第3話 歌と魔力の披露会

「いよいよですわね。今年の歌姫たちの披露会では、どのような不思議なことが起こるのかしら」


「前回の、国王陛下のお誕生日祝いのときは、ひどいものでしたわねえ。ひとりだけ、空気を香油のようないい匂いにした男爵令嬢がおられましたけれど。他の三人のお歌では、そよ風ひとつ吹かなくて」


「あのとき、香りを出現させた男爵令嬢は、公爵夫人になっておられるな」


「今回は王子殿下がお喜びになるような、魔力の高い歌声が聞けるとよろしいのですけれど」


「レイチェル嬢ならば大丈夫だろう。なにしろ、侯爵家の御家柄。ご親族が王族につらなる血を引いておられますし、さぞや魔力を秘めた歌を披露されるに違いない」




ざわざわと、歌姫たちの舞台に集まった貴族たちは客席で、期待に輝く目をし、あれこれと雑談に花を咲かせている。


 披露会の会場は、太い何本もの柱に支えられた屋根のある、大神殿だった。


 壁はないので外にまで、歌声は響き渡る。




一段高くなっている舞台前には、両脇にずらりと椅子が並んでいる。


 真ん中の舞台よりも高くなっている場所には、王族とその親族である公爵家が陣取っていた。




(うわあ。なんだかすごいことになってる。いつにも増してこの人たち、気合がみなぎってるわ)




 舞台裏では、私を含めた四音の歌姫が、一張羅を着て自分の番を待ち受けている。


 私はレイチェルたちの、すさまじいまでのごてごてした、着飾りぶりに引いていた。




(カエルの卵は巨大化してるし、ミノムシは三連になってるし! 馬糞はいつもより三倍増しの、てんこ盛りになってる!)




 間もなくラッパが吹き鳴らされ、王子殿下のお出ましとなった。


レイチェルたちはキャーッと色めきたち、舞台裏から顔をのぞかすようにして、王子のことをじっと見つめている。




「ああん、素敵。なんて気品に満ちたお顔立ち」


「はしたなくてよ、エミリー。でも本当に、なんて優雅なお方なのかしら」


「金髪がさらさらと額に落ちて、わたくしうっとりしてしまいますわ」




 そんなに男前なのだろうか、と私もそっと彼女たちの背後から、王子の顔を盗み見た。


 金髪に灰色の目。当たり前だが、豪華な装束に身を包んでいる。




(別に悪くはないけれど、普通。ちょっと口元にしまりがないわね。いかにも甘やかされた、お坊ちゃん、て感じだわ)




 ダグラス王国の第一王位継承権者、世継ぎのランドルフ王子に対する私の印象は、それだけだった。




 王子の背後には摂政である公爵が立っているが、国王夫妻のお出ましはない。


 最近、国王の体調が思わしくなく、王妃はほとんどつききりで看病している、との話だった。


 だからよほど重要な、外交や国政に絡んだ公務でもないと、出席はしないらしい。




「こたびは我が誕生日をともに喜んでくれて、余は嬉しい。さあ、歌姫たちの声をみなで楽しもうぞ」




 王子の言葉と、それに対する観客の、わあっという拍手喝采を合図にして、披露会は始まった。


 残念ながら歌姫には食べる機会はなかったが、客たちは手にワインなどのグラスを持ち、軽食の乗ったトレイを従者に持たせている。




 まず最初はカエルの卵をぶら下げた、ブレンダが舞台の中央に上がる。


固唾をのんで観客が見守る中、緊張した様子ではあったが、ブレンダは胸を張って歌い出した。




(ふーん。さすがに上手いじゃないの)




