第11話 再び宮廷へ

ラッパが吹き鳴らされ、私はジェラルドとアルヴィン、それに他のグリフィン帝国の神官や貴族たちと、王宮の大広間へ通された。




 他にも近隣の王国や、友好国から祝いの使節がやって来ているらしい。


 だがジェラルドたちは数日遅れて到着したため、入れ替わりに帰国した使節もおり、数はそう多くない。




 だから今夜の宴は、数日前に終わった王子の誕生祝賀会というより、強大なグリフィン帝国の皇子をもてなす、歓迎の意味が大きいようだ。




 夕食の後には、舞踏会も催されるという。ジェラルドは特別豪華な席に案内され、隣にはランドルフ王子の姿も見える。




 私は彼らのいる上座に近いテーブルに、


 アルヴィンと並んで座った。




 今日私が着ているのは、ジェラルドの命で用意されたばかりの、新しいドレスだ。


 少しだけウエストがゆるかったので、急いでお針子たちが調整をして詰めてくれた。




 それはちょうど、ジェラルドの瞳と同じくらい深い藍色のドレスで、泉の深いところに広がった波紋のような、繊細な刺繍が銀糸で施された、おとなっぽい雰囲気のものだ。


 裾も袖も、同じ銀糸のレースで縁どられ、カットされた水晶がアクセントとして濃紺の空の星のように、ドレスのそこかしこに散りばめられていた。


 髪はアップにして結い上げ、髪飾りやチョーカー、イヤリングも、銀と青いサファイアがメインになったものをつけている。




 さすがに私に気が付いた人々もいるようで、こちらを見て眉をひそめ、なにかヒソヒソと話しているものたちもいる。




 あの地震を起こした、追放された歌姫だろうか、似ているだけで別人だろうか。


 そう確かめようとするかのように、疑惑と好奇心の目が私に集中していた。




(さすがにこの中いたら、バレるわよね。でもジェラルドは自分がついている、って言ってくれたし、アルヴィンも傍にいる。いくらランドルフ王子でも、この場で私を処罰できないんじゃないかしら。っていうか、そう思うことにしよう)




 うん、と私は決意する。




(だってせっかくの宮廷料理、絶対に食べたいんだもの!)




 私が物思いに耽っていると、隣のアルヴィンが声をかけてきた。




「素敵ですよ、キャナリーさん。どこの大貴族のご令嬢かと、見違えるほどです」


「そう? でも髪飾りが重たいの。それにコルセットがきつくて。宝石もこんなにじゃらじゃらしたら、お料理が食べにくいわ」




「あなたらしい」




 言ってアルヴィンは、くっくっと笑う。


 しかし、何気なくジェラルドを見て、さっと顔色を変えた。


 どうしたんだろう、と思ってそちらを見ると、なぜかジェラルドが怖い顔をしてアルヴィンを睨んでいる。




(ジェラルドったら、どうしたのかしら。そうか、私たちだけで楽しそうに話してたら、きっとひとりで、つまらないわよね。ランドルフ王子は話したがってるみたいだけど、多分、仲良くはなれなそう)




 そんなことを考えていると、私はこれまでより一層、誰かから鋭い視線が向けられているのを感じた。


 なんだろう、と思ってそちらを眺めると、高々と栗色の髪を結いあげた、レイチェルの姿が見えた。




 侯爵令嬢とはいえ、他国からの賓客、王族とそれに近い血筋の公爵家が大半をしめるこの会場では、かなりの末席だ。


 レイチェルは、火を噴きそうな目をして、私を睨みつけている。


 それはそうだろう。追放されたはずの私が、グリフィン帝国の神官や貴族に混ざって座っているのだ。




(まあ、いろいろあるのよ。私のことなんか気にしないで、せっかくのお料理を食べなさいって)




 私はそう思って、レイチェルににっこり笑ってみせた。


 実際、目の前のテーブルには、次々と美味しそうな料理が運ばれて、いい匂いの湯気を立てている。




(こっ、これはモロロン鳥のパイ包み焼き! さすが、使われてるお肉が、子爵家で出されたものよりずっとジューシーだわ。それにコロコロ豚のミルクシチュー! うううう、口の中がうれし泣きしてるう! 前に一度だけ食べて、一生のうちにもう一回は口にしたいって、夢にまで見てたのよ。それにそれに、ああこの、バターたっぷりの生クリームパン最高! もっちもちでふっかふか!)




 食事が始まると、私はもうわき目もふらず、パクパクと料理を口に運んだ。




(ううん、あれもこれも美味しいー。あっ、こっちのお野菜、初めて見るけどなんだろう。さくさくして歯ごたえもすごくいいわ。あああ、まったりしたソースのこの香り、もう鼻がとろけそう)




 いくら食べても料理は次から次へと、何種類も運ばれてくる。


 何枚にも重なった、ふかふかで熱々のパンケーキには、たっぷりと金色の濃密なバターを塗った。


 そして楓のシロップと、ベリーのジャムをどっさり乗せて切り分け、私は、あーんと口を開いて頬張る。




(バターのしょっぱさと香りが、シロップの甘さと混ざって、なにこの天国……)




