第13話 皇子は怒ると怖いらしい
「我が剣の主に、なにをしているのだ貴様たちは!」
ビンとお腹に響くジェラルドの声が、会場の空気を震わせる。
一瞬、楽士たちの演奏の手も止まった。
私の危機を察知して、助けに来てくれたらしいと悟り、ホッと胸を撫で下ろす。
「剣の主ですって?」
「ゴミ捨て場が? そんなバカなことが」
「嘘でしょう?わたくし信じませんわ、そんなこと!」
「でもご覧になって。あの額の光、皇子の剣の宝玉と、呼び合うように光っていますわ」
レイチェルたちのささやきが、私に聞こえた。
見るとジェラルドの愛剣の柄に埋めこまれている赤い宝玉が、確かに光っている。
「そっ、そうでありましたか」
とりなすように言ったのは、ランドルフ王子だった。
「そんなこととはつゆ知らず。なに、なかなか可愛らしい令嬢だったので、声をかけてしまった、というだけです。ええと、あの」
王子は視線をおよがせて、楽士たちに向かって演奏せよ、というように手を振った。
「今宵は無礼講と言いますか、どうかその、余の軽率な行動をお許しいただきたい」
(うわっ。あのわがまま王子が頭を下げてる!)
私はびっくりして、その姿に見入ってしまった。
他の貴族たちも同様に、その場に立ち尽くしている。
やはり立場的に完全に、ダグラス王国の世継ぎの王子より、グリフィン帝国の皇子のほうが上らしい。
私は子爵家で、そんなに熱心に世界の各国について勉強しなかったけれど、かなり国力に差があるのかもしれなかった。
「それでいいのか、キャナリー」
急にジェラルドに言われ、私はもちろん、とうなずく。
「美味しそうなデザートがあったから、そっちのほうが大事だもの」
「そうか。では今回の件は、俺も忘れよう」
ジェラルドが言うと同時に、柄の宝石の光が消えた。
王子はすごすごと自分の席に戻り、再び音楽が流れ出す。
「今よ、ブレンダ、エミリー。ともかく少しでも、ジェラルド殿下に見知っていただかなくては」
「キャナリーごときが気に入られるなら、わたくしたちにだって可能なはずですものね」
「できることは、しておくべきですわ」
すると性懲りもなくレイチェルたちが、目をギラギラさせて、こちらにやってこようとした。
けれどジェラルドがそちらをジロリと睨むと、足がぴたっと止まる。
さらにジェラルドは、私にダンスを申し込んでいた青年貴族たちにも、まとめて冷たい視線を送った。
「……どうもこの国には、不作法なものが多すぎるようだな。勝手に私の友人に、ダンスを申し込まないで欲しいのだが。もっとも、申し込ませてくれと頭を下げられたところで、許可を出すつもりはない」
青年貴族たちは縮こまり、誰も一言も、声を発することさえできないようだ。
ジェラルドは私の前まで来ると、すいと腰を低くし、優雅に手を差し伸べてくる。
「私と踊っていただけますか、キャナリー」
かしこまった口調のジェラルドに、私は微笑んでうなずいた。
「ええ、もちろん。喜んで」
私はジェラルドの手を取り、固唾をのんで見つめている貴族たちの中を進むと、ホールの中央で足を止める。
そこでちょうど次の円舞曲が始まり、私はジェラルドと踊り始めた。
子爵家では、もちろんダンスのレッスンも受けているものの、大勢の前で踊ることに、私はまだ慣れていない。
しかしジェラルドは、そんな私をたくみにリードしてくれた。
「上手いじゃないか、キャナリー」
「あなたのおかげよ」
私とジェラルドは、顔を近づけて囁き合う。
かろやかにステップを踏みながら、私は周囲の令嬢たちの、妬みの視線をビシビシと痛いくらいに感じていた。
やがて三曲目に入っても、ジェラルドはしっかりと私の手を握ったままだ。
