第12話 宮廷の手のひら返し
夕食会が終わると、今度は舞踏会が始まる。会場も別に用意され、こちらのほうがずっと広かった。
王子は出席しているが、国王夫妻は出席しておらず、正式な夕食会よりも、だいぶ砕けた雰囲気があった。
年配の高官たちと変わって、今度は多くの青年貴族や姫君たちが、室内で歓談している。
私はといえば、相変わらず重いドレスに閉口しながら、パーティ用の軽食やデザートを楽しんでいた。
「なにか飲み物を、取ってきましょうか」
アルヴィンに言われ、私は首を左右に振る。
「私の面倒をみてくれなくていいのよ、アルヴィン。まるで護衛してもらっているみたいで、申し訳ないわ」
「実際、ジェラルド様に、護衛を命じられているのです」
「あら、そうなの?」
「はい。自分はしばらく、挨拶にくる他国の使節や王族たちの相手をしなくてはならないだろう。その間、変な虫をくっつけるなと。そして私にも、虫になるなよ、とおおされまして」
虫? と私が首を傾げていると、ふいになにか嫌な気配を感じた。
そちらに顔を向けると案の定、あの歌姫三人組がこちらにやって来る。
(しつこいわねえ。まだ嫌味を言いたいのかしら)
そう思ったのだが、気持ちが悪いことに、三人は凄まじくにこやかな笑みを浮かべていた。
「こんばんは、キャナリー」
「お久しぶりですわね、お元気?お会いしたかったわあ」
「今日のドレス、よくお似合いになってとっても素敵ですわよ」
「本当にお美しくなられて、憧れてしまいますわ」
「ところでわたくしたち、仲良しのお友達ですわよね。そちらのグリフィン帝国の方を、紹介して下さいませんこと?」
(うわあ、なによこの手のひら返し、気持ちわるーい!)
どうやら彼女たちは、作戦を変えたらしい。
私に敵対するのではなく、友人だったということにして、帝国の貴族に取り入りたいのだろう。
「こちらの方々は? おひとりは、晩餐会で見た記憶がありますが」
尋ねられ、私はアルヴィンに首をかしげてみせた。
「さあ、誰だったかしら。見たことがあるような、ないような」
とぼけてみせると、びりっ、とレイチェルの額に青筋が走ったが、作り笑顔はさすがの根性で維持されている。
「あらキャナリーったら、冗談がお上手。わたくしたち、『四音の歌姫』として、ともに練習してきた仲間ではございませんか」
「わたくしたち、一緒に披露会の舞台にも出ましたのよ。ですから固い絆で結ばれているのです」
「わたくしたちとキャナリー。四人そろって、『四音の歌姫』だったのですわ」
四人そろって! という部分の声を大きくして、ブレンダが力説した。
必死な三人を見ているうちに、私は怒るより、完全に呆れてしまう。
「それで、なんのご用?」
簡潔に問うと、三人は顔を見合わせ、不自然な作り笑いを浮かべたまま、今度はもじもじし始める。
「あのう、ですから、わたくしたちにそちらの素敵な男性を、紹介していただきたいの」
「身なりから察するに、位の高い、神官さまでしょうか? 恋人はいらっしゃいますの?」
自分で言っておいてエミリーは、きゃっと小さな悲鳴を上げた。
「こんなことを聞いて、はしたない女とお思いにならないで下さいませね。ただ、あまりに魅力的な方なので、問わずにいられなかったのです」
「いずれにしても、ジェラルド皇子とご一緒におられるのですから、帝国でもご身分の高い方なのですよね?」
くねくねと言いよる三人に、アルヴィンは困ったように私を見てから、溜め息まじりに答える。
「確かに国元に戻れば、私は神職についておりますが。今現在はジェラルド皇子に命じられ、キャナリー様の護衛係にすぎません」
「いったい、どうしてですの?」
うめくような声で言ったのは、レイチェルだ。
「理由がまったく、わかりませんわ。ゴミ捨て……じゃなくて、キャナリーはつまり、いろいろと歌唱団で揉め事を起こしていて」
私にアルヴィンを紹介する気持ちがまったくない、と悟ったのかついに本音を隠さなくなり、レイチェルがアルヴィンを問い詰める。
「キャナリーは守ったりしなくても、大丈夫ですわ。つまり、とても強いので。気性が荒くて、怒るとそれは怖いんですのよ。レディとは思えないくらいに」
「そのようなことを言われても、私は殿下に命じられておりますので」
困惑するアルヴィンに、ますます三人は詰め寄った。
「わたくしたち、いつもキャナリーが怖くって、おびえておりましたの。今もちょっぴり、震えているんです」
