第4話 そして私は追放された
このままでは本当に、さっき顔を見たばかりで、印象も最悪の王子のもとに、嫁がされてしまう。
(ちょっと本当に、誰かこのわがまま王子を止めなさいよ! 王子が顔を見ただけでこれにした、って決めた女が、将来の王妃様になってもいいの?)
私はやきもきしていたが、相当に手に負えない性格なのか、臣下たちの誰ひとりとして、強気で勝手な王子のことを叱ったりはできないようだ。仕方なく、私が言う。
「ランドルフ王子殿下。そのように言っていただけるのは光栄ですが、せめて、わたくしの歌を聞いてから、お決めになっていただくことはできないでしょうか」
うーん、と王子は腕を組み、しかめっ面をする。
「歌だって、『四音の歌姫』なのだから、上手いに決まっているであろう」
すると、別の臣下も説得にかかってくれた。
「いやいや、やはり一度だけでも聞くべきです。今はまだ、令嬢の歌にどのような魔力を秘めているのか、わからないままではないですか。万が一にもよくない魔力でありましたら、国王陛下や王妃殿下に叱られますぞ」
するとようやく、王子は気を変えたらしい。
「そ、そうであるか。母上たちに怒られるのは避けたいな。余はそろそろ、歌に飽きてしまっているのだが、仕方ない。では、さっさと歌うがよい」
王子はまるで犬にでもするかのように、手の甲を上にして、こちらに向かって手を振った。
(なんなの、この人)
私はすっかり呆れて、偉そうに椅子にふんぞり返った王子を見る。
性格がひどいのはともかく、レイチェルたちだってこの日のために、どれだけ練習してきたと思っているのか。
それを見た目の好みにしか興味がないなんて、失礼にもほどがある。
私は腹を立てながらも義務を果たすべく、一礼してから歌い始めた。
「ひかりのめぐみ のにみち くものしずくも やがてちにしみ はなはひらき たいがとなりて うなばらへ」
両手を広げ、情感たっぷりに、私は朗々と歌った。
いつもより声がよく出ているのが、自分でもわかる。
観客は私をじっと見つめ、誰も一言のおしゃべりもせず、耳を傾けてくれていた。
王子などは鼻の下を伸ばし、とろけそうな顔をして私の歌を聞いていたのだが。
「──いつか、たびを、おえる」
歌い終わったそのとき、ズズズズ、という、重たい地響きのような音がした。
わずかに震動も感じる。
観客たちは不安そうに、隣のものと互いに顔を見合わせた。
(なんだろう、地震?)
私も不安になって周囲を見回し、たちすくんでしまう。
地響きはすぐに収まって、大きな地震にはならなかった。
しかし、私の不安はそのままだ。
なぜなら、たったひとつの拍手もおこらなかったからだ。
もちろん、一本のバラさえも、客席からは投げこまれない。
かわりに席の後ろの方に、真っ青になった私の養親、マレット子爵夫妻の顔が見えた。
静寂を破り、ガタン! と音をさせて王子が立ち上がる。
「おい、いったい、今のはなんであるか。そなたの歌には、地震を起こす魔力があったのか!」
「はい。どうもそのようです」
私も今知ったのだが、事実だと思ったのでそう言った。
王子は、かんしゃくを起こしたように言う。
「すごく怖かったではないか。余を怖がらせて、どうしようというのだ! 余の魔道で地震を止められるかどうか、試したかったわけではないだろうな」
「とんでもございませんわ。もとより、このようなことになるとは、夢にも思っておりません。大変失礼いたしました。大事に至らなかったこと、それがせめてもの救いです」
「冗談ではないぞ! その顔と声で、余をたぶらかしおって、なんと不吉な女なのだ!」
いや別に、たぶらかしてはいないでしょ、と思ったのだが相手は王子だ。
黒でも白にできる人に、正論を訴えても仕方ない。
「申し訳ございません。どうか王子殿下の寛大な御心で、お許し下さいませ」
私はひたすら謝罪する。このわがまま王子にかかっては、気に食わないから死刑! などと言い出しかねないと思ったからだ。
「その女は、不吉だ!」
観客の誰かが叫んだ。それはさきほどレイチェルに、バラの花を投げた青年貴族だった。
その叫びをきっかけに、次々と私に向かってひどい言葉が投げつけられる。
「まったくだ、本当に不吉な女だ、宮廷にいさせてはならん」
「そうですわ! なにせ森のあやしい薬売りから連れてこられた、という噂もあるとか」
「マレット子爵! これはあなたの責任ですぞ」
「出て行け! 不吉な女め」
「そうだ、出て行け! この女はダグラス王国に災いをもたらすに決まっている!」
叫んだ中にはおそらく、レイチェルたち三人の親族や、取り巻きたちもいただろう。
観客席からはバラの代わりに、次々にものが投げつけられた。
自分ではなく小姓のものらしき靴、ワインの空瓶、コップ、食べかけの焼き菓子。
「不愉快だ! 余の好みの黒髪でなければ、投獄ものだったぞ! もういい、余は部屋へ戻る!」
立ち上がって王子が姿を消すと、さらに観客席の、私をののしる声は大きくなっていく。
私は処罰されなかったことにホッとしつつ、無責任に騒ぐ客席の貴族たちに、だんだんと腹が立ってきた。
こちらが望みもしないのに、森から連れてこられて学ばされて歌わされ、あげくに暴言をあびせられるなんて理不尽すぎる。
私はさきほど、頭にポコッとぶつけられた靴を拾い、思い切り客席に投げ返した。
「いい加減にしなさいよ、このひとでなし連中! わがまま王子を好き勝手にさせたあげく、大勢でひとりをよってたかってののしって、恥ずかしくないの?」
こちらの剣幕に気圧されたように、会場は静かになった。
だがこちらをさげすみ、睨むような白い目はそのままだ。
「なにが貴族よ。人として最低だわ、あんたたちなんか!」
私は吐き捨てるとドレスの裾を持ち上げて、大股で舞台を降りた。
舞台裏ではレイチェルたち三人娘が、腹を抱えて笑っている。
「地響きって! いったいなんですの、あなたのお歌の魔力!」
「絶対に、空腹になったあなたのお腹の音でしょう? そう考えたら、おかしくておかしくて」
「それとも食べ過ぎて身体が重くなったせいで、足音だけで地響きが起こったのかしら。ああもう、笑いすぎて涙が出てしまいましたわ」
「まったく、なんて下らない魔力!」
「気味の悪い、腹の音のお歌。あなたらしいわ、キャナリー」
「下品なゴミ捨て場には、ぴったりでしたわね!」
勝ち誇ったように言う三人に、私はそれでも微笑んでみせた。
「あらそう。でもあなた方のお歌は、素晴らしかったですわ。わたくし、歌の評価には、公平でありたいと思っていますの」
えっ、と三人は、返事に困ったのか言葉に詰まる。
「もちろん、人としては、心底軽蔑しておりますけれど」
私はそう言い放ち、不快な会場を後にしたのだった。
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