 ううーん、と頬を抑えて感極まっているところに、ぽんと肩を叩かれた。




「なんれすか」




 もぐもぐと口を動かしながらそちらを見ると、わなわなと震え、鬼のような形相のレイチェルが立っている。




「あ、あ、あなた。やっぱりキャナリー本人ね。いったいこれは、どういうつもりなの」




 私はごくん、とパンケーキを飲み込んで、レイチェルを見上げた。




「そちらこそ。お食事中に席を立つなんて、はしたないですわよ」


「ゴミ捨て場!」




 棘のある、周囲には聞こえないような低い声で、レイチェルは囁く。




「さっさとお答えなさい。帝国の方々に、どこでどうやって取り入ったの!」


「どこって、うちにいらしてたのよ」


「は? なにを言っているの?」


「いいから、早く席にお戻りなさいな。お料理が冷めてしまうわよ」




 それでも立ち去ろうとしないレイチェルを、ちらりとアルヴィンが睨む。


 レイチェルの背後には、さらに彼女の取り巻きらしきものたちが集まって来ていた。


 そして私だと確認すると、非難の声を上げ始める。




「やはり、マレット子爵家の疫病神だ!」


「いったいなんでここに。どうやって忍び込んだのだ」


「んまあ、なんてこと。子爵夫妻をお呼びなさい。追放すると言っていたのに、嘘だったのね」




 好きではないとはいえ、無実の罪をきせられるのは気の毒だ。


 マレット子爵のために、私は弁解する。




「違うんです。マレット子爵家は関係ありません」


「ではお前の独断で潜り込んだのか」


「グリフィン帝国側でも、処罰してもらわねば。どう取り入ったか知らないが、おそらく帝国の方々も騙されているに違いない」




「いいですか、みなさん」




 やれやれ、と隣でアルヴィンが肩をすくめ、なにか反論してくれようとしたそのとき。




 ざわっ、と会場全体がどよめいた。直後に今度は、シンと静まり返る。


 その中を、カツ、カツ、とこちらに歩み寄ってくる足音だけが響き、私もレイチェルたちもそちらに目をやった。




「ダグラス王国では、みな、このように不作法なのか!」




 地獄の底から聞こえてくるような、冷徹な声で言ったのは、ジェラルドだった。




 氷の刃のような恐ろしい目つきで、ジェラルドはじろりと、私の周りに集まっていた貴族たちを見る。


 誰かが、ひっ、と息を飲む音が聞こえた。




 ジェラルドが、私が出席しても大丈夫だ、と念を押していた理由を、私はようやく理解していた。


 おそらく帝国皇子のジェラルドは、この場で誰より権威があり、恐れられているのだ。


 おそらくは、王子どころか国王夫妻よりも。




「あ、あの、しかし、この女は」




 しどろもどろに、別の誰かが釈明しようと口を出した瞬間、ぴくっ、とジェラルドの頬が引き攣る。




「誰だ! 私の大切な友人を、この女、などと呼んだ愚か者は!」




 空気を切り裂くような鋭い声に、さらに何人かが、ひいっ! と悲鳴のような声を上げた。




「外へ出よ。二度とそのような口がきけぬよう、私が直々に決闘をいどみ思い知らせて……!」


「ねえ、もういいわよ」




 なんでそこまで、と思うほどに激怒しているジェラルドの手を、そっと私は引っ張った。




「怒ってくれたのは嬉しいわ。でも、もうみなさん、反省してると思うの」




 でしょ? とそちらを見ると、貴族たちは一斉に、うんうんうん! と、もげるくらい首を激しく上下に振った。




 とはいえ私は、彼らをかばったつもりはまったくない。


 ただジェラルドが怒っている状態では、料理が食べにくいと思っただけだ。




「こんなことしてたら、お料理が冷めちゃうわよ」




 にこっ、と笑って言うと、ジェラルドの表情から、すーっと険しさが消えた。




「そ、そうか。まだ腹は立つが、きみがそう言うのなら」


「こんなことで怒るなんて、気が短いのね。もっと本当に大事なときに、怒りのパワーは取っておかなきゃ」




 私の言葉に、ジェラルドはようやく笑みを浮かべた。




「きみの言うことは、いつも心に響く」


「そう? でも助かったわ、ありがとう。さあ、ジェラルドも席に戻って、お料理を食べましょうよ。冷めてしまったら、作ってくださった方に悪いわ」


「ああ、そうしよう」




 ジェラルドが席に戻ると、会場全体がホーッと安堵の息をつくのがわかる。


 おろおろして立ち上がり、遠巻きに様子を見ていたランドルフ王子も、汗を拭きながら座り直した。




 レイチェルたちは、と見ると、逃げるようにしてそれぞれ自分たちの席に戻っていた。


 恥ずかしいのか、怖かったのか、腹を立てたのかはわからない。




「あの栗色の髪の女性は、お知り合いでしたか? お友達という雰囲気ではなかったですが」




 アルヴィンが、眉を顰めて言う。




「ええ、お友達ではないわ。この国の貴族に、私と親しい人は誰もいないの。でも、もうやめましょう。私は今、食事に集中したいのよ!」




 私の言葉に、アルヴィンも笑って食事に戻る。


 レイチェルが下座の席に戻ってからも、私は強い視線をずっと感じていた。




 けれどもうそちらを気にするのはやめて、私は新たに運ばれてきた、ふっくらふわふわの卵料理に、夢中でフォークを突き刺したのだった。


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