「わたくしたちをお守りください、アルヴィン様」
「広いお背中。頼りがいがあって、素敵」
「きゃあ、エミリーったら、露骨ですわ」
(あんたたちのその性格のほうが、よっぽど怖いわ)
なーにが、ちょっぴり震えているだ、と私は心の中でつぶやく。
迷惑をかけて申し訳ないなあと思うものの、多分私が止めに入ったら、
もっと三人は興奮して、歯止めがきかなくなるかもしれない。
ここはなんとか、アルヴィンに穏便に済ませてもらおう、と考えて、私はそっとその場を離れた。
そして人混みに紛れ、ちょいちょいと給仕のトレイから、砂糖細工のお菓子や、焼き菓子、氷菓子をつまんで楽しむ。
もちろん、私が歌唱団を追放された、元子爵令嬢と気が付くものはいたようだが、さきほどのジェラルドの剣幕を恐れてか、もう非難してくるものはいなかった。
が、違う理由で、私に近寄って来る者がいる。
「失礼。元・『四音の歌姫』のひとりであられた、キャナリー嬢ですよね?」
声の主は、まったく知らない、背の高い青年貴族だった。
口調はやわらかく、敵意は持っていなさそうだ。そう感じて、私は応じる。
「ええ、そうですわ。なにかご用かしら」
「よかった。追放されたと聞いて、腹が立っていたのです。私はコイル伯爵家の、スミスと申しますが、先日の披露会で、あなたのお歌に感激いたしました」
「まあ、そうなの? わたくしの歌に好意的な方がおられただなんて、気が付きませんでしたわ」
「あの地震は、偶然でしょう」
憮然として、スミスは言う。
「もともと私は、歌の魔力などに興味はないのです。歌は耳に心地よく、美しい声ならばそれで充分、価値があるではないですか」
ダグラス王国の貴族にしては、珍しくまともなことを言ってるわ、と私は思った。
「ありがとうございます。でも、あまりわたくしに近寄らない方がいいですわ」
彼のためを思って、私は言う。
「わたくしを悪く思っている方が多いのは、わかっておりますから。あなたまで、色眼鏡で見られてしまいますわよ」
「なにを言っているのです。私も含め、朝までなら、そうだったかもしれない」
「はい?」
「しかし、今は違う。あなたはなんと、ジェラルド殿下のお友達だそうではないですか」
「え、ええ、そうですわ」
「それではぜひ、私ともお友達になってください。そしてぜひとも私を、ジェラルド殿下に紹介していただきたいのです」
はあ? と私は首を傾げる。
「なんのために?」
「私は学者でもあり、薬の研究をやっておりまして、新薬も開発しているのです。ですからぜひ、ジェラルド殿下を通して、グリフィン帝国にも、新薬を紹介して欲しいのです」
結局は、私利私欲のために私を利用したい、ということらしい。
と、また別の貴族が、こちらにやってきた。
「キャナリー嬢には、ご機嫌麗しく。お会いできて光栄です。わたくし、ジョン・グレイ侯爵と申します。以後、お見知りおきを。いや、まさかあなたさまが、ジェラルド殿下とお友達とはつゆ知らず。ご無礼を働きまして、申し訳ございません」
それはさきほど、夕食のときに、私を非難したもののひとりだった。
「どうか、なにとぞお許しを。ジェラルド殿下におとりなしを、お願いできないだろうか。これは、ほんのつまらぬものですが」
言いながらグレイ侯爵は、私の手にぐいぐいと小箱を押し付けてくる。
「グリフィン帝国においては、石ころのようなものだとは思いますが、大粒のトパーズです。ほんのお詫びの印として、どうぞお収め下さい」
えっ、と私は手を引っ込める。
「困ります。受け取れませんわ」
「賄賂か、汚いぞ、グレイ侯爵」
「なにを言っている、この若造めが、生意気に」
ふたりが揉め始めて困惑している私に、さらに別の声がかけられる。
「やっと見つけた、キャナリー嬢! どうかこの僕、ポール・レイズ伯爵の、バラを受け取ってください! この前は勇気がなくて、投げることができなかったのです」
「いりませんわ、っていうか、どなた?」
「抜け駆けをするな、ポール! 地震さえ起こらなければ、私がキャナリー嬢にバラを投げる予定だったのだ! しかも白ではない、赤だ!」
「僕は実はバラをつかんでいた! 父上がとめるから、投げられなかっただけで」
「私などバラを持った手を上げかけていたぞ」
「いや僕は手首までは上げていた」
「私は肘まで」
(だからあんたたち誰なのよ、知ったことじゃないわよ!)