「ねえ、ジェラルド。少しは他の令嬢とも、踊っていいのよ。帝国の皇子様と踊れる機会なんて、きっとここの王族でも滅多にない栄誉でしょうから」
ジェラルドは、肩をすくめた。
「きみは他の誰かと踊りたいのか?」
「えっ? まさか。私、ここの貴族は嫌いよ。言ったでしょ、ひどい目にあったんだから」
「そんな貴族と踊りたくないのは、俺も同じだ。それに」
ジェラルドは私をくるくる回してから、優しく抱きとめる。
なぜか心臓が、砂糖漬けのレモンで包まれたように、きゅっとなった。
「きみと踊っているのは楽しい」
耳元で囁かれる声も、ハチミツのように甘く感じる。
「私もよ」
ジェラルドの腕の中で、私はにっこり笑った。
「ダンスがこんなに楽しい、って初めて思ったわ」
「それなら、もう一曲、ぜひ、お相手をお願いします」
笑いを含んだ声でジェラルドが言い、私は応じて手をとった。
♦♦♦
「まったくもう、いったい何曲踊ったのですか」
舞踏会が終わり、ジェラルドの部屋でくつろいでいると、アルヴィンがげっそりした顔をして入ってきた。
「ジェラルド様たちはいいですよ。楽しそうに延々と踊ってらっしゃって。私はむんむんした令嬢たちの熱気に囲まれて、窒息してしまいそうでした」
ぐったりとして椅子に座ったアルヴィンに、同じテーブルの椅子についていた私たちは、悪いと思いながらも笑ってしまった。
「しかし、妙齢の女子たちに人気があるというのは、いいことじゃないかアルヴィン。それに、お前がキャナリーの護衛をしっかりしていないからそうなったんだぞ」
「モテモテだったわね。レイチェルたちったら、目をハートの形にしてたわ」
「違いますよ。本当はあのご令嬢たちは、私になどそこまで興味はないのです」
呼び鈴を鳴らし、アルヴィンの分までお茶を用意するよう言いつけてから、ジェラルドは不思議そうな顔をする。
「とてもお前に興味がないようには、見えなかったが?」
いえいえ、とアルヴィンは首を左右に振る。
「ご令嬢たちが、本当に狙っていたのはジェラルド様、あなたですよ」
「俺を?」
「当然でしょう。なんといっても、帝国皇子なのですから。ジェラルド様に許嫁はいないのか、グリフィン帝国の後宮事情はどうなっているのか、ジェラルド様の好みの女性はどんな容姿なのかと、質問攻めにされておりました」
「そんなことを聞いて、どうするつもりなのかしら。ジェラルドの好みに、自分を変えるのかしらねえ」
森育ちの私は正直、異性への感情がなぜそこまで強くなるものなのか、恋愛というものがどういうものなのか、よくわかっていない。
だから彼女たちのエネルギーに、少し感心してしまったのだが、ジェラルドは冷ややかに言った。
「今度聞かれたら、そんな質問をする令嬢はお嫌いだそうです、と答えてやれ」
「そんなことを言っても、ではどんな質問をする女性がお好きなの、と聞かれるだけですよ。いやあ参った」
アルヴィンは運ばれて来たお茶を飲み、やっと落ち着いたというように溜め息をつく。
「グリフィン帝国の貴婦人たちはどのようにみやびで、自分たちよりどれほど美しいのか、どんなドレスや髪型が流行なのか、もう心底どうでもいいことを、次から次へと尋ねられ、頭がくらくらしておりました」
「お疲れ様。災難だったわね」
同情する私に、情けない顔をしてうなずくアルヴィンだったが、ふいにジェラルドは表情を引き締めた。
「それで、アルヴィン。肝心なことは、わかったのか」
「そうですね。ちょっとお待ちください、結界を張ります」
アルヴィンはまた、複雑に指を動かしてから、改めて秘密の話を始めた。
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