 私は素直にそう思った。か細いが綺麗な歌声に、観客たちも聞き入っている。


 観客はすべて貴族であり、前列ほど高位の家柄のものが座っていた。


 もちろん、歌姫たちの家族も来ているし、自分の子息に迎える花嫁探しに、


 一家総出で来ているものたちもいる。




 観客席の青年貴族たちは、それぞれ手に三本のバラの花を持っていた。


 歌が終わったとき、友達としてお近づきになりたい、と思った場合には白いバラを。


 恋人になって欲しい、という場合には赤いバラを。


 家族ぐるみで、結婚を前提にした正式な付き合いを申し込みたい、という場合には、黄色いバラを舞台に投げ入れることになっているのだ。




茎の部分にはリボンが結ばれ、そこに投げたものの名前が記されていた。


 複数のバラが投げられた場合、後日、歌姫がその中から、相手を選べることになっている。


 が、たいがいは歌姫の親の希望で、より身分の高いものが選ばれた。


 もちろん、王子が望んだ場合、決定権は最優先で王家にある。




「あら。なんだか上から、白いものが降って参りましたわ」


「おお。これは花びらじゃないか」


「ブレンダ嬢の歌の魔力で出現したようだ。なんと美しい」




 観客たちが言うように、ブレンダが歌っている最中に、なにもない天井から大量の白い花びらが、舞台を囲むようにして、ひらひらと舞い落ちてきた。


 花びらは床に落下したり、誰かの手に触れた途端、ふっと消えてしまう。




「なにこれ、綺麗! やるじゃないの、カエルの卵ったら」




 思わず私は、口に出してそう誉めていた。うっかりカエルの卵と言ってしまったが、なんのことやらわからないようで、


 周囲の小姓や侍女、レイチェルたちにも聞き咎められずに済んだ。




 歌い終え、ブレンダは静かに頭を下げる。


 すると客席から十本の白いバラと、六本の赤いバラが投げ入れられた。




 ブレンダはそちらに向かって、愛想よくお辞儀をしたが、どこか悔しそうではある。


 おそらく王子が無反応だったのと、予想したよりバラの本数が少なかったからだろう、と私は思った。




 次にエミリーが入れ違いに、舞台へと上がる。


 そして歌い出して間もなく、再び不思議なことが起こった。




「なんだか目の前が、ピンク色にかすんできませんこと?」


「ええ、本当に。これは霧ですわ。綺麗な、ピンク色の霧が渦を巻いて」


「幻想的で、美しいですわねえ」




 それがエミリーの、歌声の魔力らしい。


 客席はうっとりした表情になり、やわらかな霧の色に目を奪われている。


 私は今度は口に出さないよう、慎重に心の中だけで言う。




(へええ。ミノムシもすごく上手だわ。ずっと聴いていたくなっちゃう)




 エミリーが歌い終えると再び拍手が起こり、会場からは白いバラが十五本、


 赤いバラが九本、さらには黄色い花も二本、投げ入れられる。




 隣で見ていたレイチェルの額に、むきっ、と血管が浮いたのを私は確かに見た。


 おそらく投げられたバラの数の多さに、嫉妬したのだろう。


 けれど嬉しそうに戻ってきたブレンダに、レイチェルは作り笑いを向けて、胸を張って舞台へと上った。


 たいした自信家だ、と私はちょっと感心してしまう。




 レイチェルが舞台に上がると、さすがに侯爵家の令嬢だけあって、


 ひときわ大きな歓声が上がった。


 王子も椅子に座り直し、姿勢を正して聞き入る体勢に入る。


 そしてレイチェルが歌い出し、メロディがクライマックスに差しかかったとき。


 ぱあっ、と光の蝶が大量に出現した。




 蝶は会場中を乱舞し、人々の頭や柱に止まり、見惚れるほどの美しさだ。


 歌も素晴らしく、私はこれまでのレイチェルからの暴言もいっとき忘れ、聞き惚れてしまったくらいだ。




(すごいわ、馬糞侯爵令嬢! 性格は最低だけど、歌は最高!)




そしてレイチェルが歌い終えると花びらや霧と同様、光の蝶も姿を消してしまう。


 舞台は一瞬、シンとなった後、わあっという大歓声に包まれた。




 王子も立ち上がって拍手をし、レイチェルは歓喜に頬を赤く染めている。


 そして同時に、ばばばっ! と数えきれないくらいの白いバラと赤いバラ、


 それに黄色いバラが客席から投げ入れられた。


ただ、王子だけは再び椅子に腰を下ろし、途端にレイチェルはがっかりした顔になる。




 舞台裏にもどってきたレイチェルは、馬糞頭の髪飾りをブチッともぎ取り、


 自分の侍女に投げつけた。




 よほど王子のハートを射止められなかったことが、悔しいらしい。


 そしてなぜか、私のことを思い切り睨みつけてきた。




「あら。わたくし、なにかいたしました?」




 尋ねるとレイチェルは、ふんっ、と鼻息荒く横を向く。


 答えられるはずがない。ただの八つ当たりで、私はなにもしていないのだ。




(でもすごいわね。三人とも、歌に素敵な魔力があったんだわ。私だけなにもないと格好悪いけど、まあ仕方ないわよ。なんたって、貴族でもなんでもないんだから)




 とにかくさっさと終わらせよう、と私はすたすたと舞台に歩いていき、


 教えられたとおりにまずは王子に、それから両側の客席に頭を下げたのだが。




「そなた! そなたに決めたぞ、余の伴侶は」


「はいっ?」




 いきなり王子が言い、私は腰を抜かしそうになり、観客たちはどよめいた。


 背後にいた取り巻きらしき、摂政や位の高い貴族たちが、慌てて止めに入る。




「王子殿下、まだ。まだでございますぞ」


「いささか早すぎます。しばしお待ちを」


「ともかく歌を聞いてから。お妃候補になされるのは、それからでなくては」




 えええ、と王子は駄々っ子のように不満な顔になる。




「余は、黒髪の娘が好みなのだ。顔立ちも、赤味がかった琥珀色の、不思議な瞳の色も気に入った。だからもう、これに決めた。お前、名はなんという」




 これ、と指を差された私は、不快に思いながらも、ドレスの裾を上げてお辞儀をする。




「キャナリー・マレットでございます、王子殿下」


「そうか。うん、歯も綺麗で健康そうだ。これならば、世継ぎの子もたくさん産めるだろう」


「殿下、殿下、お待ちくださいというのに」


「マレット家は子爵ですぞ。後宮ならばまだしも、お妃候補としては、いささか爵位が低すぎます」


「ならばどこか、適当な公爵家にでも、養女に出せばよいではないか。あるいは、マレット家の爵位を上げればよいのだ。余の好みの令嬢を、引き合わせてくれた礼だ」


「しかしお歌もまだですし」


「歌の魔力など、なんの役に立つ。花や蝶やら霧ならば、庭園の噴水と花壇でいいではないか」




私の気持ちを一言も聞かずに、王子は勝手に話をすすめる。


 呆然とした私の目に、観客席の後ろのほうで、出世の期待で瞳をキラキラ輝かせている、マレット子爵夫妻の顔が映った。


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