あの披露会の舞台の上。誰もかれもが私に敵意に満ちた目を向け、物と暴言を投げつけられていたときに、少しでもかばってくれた人だったら、恩を感じたかもしれない。
だが、一番辛かったときに見物しておいて、今さら実は好意を持っていたなどと言われても、信じられるわけがなかった。
呆れ果てて周りを見回すと、アルヴィンも令嬢たちに囲まれて困った顔をしている。
さらに背伸びをして、一段高いところに席をもうけられているジェラルドを見ると、あちらも外国の使節団らしき貴族たちに、取り囲まれていた。
(結構、いろいろな種類のデザートがあって、どれも食べたかったんだけど。この調子だと、さっさと部屋に戻ったほうがよさそうね)
本当にここの王宮には、いつもうんざりさせられる。
そんなことを思っていると、宮廷楽士たちの演奏が鳴り響いた。
いよいよ舞踏会の、始まりである。
広い会場では、すでに相手を見つけた男女が、くるくると輪を描いて踊り始めていた。
「キャナリー、僕と踊ってください」
「どけ、若造。キャナリー嬢、ぜひ私と」
いくつもの手が差し出されたが、どの手も取りたいとは思えない。
私は冷たい目をして、彼らに言った。
「いえ、わたくしは不吉な女ですから、ご辞退申し上げますわ。披露会の際に、あなた方がそうおっしゃったのではなくて?」
「ぼっ、僕は言っていません!」
「そうだ、あんなことを言ったのは、一部の下品な連中だけだ!」
「そうだったかしら」
彼らの手のひら返しを苦々しく思いながら、私は言った。
「私は靴まで投げられましたわ。でもたった一言、やめろという声さえ、一度も聞きませんでしたけれど」
ぐっ、と彼らが言葉に詰まったそのとき、ざわざわと会場がざわめいた。
そちらに顔を向けると、私の前にできていた人垣が、さーっと海が割れるように両サイドに分かれていく。
「キャナリー。どうか踊ってくれ」
「はい?」
人々の間から登場したのは、ジェラルド……ではなく、なぜかランドルフ王子だった。
ランドルフ王子は顔を赤くし、私のほうに手を差し出してくる。
「あの披露会、以来であるな。元気そうでなによりだ。余は覚えているぞ。そなたの美しい黒髪を」
「あっ、はい?」
また面倒くさいことになった、と思いながら、私は適当にあいずちを打つ。
「王子殿下も、ご機嫌麗しく、なによりでございますわ」
「うむ。さあでは、余と踊ってくれ」
会場の人々が、ざわめきながら、王子と私に視線が集中するのがわかる。
気の進まない私の様子に、じれたように王子は言う。
「どうした。披露会のときにも言ったであろう。余はそなたを一目見たときから、ずっと気に入っていたのだぞ」
王子殿下と踊る資格なんて、わたくしにはございませんわ。
「こっちは気に入ってないし、追放しといてなに言ってんのよ」
言おうとしたことと、思ったことが反対になり、ポロッと口から本音が出てしまった。まずい! と口を押さえたがもう遅い。
「なっ、なんと言った、今」
王子は血相を変えて、ずいと私に歩み寄る。
「なんだかわからんが、帝国に取り入って着飾って、何倍もかわゆくなったから、後宮にでも入れてやろうという、せっかくの余の優しさが、わかっておらんようだな!」
「申し訳ございません。つまりもっと殿下には、相応しいご令嬢たちがいらっしゃると言うことですわ」
「ええい、ごちゃごちゃとうるさい。帝国の小間使いか侍女にでも雇われたのか知らんが、女のひとりくらいどうしたところで、文句も出ぬだろう。誰かある。この女をひっとらえよ! その後どうするかは、余が考える!」
即座に衛兵たちが走って来て、私は危険を察知した。すぐ逃げるべきだと、ドレスの裾をつまんだその瞬間。
パッと目の前が一瞬、赤く光った。
私に手をかけようとした衛兵が、ひるんだような顔をする。
「あの額に浮かんだのは!」
「おお、あの光は」
額? おでこ? 私は自分の顔がどうなっているのか見たかったが、その術はない。
「貴様ら、なにをしている」
ふいに人々の背後から、またもあの、地獄から響くような声が聞こえた。
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