体育の授業もある


 体育館の二面コートには男女に別れて楽しそうにバスケをする生徒たちの姿がある。男子コートで勝俣は生き生きとチームを率先していた。

 ドンドンとドリブルで床を叩く音が鳴り、バッシュのようなキレのある音は鳴らないがステップを踏む音とパスを促す声が混ざり合う。

 綾人と嵐はコートの外側で試合を眺めている。床下の小窓から午後の春風が吹いてきて、ぼーっと観戦するにはちょうど心地いい。

 この日の午後は五組との合同体育だった。と言ってもただ毎回決められたスポーツを自分たちで好きに遊ぶだけである。言ってしまえば出席するだけで単位が貰えるボーナス授業の一つなのだが、季節によってはマラソンなんかもあるのでその時だけは多くの生徒が欠席する。

 ではなぜこのような小説家養成学校に体育などの授業があるのか、それは主に生徒たちの運動不足解消の為である。全生徒が物書きという特殊な環境下なので、つい引きこもりがちになるのはこの学院ならではの特徴なのだが、心と体の結びつきはとても密接なのである。

 小説家にとって脳みそは商売道具ともいうが、それは第一として、書くという行為は気力を消耗させるのと同時に、とても体力を使う。これは実際書いてみないと中々伝わりにくいものなのだが、年中小説を書くには相当な体力と集中力が必要で、脳みそばかりに頼りすぎると、集中力が何処かのタイミングでぷつんと切れてしまうので、その時は何も考えずに散歩にでも出掛けると良い。年中足元に血が溜まりがちな連中は、とにかく体を動かすことが必要なのである。

 学院のカリキュラムは今後も専業の小説家でやっていきたい若者に向けて作られている。なので体を動かすルーティンをなるべく若い頃から身につけておくことをオススメする為の授業の一環でもある。

 体育座りをしている嵐が「勝俣君って運動神経抜群なんだね」と呟く。

「みたいだな」と片膝を立て後方に腕を預けて座る綾人。

 ホイッスルが鳴り、坂上先生が「交代〜次〜」と言った。

 汗だくになった勝俣が綾人たちのも元にやってくる。勝俣は体操着のシャツを捲りあげ、小窓から吹き付ける微風に上半身を晒している。


「あぁ〜涼しぃ〜」


 一息ついた勝俣は女子コートの方ばかりを見て鼻の下を伸ばしていた。


「おい、お前らも見てみろよ。早川さんもだけどよ〜あの五組の美少女も中々良いよなあ〜」


 勝俣が指を向けて言った方を綾人は見る。たったいま、茉希歩にボールを奪われた美少女にレンズが自動的にフォーカスされ、一般的なステータス情報が見える。


【十一期生・一年五組・星野詩音『アマチュア』】


「やっぱイイよなぁ〜体操着って〜」


 勝俣の語尾も頬も気持ち悪いくらい緩みきっている。星野は運動が苦手なのか、顔を真っ赤にさせて大きな胸を揺らしながらコートを走っていた。が急に星野が見えなくなって、目の前には一人の男子生徒が三人の前に立っていた。

 何とか勝俣は女子のバスケを見ようと姿勢を横にずらそうとしていたが、「あ、あのさ君たち」と男子生徒は声をかけてきた。

 嵐が「栗谷君?」と声をかける。

 同じクラスの栗谷公彦は「座っていい?」と嵐の横をさす。嵐は頷いた。


「なんだぁ栗谷。お前も女子のバスケが見れる特等席をご所望でぇ?」

「そんなんじゃないよ。それより君たちに一つ聞いておきたくて」

「どうしたの?」

「この前の告発文さ、あれ本当のことなの? 野崎さんがN・Kだってやつ」


 嵐は一瞬、綾人と目配せをしたが、生真面目そうな眼鏡をかけた栗谷を見直して否定した。既に興味を失くしたのか勝俣は女子コートをかじりつくように見ている。


「そっか……そうだよね。ごめんね、ちょっとあれから班員のみんなも心配しちゃってたから」

「なんかごめんね」

「いいや、こっちこそなんかごめん。ある意味、雷電君やB班は一番の被害者なんだから謝らないでよ」

「うん、そういえば栗谷君はC班の班長なんだよね?」

「そうだよ」

「調子はどう?」

「うーん、まだ班員が各々どうやって動くのが適切なのか僕も考えているんだけど、何しろ小説を五人で作った経験なんてなくてさ……」


 嵐は軽く笑って「僕たちも似たような感じだよ」と言った。


「でもさ、この必修試験自体が雷電君は変だと思わない?」

「え?」

「どうして僕たちはクラス内で退学者が出るほど競い合わなければいけないのかなって」

「確かに。どうしてなんだろ」

「僕さ文学倶楽部っていう研究会に所属しているんだけど、そこの先輩がとても気になることを言っていたのを耳にしたことがあってね。先輩が言うには二年に進級した時には、まるまる一クラス分が無くなってたって……」

「まるまる一クラス分が無くなる!?」


 思わず声のボリュームを上げてしまった嵐は慌てて口元を抑える。


「それくらいの退学者が一年間で出るってことなんだって。まあ今回の前期必修試験だけでも確かに一組二人ずづだから、最低でも十二人は退学になることを考えると十分あり得ることかもしれないんだけど……正直怖いよね」


 嵐はそこから告発文の影響の大きさをもう一度認識しはじめた。


「あのさ栗谷君、よかったら連絡先交換しとかない? 同じ班長同士悩みも似てるだろうから」


 二人共スマホを取り出して、連絡先を交換する。


「うん、是非。あのさ雷電君」

「うん?」

「もし僕の勘違いだったら申し訳ないんだけどその、雷電君のお家ってあの雷電天魔の?」

「……そうだよ。もしかして栗谷君本格とか好きなの?」

「やっぱり!」


 思わず栗谷は顔を綻ばせた。


「僕、昔から大ファンなんだよ! もしかして雷電快晴ってお兄さん?」

「う、うん。そうだけど……」

「うわぁ凄いなぁ。僕、やっぱりこの学院入れて良かったよ!」

「そ、そうかな……」


 どうしたものかと困惑気味の嵐は自分のことのように恥ずかしさがこみ上げてくる。


「夢みたいだ。だってあの雷電流だよ!?」

「そんな、大袈裟だよ。雷電なんてもう古い人間しか読まなくなって随分と長いんだし」


 二人の楽し気な光景を見た勝俣が不思議そうに近寄ってきた。


「おいおいお前らまだスマホなんか使ってんのかよ」

「もしかして栗谷君もレンズ苦手?」

「昔から眼鏡だったから」


 栗谷は苦笑いをする。


「分かる。もしかして本読む時も紙派?」と少し嵐が興奮気味に言う。

「うん、小さい時からずっと紙で小説を読むのが普通だったから」


 嵐はたまらず手を差し出す。二人は深い握手を交わした。


「けっ、眼鏡二人が揃ってメガ友成立ってか」


 悪態をつきつつ、勝俣も連絡先を俺にも教えて下さいと頭を下げていた。

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