チームワーク


「とにかくアイデアから絞り出そう」


 そこから地獄のプロット作りが始まった。

 五人が出し合ったアイデアから、面白そうなアイデアと現実的なアイデアの候補を絞っていく。アイデアが上手く噛み合い題材が決まれば、大まかな世界観をまず簡易的に組み立てる。

 同時に主人公とその周囲の登場人物の背景となる物語も簡易的に作り、作品の核となるモノを作り上げていく。

 そうすると世界観の背景が簡易的には収まらなくなっていくので、その細部を野崎が詰めていき、今回の文字数制限の範囲内で何処の部分を出し、何処は出さないかなど大まかな部分をその都度、皆に相談する。

 茉希歩は登場人物たちの細かい設定を詰めていく。時間が無いときは使わない設定を考えることはないが、五人の余裕があるので使わない設定もとにかく決めていく。何の食べ物が好きか嫌いか、どんなことをしたら喜ぶか怒るか。このやり方にはメリットデメリットがある。大きなデメリットとしては登場人物を作り込みすぎるとそれ以上の柔軟さがなくなり、機械っぽくなる可能性がある。メリットは例えその設定を使わないとしても、これから先に登場人物の特徴から点と点を線で結びつける方法で物語を新たに生み出すことも出来るからだ。

 綾人と嵐はまず物語をどういう方向性で見せていくのかという話し合いから始める。まず推定何万文字の物語を想定するのか。必修試験では4万文字から12万文字以内に収めなくてはいけないという制限がある。四月なら文量を使った余裕のある長編でも良かったかもしれないが、今度は時間が無いので六、七万文字前後の中編小説で方針を固めた。

 何も小説というのは長ければ良いものが出来る訳ではなく、逆に短ければ良いものが出来るという訳でもない。どちらにもメリットデメリットは存在する。

 次に全体の方向性を王道でいくのか、変化球でいくのか、邪道で攻めるのかなどを決める。

 方向性が決まれば、野崎が作りあげた世界観の詳細を頭に叩き込み、脳に馴染ませていく。

 そして茉希歩が野崎の世界観にすんなりと溶け込めるように擦り合わせた登場人物たちを、嵐たちに伝え、物語に組み込んでいく。

 このようなB班の創作方はほんの一部の例だ。百人の創作者がいれば百通りの創作方があってもおかしくはない。

 小説や創作物などが芸術と呼ばれるのは、勉強のようにこれを書いたら正解という答えがなく、これを書いたら不正解になるというものが無いからにあって、それでは酷く曖昧ではないかと思う方もいるかもしれないが、創作者は日々、その曖昧さと戦っている少しおかしな連中たちなのかもしれない。

 その曖昧さが原因で、芸術と社会的評価がいつの時代も追いつかないのは周知の事実であり、だから創作者も自分たちで正解と思った道を信じて選ぶしかない。つまり創作とは選択の連続である。

 ちなみに勝俣は何をしていたのかというと、野球部で鍛えた持ち前のフットワークの軽さを活かすように野崎の指示で図書館に走り、調べて欲しいことを調べ、それを野崎に伝えるという重要な、とても重要な一大任務を背負っている。それが終わり次第、ファミレスに帰ってくればドリンクバーの要望を班員に聞いてまわり、腹は減っていないか、フードは要らないかと創作に集中出来るような環境を整備するマネジメントを任されている。

