再会-ノベルレンズ
「宮風綾人です。好きな食べ物は……リンゴです」
皆はきょとんとした感じで綾人を見ていたが、それもそうだった。綾人はリンゴが嫌いではないが特別好きな食べ物の代表としてあげるには些か不充分だった。いやリンゴに命を懸けている人もいるので、綾人的にはそうだった。
綾人の表情にも声にも多分それが漏れていた。
「宮風、お前絶対適当だろ〜」と勝俣が適当に突っ込んでくれたお陰で、場が変な笑いに逸れてくれたので綾人は苦笑い気味に席についた。皆の興味が次の生徒に移り変わる中、前方から早川茉希歩という女子生徒が今にも綾人に何か言いたそうにしている。
髪型はショートボブで片耳に髪をかけており、その瞳は大きく見開かれていた。
綾人は気まずさを感じて、後ろで自己紹介をする者を振り返りその視線から逃れた。
そしてまた綾人の頭に引っ掛かる名前が聞こえてきた。
「えっと、僕は、その、雷電嵐っていいます。好きな小説はミステリとか推理ものとかが好きです」
らいでん嵐。綾人の遥か彼方にあった記憶を引っ張り出すには充分な名前だった。
綾人は嵐を見た。気弱な雰囲気と丸眼鏡をしているその童顔の面影は、確かに綾人の知る者に近い。とっさにハッとなって早川茉希歩を見た。茉希歩は前を向いていて、綾人の知るおかっぱ頭ではなかった。それに顔も随分と大人びていて気が付かなかった。
自己紹介を終えて、坂下先生は「じゃあ一旦休憩な。次は校内見学や授業の流れなどを説明していくから十分後には着席するように」と笑って解散を告げた。
綾人の側にさっそく茉希歩と嵐が近づいてきた。
「……綾人」「綾人君だよね」
「ああ、久しぶりだな。嵐。茉希歩。正直驚いた」
「凄い、凄いよ、奇跡だ。茉希歩ちゃん」
「うんうん、どうして、どうして綾人も千集院に入学したの、ていうかまだ小説書いてたんだ! 試験のときどうだった?」
「茉希歩ちゃん興奮しすぎだよ」
「あ、うん。そうね」茉希歩は顔を赤くしていた。
「おいおい何だよ、お前ら知り合いなのか?」と勝俣がさり気なく近づいてきて茉希歩の隣に立った。
「う、うん。幼馴染なんだ。宜しくね。勝俣君だったよね」
「おうさ、宜しくな雷電嵐。すっげぇ厳つい名前してんな。人柄が真逆すぎて笑えるけど」
「よく言われるんだ」
嵐は何度も言ってきたような台詞を吐いて頭をかいた。
「リンゴの宮風に、早川茉希歩さんも宜しくな。俺、勝俣勇な」
「うん、宜しくね。勝俣君」
「リンゴって。まあ、宜しく」
チラチラと茉希歩を盗み見る勝俣は「三人はいつからの幼馴染なんだ?」と聞いた。
「知り合ったのは小一で、綾人君が小三になる目前に転校しちゃってそれ以来なんだ」
「なるほど、涙の再会ってやつか! そいじゃ俺は邪魔だな。トイレでも行ってくるわ」
勝俣は案外気が使えるのか、陽気に教室を去っていく。
校内見学を終わらせた一年六組の生徒たちは、教室で一息ついているところだった。
綾人の座る席には茉希歩と嵐が集まっていた。嵐が少し興奮気味で喋っている。
「校内見学凄かったね。第一創作室なんか千集院ならではって感じがして感動だよ。僕さっそく放課後使ってみようかな」
「私は食堂とか書の間とかも気になったなあ。綾人は?」
「俺は……そうだな、プレハブ塔が気になったな」
「プレハブ塔? そんなのあったかな?」
「私も分かんない。どこにあったの?」
「第一校舎から第二校舎を渡り廊下で通過するとき、見かけた」
そこで坂上先生が勝俣を連れて教室に戻ってきた。勝俣はダンボールを持たされていて「体罰だ」と恨み節をあげている。
「ようし、お前ら席につけ。勝俣、ありがとう。その辺に置いておいてくれ」
「先生お小遣いは?」
