない」
あっ、と私は気が付いて声を上げる。
「だからこのダグラス王国の王族は、ろくに魔道の訓練もしないで、のんきでいられたっていうこと?」
「おそらくそうだろうな。きみから話を聞いて、ずっと不思議に思っていたんだ。なぜビスレムが近寄らないのか。なぜそれが当然かのようにここの王族たちが攻撃に備えないのか」
「聖獣を閉じ込め、その恩恵にあずかっていたというのなら、筋は通りますね」
「グリフィン帝国で聖獣の姿を見なくなってから、十五年って言ってたものね。王子の年が、十八歳。三歳でビスレムの脅威がなくなったのなら、ろくに魔道で戦う必要もなくて、さぼってたのも納得だわ」
私はふたりの話に納得して、うんうんとうなずきながら言う。
「だけど、アルヴィンの言ったように、これはまだ想像よね。事実かどうか、それを確かめなくっちゃ」
ジェラルドは私を見て、窓際から椅子に戻って腰かける。
「そうだな。そのためにはもうしばらくこの国に、滞在しなくてはと考えている」
はあ、とアルヴィンが溜め息をついた。
「そうですね。それも一日二日ではなく、事態が判明するまでの時間が欲しい。なにか滞在理由を考えましょう。たとえばですが、従者たちが腹痛を起こしたとか。まあ、私でもいいですが」
「それは駄目よ」
私は反対する。
「だってこの国は、薬だけは自信を持ってるんだもの。きっと王室御用達のお薬が、どっさり届けられるわ」
「それでは飲むふりをして、効かないということに」
「それも駄目。効かなかった、ってことになったら、王室のメンツをつぶしたとか言われて、薬師たちが罰せられてしまうもの」
「確かに、ありえそうですね」
ううん、と私たち三人は首をひねる。
「アルヴィンが、誰か令嬢に恋をして、この地を離れがたくなったというのはどうだ」
「冗談じゃありませんよ、面倒くさくてかないません」
「嘘がバレたら恨まれるわよ! 呪われたらアルヴィンが可哀想よ」
「呪う……そこまで恐ろしいのか、この国の令嬢は」
ええ、と私は確信に満ちた目で言う。
「そう思うわ。私の知ってる限りではね」
アルヴィンは青い顔になる。
「冗談ではありませんよ、色恋沙汰はやめましょう。後々やっかいなことになりそうですし」
さらにもうしばらく私たちは頭を悩ませ、その結果として、妙案がひねり出された。
それはジェラルドが絵画をたしなみ、この王宮の窓からの風景をとても気に入ったので、ぜひとも絵に描きたい、という滞在延長の理由だった。
「あら、ジェラルド。絵心がないなんて言ってたけど、なかなか上手じゃないの」
翌日、早速ジェラルドにあてがわれている部屋のひとつには、キャンバスとイーゼルなど、絵を描く道具一式が準備され、運び込まれた。
「ほ、本当か。それならよかった。まだ木炭の、下書きなんだが」
照れているジェラルドを励まそうと、私は言う。
「本当よ。お皿の上の、調味料がかけられたおイモでしょ? 美味しそうに描けてるわ」
「……キャナリー。これは、池とバラの茂みなんだが」
「えっ! あっ、ごっ、ごめんなさい、つまりその、点々が調味料に見えて」
「うん。点々が、バラのつもりだった」
「だっ、大丈夫! そう言われると、そう見えてきたわ!」
「私にもそう見えますよ、ジェラルド様!」
アルヴィンが私に加勢して、両手を握って必死に言う。
「皿とイモにも見えますが、違うと言われれば違うように見えるものです!」
「そうよ、皿でもイモでもないわ! バラと池よ!」
「そうですとも、バラとイモです!」
「えっ? 違うわよ、皿と池だってば」
「えっ? バラではなかったですか?」
「えっ?」
「もういい、ふたりとも」
私とアルヴィンの励ましに、ジェラルドは逆に自信をなくしたらしかった。
珍しくジェラルドらしくない、力のない声で言う。
「だから言っただろう、俺には絵心はないと。別にキャナリーたちの感想がどうであっても、俺は気にしないが。問題はこの国のものたちを、騙しおおせるかどうかだ」
「わ、私は問題ないと思いますが。あくまで万が一のために、従者の中から絵の上手いものを探して、描かせるという手もございますよ」
「そのほうが、いいかもしれんなあ」
アルヴィンの提案にジェラルドはそう言ったが、結局、その目論見は間に合わなかった。
絵画制作のために滞在する、という話は瞬く間に宮廷内に広まってしまったからだ。
そのため、その日のうちにジェラルドの部屋には見学を希望する貴族たちが訪れてきた。
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