 そんなことを昼頃から、夜の二十二時前までほぼノンストップで続けた。すっかり外は夜になっていて、雨も止んでいた。

 机の上には食べかけのポテトフライの皿や、シロップや砂糖のゴミが散乱し、ノートとペン、資料本や類語辞典と嵐のノートPCが一台転がっている。

 五人は精魂尽きかけた死人のように机に突っ伏したり、ソファに持たれ目を瞑っていた。

 嵐は外していた眼鏡を掛けてB班の皆を見渡した。


「みんなありがとう。お疲れ様。お陰さまで小説の方は何とかなりそうだよ。けど今日はもうそろそろ帰らなきゃ、明日はHRだから」


 プロット作りから二週間が過ぎて試験最終週の水曜日を迎えた。

 A班だけではく他の班も続々と小説を完成させて、専用サイトに掲載されていた。綾人たちも読んだ作品の感想だけはメモをとったりしている。


「まあ早ければ有利になることもあるし、不利になることもあるけどな」

「そうだよ、別に締め切りにさえ間に合えばいいんだから」

「そうだね、頑張るよ」

「おうよ、その粋だぜ、雷電嵐!」


 昼休みになり、いつものように食堂でB班が食事をしていた。現在B班の原稿は、もうすぐ6万字を超えそうで完成間近である。

 野崎は授業が終わり次第、頭痛が酷いので帰って寝るから午後の授業は出ないと茉希歩に連絡があった。


「あーちゃんは午後の授業出るの?」

「うーん、悩んだんだけど、専用部屋が使えるのが今日と土日の三日間しかないから午後は授業休んで籠ろうかなって」

「分かった。追い込みだね。じゃ私も休む」

「いいよ、茉希歩ちゃんは授業に出た方が」

「私だって副班長なんだから」

「じゃあ俺も休むわ」と勝俣が言った。

「勝俣君まで……僕、大丈夫だよ」

「ああ、嵐の言う通りだ」

「なんでだよ、俺だってB班の仲間だろ」

「いや勝俣、授業にはなるべく出た方がいい。俺も午後は授業に出る。それに人が多すぎても嵐も集中しにくいだろ」

「まぁ……そうだけどよ……」


 勝俣は不満そうにカツ丼をかきこむ。


「授業が終わったら放課後に二人で様子だけ見に行こう。それでいいだろ?」


 勝俣は途端に嬉しそう顔になってカツ丼をかきこむ。


「ああ、リンゴ!」

「久しぶりに聞いたな……」

「そういえば名人戦の結果ってどうなったの? 昨日もぎりぎりまで原稿と格闘してたからなんにも知らなくて僕」

「三番勝負の結果は、有瀬名人が二勝ストレート勝ちでタイトル防衛成功に終わったよ」

「そうだったんだ。試験が終わったら名人戦の作品読んでみるよ。千集院ノベルの方にはもう掲載されてるのかな?」

「うん、載ってるよ。あ〜それにしても四季子ちゃん本当に惜しかったんだから」

「そうなの?」

「二日目なんて試合始まって名人が四季子ちゃんの文章読んでから一度、作品消したんだから」

「えぇ? ほんとに!?」

「ああ、俺も見ていたがあれには驚いたな」

「結果だって四対三でぎりぎり名人の勝ちだったけど、あれは四季子ちゃんが四票でもおかしくないと私は思ったけどなあ」

「うんうん! 私もそう思ったなあ……」

「だよね……ってぎゃあああ!?」


 茉希歩は突然隣に座っていた女子生徒を見て異様な声を出した。隣に座っていた女子生徒? の両方姫は、茉希歩の口を塞いで、シーッと人差し指を口元に立てた。

 両方は何故か学院のブレザーを着ていて、いつもの三つ編みに結ってある二本のお下げも解いていて、四角縁眼鏡も掛けていない。そのせいかいつもの三倍は大人びた美人になっていて、食堂にいた男子勢は「あんな生徒いたか?」と逆に注目されている。


「りょ、両方姫!?」

「シッーっ! 今極秘潜入捜査中なんだから!」

「え? なんの捜査です?」

「それは言えないよう、極秘なんだから」

「極秘ってことはバレてますけど良いんですか?」


 綾人が真顔で突っ込みを入れたのを両方姫はじーっと見つめていた。が、ふと真顔になって瞳の色がぐっと濃くなり「君、とっても珍しいよ。この私でも見えないなんて……鳴ちゃんなら見えるかな……どうだろ」とブツブツと呟いた。

 実は先から嵐が超小声で「サイン下さい」とノートを差し出していたのに両方は気づき、無邪気な笑顔に戻ってサインを書いてあげる。


「あーちゃんだけずるーい。私も、私もサインいいですか?」

「はいはい、この姫ちゃんに全部任せなさ〜い。それから君も、いる?」


 綾人に向かって言ったが、何故か勝俣が「はい、ください! 両方先輩!」と大声を出したせいで、次第に周囲もやっぱりあれは両方姫なんだということに気が付き、この日の昼休みは一騒動になった。

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