「バカ野郎、先生の給料の低さナメんな。はよ座れ」
生徒たちがちらほら笑いながら席についていく。嵐と茉希歩も自分の席に戻った。
坂上先生は側にあるダンボールを開けてスマホサイズの白い箱を幾つも取り出し「じゃあまずノベルレンズから配布していく」と言って前列の生徒に渡していく。
「全員に渡ったな」
「先生これなんですかーノベルレンズって」
「だからそれを今から説明するんだよ、バカ勝俣」
「バカって酷っ。ダンボール運んだの俺なのに!」
綾人は回ってきた箱を持ってみたりしたが、スマホよりも軽いというよりも、中身が空洞のようにも感じた。
「全員箱を開けて、説明書を取り出せ。でこの小さなケースもついでに開けて見ろ」
皆がそれぞれ箱の中身を確認して不思議な表情をしている。中に入っていたのは説明書や保存液、小型ケース。綾人は小型ケースを真っ先に開けるとそこにはコンタクトレンズが入っていた。クラスが少し騒がしくなる。
「これは千集院独自のコンタクトレンズ式装着デバイス。お前らはこれから主に三年間このデバイスを活用してもらう。普段コンタクトレンズを使用していない者は、少しの間慣れるまで時間がかかるかもしれないが、時期に慣れる。今から使用設定や保管方法など説明していくから。まず説明書の一頁目を開いてくれ」
ざっと説明書に乗っていたことを要約するとこうだ。
・スマホとの連動が可能で代用になる。
・視覚モーションセンサーが、内蔵された小型バッテリーに反応してAR(拡張現実)が起動し、ノベルポイント管理画面、通話、チャット、メモ、天気予報、通路案内などアプリの代替が可能。
・元々医療用に開発されていたので、視力の悪い人達にとっては、よりよく視界が見えるようになる(※暗視モードなどもある)。
・視界を邪魔する機能はなく、通知などは視界の端を見るとメモなどを知らせてくれる。もちろん読書も可能。(※タイトル戦などでは使用不可)
・大容量高速通信で電波を飛ばすので、寮にスマホを置いていても大丈夫。同期も可能。心配なら持ち運べばいい。
・レンズに乾きを感じるときは、市販の目薬をさしても構わない。
・安全性を考慮して入学時と進級時に全員に新品が一律配布される。
・紛失、破損のなどしたときは、ノベルポイントで購入可能。一つ30万Npt。保存液、ケースなども千集院ネットストアや事務所で買える。
生徒たちはさっそくノベルレンズを装着していく。慣れた手付きでレンズを装着する者もいるが、大抵は目に異物を入れる恐怖で怯え気味だった。
綾人も視力は悪くないので、右目から慎重にレンズを入れていく。
「ようし、じゃあ今お前らの前に学籍番号を入力しろって指示が出ていると思うからさっそく入力してくれ。学籍番号が分からないやつは自分の生徒手帳を参照しろ」
綾人は学籍番号を全て覚えていたので、空中に浮かんでいる電卓のような数字版に人差し指で入力していく。すると『学籍番号・・・・・一年六組・宮風綾人・認証されました』と表示されて、左端を見るとアプリなどのバーがスライドされてくる。
「よしお前ら、まだ勝手に他のことをするなよ。このノベルレンズは携帯と同じ感覚かそれ以上に扱え。それくらい貴重なものだからな。では次にノベルポイント。略称“Npt”について説明する。ノベルポイントは学内で使えるお金の代わりだと思ってもらっていい。1Nptにつき一円換算。よし画面左端を見ろ。ノベルポイントのアイコンをタップしてくれ」
一年六組の生徒たちは、一人つき10万Nptが振り込まれているのを見て驚いていた。
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